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行政のデジタル化について3段階にわけてざっくり説明する

先日ふとTwitterを見ていたら、デジタル庁(仮称)設置に向けた求人情報が目に止まりました。

ついに日本においてもデジタル庁が立ち上がり、デジタル・ガバメントの実現とに向けて本格的に歩み出すのでしょう。気になるのは、どんな人材を募集するんだろうか?ということ。応募条件を見てみると、「歓迎条件」ではあるものの、こんな一文を見つけることができました。

- デザインリサーチの設計と実務経験

おそらく一般の方には聞き慣れない言葉であるデザインリサーチですが、行政のデジタル化とデザインリサーチにどのような関係があるのでしょうか?

本記事では行政におけるデザインリサーチについて説明しますが、デザインリサーチの話をする前に、まずは行政のデジタル化、あるいは行政におけるデジタルトランスフォーメーション(DX、Digital Transformation)についての前提を共有する必要があるでしょう。

この記事ではまずデジタル化とは何か?について説明したあと、デジタル化とデザインリサーチの関係について説明します。

デジタル化の対象は大きくわけて3種類ある

そもそもデジタル化とは何を指すのでしょうか。ここ数年、バズワードとして頻繁に耳にする言葉になっていますが、デジタル化とは一体何のことなのかという肝心な部分について、あまり説明されていないように思います。

デジタル化には様々なものがあり、対象をどのようにして切り取るかによっていくらでも異なる定義を作り出すことができますが、私はデジタル化について次のように考えています。

テクノロジーを利活用して、対象を再構築すること

ここで問題となるのはテクノロジーを用いて再構築する対象です。この対象を整理しておかないと、デジタル化という言葉だけが独り歩きしてしまいます。デジタル化という言葉から思い浮かべるものが人によって大き浮く異なり議論がかみ合わないません。

私はデジタル化の対象を次の3つにの大きく分けることができると思っています。

(1)データ、情報、知識など
(2)手続き、行動、仕事、ステップなど
(3)サービス、プロダクト、企業、組織、行政、ビジネスなど

これらに対するデジタル化を、先程の定義に当てはめると次のようになります。

(1)情報をテクノロジーで再構築すること
(2)手続きをテクノロジーで再構築すること
(3)サービスをテクノロジーで再構築すること

これらをそれぞれ順番に説明していきましょう。

(1)情報をテクノロジーで再構築すること(符号化)

様々な情報をテクノロジーを用いて再構築すること、これをコンピュータサイエンスの世界では「符号化」と呼んだりします。ご存知の通り、コンピューターは0と1で動いていますから、コンピューターで何らかの情報を扱おうと思うと、扱おうとする情報を0と1の集合体で表現しなければなりません。

例えば「2020」という数字を扱おうと思ったとき、コンピューターは2020を数字としてそのまま扱うことはできませんから、2進数に変換し「11111100100」のように1と0を並べて扱います。これは数字だけではなく文字でも同様です。例えばアルファベットの「a」であれば「01100001」のように、やはり0と1の並びに変換して扱います。

数字の2020 => 11111100100
文字のa => 01100001

数字や文字は比較的扱いやすい情報ですが、画像や音声なども0と1の集合に変換して扱います。例えば私達が耳で聞こえる音は空気中を伝わる波である。ということを聞いたことがあるかも知れません。空気を物理的に振動させているわけです。

ところが空気の振動というのは扱いが非常に難しい。空気の振動を箱に閉じ込めて保存したり、コピーしたり、誰かに送ったりということができません。そこで、テクノロジーの力で音の形、つまり空気が振動するパターンを記録して、持ち運んだり、あるいは好きなタイミングで再生したり、あるいはデータとして送信できるような仕組みができないだろうか?と考えるわけです。

下記に示す図は非常に簡易的なものですが、左側に示すオリジナルの波形を一定周期でサンプリングして表現したものです。

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https://www.infraexpert.com/study/telephony2.htmlより引用

このようにしてミュージシャンが演奏した音楽(の波形)をデジタル化することで、音楽CDのような形で販売したりすることができます。音楽を聞きたい人は、デジタル信号をアナログ信号に変換する装置(つまりCDプレーヤーとスピーカーなど)を利用することでいつでも好きなときに音楽が聞けるようになるわけです。

