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Re-posting No.050 英語・挫折の歴史(9)TV英語会話に出演した思い出

Re-posting No.050 英語・挫折の歴史(9)TV英語会話に出演した思い出

(昨年投稿したNo.050を大幅に書き直しました。Re-posting No.046の続きです)

少しずつ英語の勉強のリズムが掴めてきた。新しい何かが体に染み込んでいると信じたかった。ラジオの英語番組は酒屋商売をしつつ、録音したものをウォークマンで聞いていた。仕事が終わると、夕飯後毎日、録画をしておいた「TV英語会話1」を視聴した。週に二回30分の放送だが、放映日以外の日でも見て、その日の要点の英文3個は必ず暗記した。日によっては全文暗記もした。映像がある分、ラジオより理解しやすく自分好みだった。

僕が熱心に見ていた時の、講師の先生は小川邦彦先生で、マーシャ・クラカワさんがアシスタントを務めていらした。他にその日のスキットを演じる三、四人の若者が出演者だった。「紹介する」「電話を受ける」などの「場合別」のシチュエーションと、「税関で」「レストランで」などの「場面別」が交互に放送される実践的な作りも気に入っていた。

番組の中に5、6分くらいあっただろうか「チャレンジコーナー」が設けられていた。毎回二人の視聴者がその回のスキット(例文による寸劇)に出る役柄を演じる。演技後、小川先生から発音などの指導があり、マーシャさんが出演者に感想を聞く。結構人気があるようで「申し込んでから一年待ちました」「ようやく憧れのマーシャさんにお会いできて感激です」などの感想もあった。

番組に出演するのも面白いかなと思い、NHKに「チャレンジコーナー出演」申し込みのハガキを冷やかし半分で送った。申し込みが多そうだし、当たったとしても、大分先のことと思っていた。ところが、なんと投函してから僅か二日後にNHKから出演打診の電話があった。

コーナーへの出演希望は女性・学生が多かったようだ。NHKの番組の編成上、幅広い人選をしたいのであろう、僕はこの時28歳、酒屋商売をしている社会人男性で、最も「申し込みの少ない層」であると思われた。二週間後午後の早い時間に、渋谷のNHKスタジオで録画撮りがあるとのことだった。「出演お願いできますでしょうか?」への返事は「はい、お願いします」ちょっとご愛嬌の頓珍漢なものだった。

送られてきた台本を見ると、スキットは場面別「銀行で At a Bank」であった。アメリカを訪れた日本人旅行者が、銀行でトラベラーズチェック(旅行者用小切手)を現金化したり、両替をお願いする役である。すっかり変色しているわら半紙の台本の表紙の文字「昭和57年4月24日(土)」が示す時の流れが懐かしく愛おしい。クレジットカードでの支払いやスマホ決済が当たり前となった現在は交わされることもなさそうなスキット全文とト書きを記しておくのも一興か。

At a bank

Japanese: Hi!
Treasurer: Hi! How are you?
Japanese: I would like to cash a traveler’s check for one hundred dollars.
Treasurer: Do you have an account with us?
Japanese: No, I don’t.
Treasurer: What type of traveler’s check are they?
Japanese: Do yu accept this traveler’s check?
Treasurer: We sure do. Do you have I.D.: driver’s licence, passport...?
Japanese: I have a passport.
Treasurer: May I see it?
Japanese: Sure.
Treasurer: I need to have you sign the first traveler’s check.
Japanese: Okey. (Sign the check)
Treasurer: Thank you, and I need to have you sign that right at the bottom.       (The Japanese tourist signs it.)   How would you like it?
Japanese: I’d like it in 10’s.
Treasurer: Okay. (Taking out ten 10 dollars bills) One hundred dollars. That’s ten, twenty, thirty, forty, fifty, sixty, seventy, eighty, nenety and one hundred. Have a nice day!
Japanese: Thank you very much.
Tresureer: You’re welcome.

