Re-posting No.036 英語・挫折の歴史(5)優しく品格のあった山下さんの「あなた」
Re-posting No.036 英語・挫折の歴史(5)優しく品格のあった山下さんの「あなた」
(昨年4月10日に投稿したNo.036を大幅に書き直したものです。No.031の続きです)
朝日カルチャーセンター「初級英会話」の初日の自己紹介では、自分がクラスの中で一番出来ないのを、マックミッキング先生をはじめ同級生の女性たちに宣言したようなものだった。一人だけ置いてけぼりをくらった1回目の授業の一週間後、2回目の授業があった。
マックミッキング先生が、今日も一番右端の席に座るMs.Katoに「Wha...」なにか尋ねた。Ms.Katoが「……」と答えた。「加藤さん」か、あの方は。「What did you ,,,」先生が次の方にも似たような質問をしたようだ。次の方がすぐに答える。
そうか、たぶんこの一週間何をしたのか、そんなことを聞かれているのか。何かパズルを解いているような楽しさが感じられてきた。そんなふうにひとりひとり違った質問をされていったようだ。「How did you come here today, Mr.Ono? 、今日はここにどのように来られたのですか、ミスター小野?」と言う質問が僕にも寄せられた。「By train.」何とか答えて、先週よりはマシに答えられたかとホッとした。
次にテキストを開くように指示された、はずだ。ページ両側に、場面別・場合別にスキットが書かれている。振り返ってみると、典型的な語学会話教本で、自分にとって生まれて初めての、日本語のない英語のテキストであった。
隣の人と組んでテキストに書かれている二人の会話を読んでいく。いわゆるrole playing 役割演技という学習方法だ。この時は英語で何と言うのかは当然知らなかった。僕の右隣に座るMs. Yamashita山下さんとペアであった。優しい方で胸を撫で下ろした。こちらの下手くそな英語に、辛抱強くにこやかに対応していただいた。
辞めずに何とか通った一月後くらいだったか、山下さんがさりげなく、本当にさりげなく「私たちこの後、ちょっとお茶を飲みに行くの。時間があれば、あなたも一緒にこない?」と授業後の奥様方のお楽しみのお茶会に誘ってくれた。クラスの他の方たちと親しくなれたことで、楽しく通うこともできた。山下さんが、こちらのことを「あなた」と穏やかに呼ぶお声は、品格に溢れていた。ずっとお付き合いしていただくが、本当にお人柄の素晴らしい方であり、出会いに感謝した。
話は飛ぶ。一年後に僕が朝日カルチャーセンターを辞めてからも、年賀状のやり取り、会食などを通して山下さんとのお付き合いは続いた。お会いしてから十数年後、僕は38歳のときに上智大学比較文化学部に入学する。口の悪い友人のワタルくんが、嬉しそうに祝福してくれた。「おめでとう。でもなあ、20年浪人してそんなもんか〜」茶化すネタを見つけたと言わんばかりの、彼らしいこの言葉も嬉しかった。忘れ難い。
一方、山下さんのお言葉も素直に嬉しかった。「えらいわねえ『あなた』は、主人も喜んでいるわ。合格お祝いにご馳走させてね」えらくもなんともないが、お言葉に甘えた。こちらの初めの英語の酷さを目の当たりにしていた方だ。実感のこもった言葉に、マックミッキング先生の「Are you a student?」を聞き取れなかった日(No.031)を思い出してちょっぴり恥ずかしくもあった。
英語の学習で挫折を繰り返してきた。今も続いている。週に一度「初級英会話」に通っただけで、英語が上達するわけはないと感じていた。毎日毎日学習の「量」をこなさなければダメだ。教室に通うのは刺激になるからだ。動機の継続のためだ。「『量』をこなしてから初めて『質』の話をしようよ」今も、確信を持って生徒たちに伝えている。
加えて沢山の方々との邂逅を思う。英語の学習を継続できたのは、山下さんを始め良き人たちとの出会いがあったからだ。「どこに行っても同じだよ。自分が前向きに明るく過ごせば、背中を押してくれる人は必ず現れる。自分が後ろを向いて嫌だなと過ごせば、足を引っ張るヤツが現れる」これも生徒たちに、達観をよそおい話す言葉だ。
ショートカットがお似合いだった山下さんは、今あちらの世界で一足先に逝かれたご主人と楽しく過ごされていることだろう。2009年に亡くなった僕の連れ合い由理くんとも会ったはずだ。今は聞くことのできない山下さんの優しく品格ある「あなた」の響きが大好きだった。
・・・続く
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