これは音だけではなく、画像など、様々なデータを扱う際に同じような仕組みが取り入れられています。例えば画像の場合は下記の図が非常にイメージしやすいのですが、デジタルカメラのレンズやスキャナを通して取得した画像を一定間隔でサンプリングして、デジタル画像として保存します。デジタル画像では 縦横のピクセル数が決められており、それぞれのピクセルが何色か?を記録することによって画像を表現します。

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http://neareal.net/index.php?ComputerGraphics%2FImageProcessing%2FTheStructureOfImageDataから引用

このように、情報やデータをテクノロジーを活用して0と1の集合で再構築することがひとつのデジタル化です。これらのデジタル化はコンピューターが登場してからかなり早い段階で普及していました。

他にも、企業内や行政における様々な記録、おそらくこれまで紙で保管していたようなデータを電子化することも、情報のデジタル化として扱って良いでしょう。

(2)手続きをテクノロジーで再構築すること(システム化)

20世紀終盤から21世紀初頭は、これまで人が手作業で実施していた様々な作業をコンピューターの力を借りて実施することが検討され、導入されてきた時代です。具体例を説明すると枚挙に暇がありませんが、例えば次のようなものがあるでしょう。

スーパーなどの小売店で会計をするとき、現在ではPOSシステムを用いてバーコードをスキャンすれば瞬時に合計金額を出す事ができ、かつ何がいつ販売されたかをシステムに記録することができます。しかしこれらはかつて手作業にて行われていた作業のはずです。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A9%E5%A3%B2%E6%99%82%E7%82%B9%E6%83%85%E5%A0%B1%E7%AE%A1%E7%90%86から引用

電車に乗るとき、それまでは駅員さんが目視で切符を確認して入鋏していましたが、今ではほとんどの駅で自動改札が導入されていますし、Suicaに代表されるような電子マネーを用いて電車に乗ることもできる様になっています。

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https://www.youtube.com/watch?v=0AiKYn0mImUから引用

以前、図書館ではブラウン方式やニューアーク方式(映画「耳をすませば」で採用されている方法)など本の貸出を紙で管理していましたが、今ではコンピューターを利用して本の貸出返却を管理している図書館がほとんどでしょう。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E6%96%B9%E5%BC%8Fより引用

これらのポイントは、データを再構築しているわけではなく、人が行っていた様々な手続きや仕事について、コンピューターやシステムを利活用することによって再構築し、効率化したり、より便利ににしたりするものです。

これら手続きは、手続自体を完全に刷新するものでは有りません。紙やプロセス、慣習など、様々な制約の中で定められてきたものをいかにして改善していくかがポイントです。店に行って買い物をするという行動、電車に乗るという行動、図書館で本を借りるという行動など、それらの行動の中にあるひとつのシーンを切り出して再構築します。

(3)サービスをテクノロジーで再構築すること(DX:デジタルトランスフォーメーション)

さて、ここまでで説明した2つは、デジタル化する対象が情報であるか、手続きであるかという違いはあるものの、これまでアナログで扱っていた対象をデジタルデータとして扱ったり、あるいは人が行っていた手続きや仕事をデジタル技術で代替したりあるいは支援することに焦点をあてていました。

ところが、これらは言ってみればコンピューターなどのテクノロジーがない時代に定められたプロセスであり、テクノロジーを活用して効率化しようとしても局所最適となってしまい全体最適とはなってない場合があります。

例えば、図書館の例では、書籍の貸出をテクノロジーで効率化することはできたとしても、そもそも図書館の目的は書籍を貸し出すことだけなのでしょうか?図書館は多くの場合税金で設置されていますが、ただ本を多くの人に貸し出すことを最終的な目的として図書館の建物が建てられているわけではないはずです。言い換えれば図書館の役割のひとつとして本の貸出があったとしても、そこには何らかの目的があるはずです。

具体的には日本における図書館の目的は図書館法第2条第1項にて定められています。

図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設で、地方公共団体が設置する公立図書館と、日本赤十字社又は一般社団法人(公益社団法人を含む)、若しくは一般財団法人(公益財団法人を含む)が設置する私立図書館

つまり、図書館の目的は様々な資料を収集し、整理し、保存して一般公衆の利用に供することだけではなく、一般公衆の共用や調査研究、レクリエーションに資することが目的なのです。