東武東上線と山手線を乗り継ぎ、渋谷駅から徒歩十数分で着いたNHKスタジオは結構広かった。見上げると、天井に無数の照明がある。薄暗い中に、番組で見慣れた机や椅子が置かれていて、小川先生とマーシャさんは数人のスタッフに囲まれ、既に打ち合わせ最中であった。そばに、二人を見つめる上品な、人生の先輩と思われる女性が立っていらした。僕の他のもう一人の日本人役を演じる方、五代美子さんであった。

小川先生、マーシャさんを始め出演者、スタッフの方達と挨拶を交わした後、別室で簡単な説明があり、早速リハーサルに入った。「チャレンジコーナー」のところにきて、マーシャさんから五代さんと僕の名前が告げられ、大きな一つ目のカメラの前に進んだ。横からは暗めに感じた照明器具からの暴力的なまでの明るさに驚いた。瞳孔が射抜かれたのか、向こう側はぼやけて、なんとか人が立っているなと認識できる程度だった。

まず、五代さんが銀行での日本人役を演じる。とても綺麗な英語で、落ち着いていらっしゃる。次に、台本を持ったマーシャさんが僕の名前を呼んでくださる。淡々と仕事が進行していくようなさまの中、緊張することもなく、自宅で練習を重ねた日本人観光客の役割を何とか終える。いつもの番組の中で見る小川先生の注意やマーシャさんからの質問もなく、あっけないほど簡単にリハーサルは終わった。

リハーサルの後、軽く休憩があった。共演の五代さんはとても社交的な方であった。五代さんの流暢な英語と機転を利かせた会話の妙に、番組のレギュラー出演の学生さんたちも加わっておしゃべりも盛り上がった。この当時の僕の英語力は乏しいもので、自分に向けられた会話にだけ、相手と細い糸で繋がっているような感触があるだけだった。それでも、何とかお互いの意思が伝わるこの糸電話でも僕の心を弾ませてくれた。

「みなさん、本番いきます!」ディレクターの声がスタジオに響き、優しくされていた照明が再び四方八方にと飛び散っていく。リハーサルの時にはなかった緊張感が、否応なく素人の僕にも伝わる。

本番撮影が進み「チャレンジコーナー」の時間となった。五代さんは流暢に自分の役をこなされた。リハーサルの時にはなかった小川先生の五代さんへのアドバイスの後に、マーシャさんが五代さんに感想を求めた。こちらもリハーサルの時にはなかったが「マーシャさんはじめ皆さんにお会いできて嬉しかったです」五代さんの無難な大人の返答だった。

僕の番がきた。多少の緊張はあったかもしれないが、間違いもなく、無難にできた感触があった。家での練習の甲斐もあったかも、だった。リハーサルの時にはなかった小川先生の出演者へのねぎらいの言葉に続いて発音のアドバイスを受けた。

” Do you accept this travelers check?" の" accept" の" p" の音が弱いとの指摘だった。マーシャさんの後に続けての練習で、「アク・・セット」と言い淀んだ後、苦笑いで誤魔化した映像が今に残っている。幸いと言うか「ソニーベータ」で録画したテープを再生する機会も、機械もなさそうだ。「accept」は僕の思い出の単語となり、何の因果か英語を教える立場にある今「accept」が出てくるたびに「p」の音に注意して、時に「TV英語会話1」出演の思い出を、愛しき生徒たちに語っている。

マーシャ・クラカワさんとレギュラー出演の学生さん四人に、台本の裏にサインをしていただいた。小川先生のサインだけがなく、どのような経緯でサインをいただかなかったのか記憶にないのも、40年近くも前のことだ、良しとしておこう。

帰りぎわ「オノくん、時間あるならお茶でもご一緒しない?」五代さんの有難いお誘いだった。夕方から忙しくなる酒屋商売ゆえ、生憎すぐに帰宅しなければならない旨をお伝えした。「じゃ、後日でもうちに遊びに来て」と名刺をいただいた。お住まいは渋谷区青山であった。

「昭和57年4月24日(土)」40年になんなんとする、今に続く五代美子さんとの出会いの日でもあった。

・・・続く

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