貸出手続きをシステム化すること(つまり手続きのデジタル化)によって、市民の利便性は向上するでしょうし、より少数のスタッフで図書館を運用できるようになるかも知れません。一方で、貸出手続きのデジタル化は、図書館が果たすべき目的についてどの程度の貢献を果たしているのでしょうか。もちろん、貸出業務を省力化できることによって他の業務に従事するリソースを確保できるなどの効果は期待できると思われますが、それ自体が目的ではないでしょうしょうし、言ってみれば副次的な効果でしょう。

そうではなくサービスやプロダクトや施設や組織など(以下、サービスとして書きます)の目的を見つめ直し、その目的を達成するための様々な手続きや仕組みやインタラクションについて「手続きをいかに効率化するか?」という視点ではなく、テクノロジーを活用することで目的の達成に向けてサービスをより良い形で再構築できるかという観点から捉え直すこと。

デジタル技術を使って、そもそも私達の会社、組織、プロダクトをいかにより良いものにできるかを検討しましょう。これが3つ目のデジタル化であり、デジタルトランスフォーメーションや、DXと呼ばれるものであり、サービスのデジタル化と考えることもできます。

デジタル技術を活用することでこれまでの垣根を突破し、本質的な価値にフォーカスすることができる可能性があります。Internet of thingsや、AI、5Gに代表されるようなテクノロジーの進歩と、それによって収集されるデータが利用可能になったこと。テクノロジーの標準化が進んでいること。また、テクノロジーの進歩によって物流やサプライチェーンが柔軟になったこと、ローカルなビジネスモデルからグローバルを前提としたビジネスが当たり前になりつつあることなど様々な要因があります。

これらテクノロジーの進歩や環境の変化を前提に問い直すことで、より良いサービスを作れないかを検討し、実現に向けて邁進することこそが現在注目されているデジタルトランスフォーメーションであるとも言えるでしょう。

サービスのデジタル化にはデザインリサーチが必要

さて、デジタル化の説明が少々長くなってしまいましたが、デジタル化とデザインリサーチにどのような関係があるのでしょうか?

デジタル化には、情報のデジタル化、手続きのデジタル化、サービスのデジタル化の3種類があると説明しました。これらのうち、情報のデジタル化と、手続きのデジタル化については、どのような状態を目指すべきかがある程度明確でした。

デジタルカメラで画像をデジタル化するときに、どの程度の画素数があれば十分か?どのような圧縮率であれば許容されれるか?のような議論はあったものの、検討すべき変数はそこまで多く有りませんし、そもそもスペックはユーザーによる要求ではないところで決定されることも多かったはずです。

CMOSやCCDなどのような映像素子の画素数や、SDカードのような記録媒体はテクノロジーの進歩とともに高画素化してきたものですから、いくらユーザーが1億画素の写真が欲しいと言ったところで、そこには実現のために様々なハードルがありますし、仮に実現できたとしても大変高価なカメラになってしまい多くのユーザーには手の届かないものになってしまうでしょう。そうすると結果としてメーカーとしても採算がとれる見込みがありませんから商品化できません。

ユーザーにとっての価値と、技術的な実現可能性、そして事業としての持続可能性を天秤にかけながら、ちょうど良いところを目指す、というのが従来型のものづくりでした。

カメラ単体でフォトアルバムが作れると良い。あるいは撮影後すぐにスマホに画像を転送したいとか、目の前にある風景を切り取るというカメラとしての機能以外の部分で新たな価値を創出しようとする動きは常にありますが、これはアナログの、フィルムカメラではそもそも不可能な話ですから、データや手続きのデジタル化とは少しわけて考えるべきでしょう。

一方で、サービスのデジタル化、デジタルトランスフォーメーションを推進する上では「シャッターボタンを押せば写真を撮影することができる」ではなく、もう1段抽象化して考える必要があります。

図書館の例で触れたように、そのプロダクトや機能、施設、あるいは組織をサービスとして捉え、サービスの目的を考えるのです。つまり、そもそもカメラって何のためにあるんだっけ?や、人々はなぜカメラを購入しようとするのだろうか?というところです。

カメラの目的とは何なのでしょうか?もしかしたら人々が写真を撮影する目的は何か?カメラを購入し、持ち歩く目的は何か?と問い直したほうが適切かもしれませんが、写真を撮影するという行為のその先に、人々は何らかの目的を持っているはずです。あるいは写真を撮影することそのものが好きなんだと言う人も居ると思われますが、その人々にとって、写真を撮影することの魅力はどこにあるのかについてを改めて検討します。

そのうえで、人々が持つどのような課題やニーズを、どのような形で解決することができるかを見出す必要があります。私の本でも書いている通り、現代社会においてこのことを明らかにし、サービスのあるべき姿を描き出すことは簡単なことではありません。これにはデザインリサーチが非常に重要な役割を果たします。

これが、サービスのデジタル化で重要な観点であり、情報や手続きのデジタル化と異なる点でもあります。

行政のデジタル化とデザインリサーチ

日本において初めて「デザインリサーチ」と冠する書籍、「デザインリサーチの教科書」を上梓させて頂いたのは2020年11月中旬のことですから、そのタイミングから考えるとわずか2ヶ月。

その2ヶ月で行政の中の人達にデザインリサーチの重要性が届いたとすると大変喜ばしいことですが、さすがにそこまで私も楽観的ではありません。行政の中の人達は、かなり以前からデザインリサーチに注目していた。そう考えるのが自然でしょう。

そもそも行政のデジタル化についてはコロナとは関係なく(コロナで若干時期が前倒しになった可能性はあるけど)、いつかはやらなければならない大きなテーマであり、諸外国で取り組まれているデジタルガバメントについては、行政のさまざまな部署で調査し検討されていたはずです。そして海外におけるデジタルガバメントに関する取り組みについて調査し検討する中で、デザインリサーチという言葉を耳にする機会は1度や2度では無かったはずです。

諸外国で取り組まれているデジタルガバメントが、必ずしもサービスのデジタル化を指しているとは限りません。まずはデータや様々な情報をデジタル化して、国民からアクセスできるようにするところから着手しているところもあるでしょうし、様々な行政プロセスや行政手続きをシステム化して、自宅からコンピューターやスマートフォンを使って簡単に手続きできるようなWebサービスやスマホアプリを提供しようとしている国や自治体もあるはずです。

しかし、デンマークを始めとしたいくつかの国では、そもそも図書館ってなんのためにあるんだっけ?というところから問い直し、人々を理解し、様々な取り組みがなされています。

例えばデンマークのオーフスという町にあるDOKK1と呼ばれる図書館では、従来のような図書館のイメージとは全く異なる図書館のひとつでしょう。

DOKK1には私自身も何度か足を運んでいます。図書館としての従来からある手続き、例えば、いかに簡単に本を借りて返却するかというところがシステム化されていることは述べるまでもありませんが、図書館の中にはDIYのためのスペースがあったり、親子で体を動かすためのスペースがありました。「デンマークの図書館の新しいスタンダード」と上記の記事で述べられていますがこれがスタンダードになるのであれば大変に素晴らしいことだと思います。(なお、DOKK1だけではなくコペンハーゲン中央図書館や、その他の地域の図書館でも様々な取り組みが行われており、日本の図書館をイメージして訪れるとおそらくびっくりすると思います)

なお、この記事では具体例のひとつとして図書館の事例を紹介しましたが、デンマークでは公園、ゴミ処理場、駅や空港など様々な施設、そしてもちろん行政機関やそれらが提供する各種サービスにおいてサービスデザイン、あるいはデザインリサーチの考え方が取り入れられて言うことは述べるまでもないでしょう。

おわりに

日本におけるデジタル庁が目指す方向性、手続きのデジタル化にとどまるのか、あるいはテクノロジーを活用して行政サービスそのものの再構築を目指すのか、正直なところ私は存じ上げません。しかし、デザインリサーチというキーワードが政府の出す求人情報に含まれているという点が個人的に大変驚いた点であることは間違い有りません。

今後、私達がより豊かで人間らしい生活を送り続けるために、政府が様々なデジタルテクノロジーを活用することによってサービスのデジタル化を推進することは諸外国の動向を拝見する限り必須であることは疑いようもありませんが、私達をマスとして捉えるのではなく、ひとりひとり、個々の人間として捉え、どのようなサービスを作り、提供していくべきかを検討いただけると大変うれしく思っています。

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私が代表を務めるアンカーデザイン株式会社では、行政に限らず幅広くデジタル化(DX)の支援を行っております。お気軽にお問い合わせください。


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