#9 ピントが合わない星空もいいかもしれない
9月が始まり、カレンダー的に夏はもう終わりなのかもしれないが、
少し歩くだけでも汗ばんでしまうくらい、まだまだ暑さは健全。
そんなときは炭酸水に限る。
そう思って最近はよく飲んでいる。
開けたときの音と喉を通る強炭酸の刺激が、
爽快感を引き上げてくれる気がしてる。
・・・
母の実家に帰ったこの前の連休。
おじいちゃんとおばあちゃんに会うのは正月以来だ。
少し物忘れが増え、歩くスピードが遅くなった気もするが、
頑張って最新のスマホを使いこなそうとしている。
弟の説明を、目を細めながら一生懸命聞いて、
難しいね、と言う。
おじいちゃんおばあちゃんの、スマホを操作する指の動きが大袈裟なのは、
世界共通なのかもしれない。
毎度、そんな強く画面を押し込まなくても大丈夫だよ、と言いたくなるのを堪え、
僕は隣で静かに見守っていた。
そんな感じでゆったりと平和な時間が流れる。
夜は静かで、虫達だけの声が聞こえる。
街灯が少なく、車もほとんど通らない。
この機会を逃すまいと、蚊取り線香と最近買ったカメラを持って真っ暗な外へ出かけた。
叔父と弟の3人で、脇道のコンクリート道路に寝そべると、
真上には満天の星空が広がっていた。
流星群が流れる日と重なったのも運が良かった。
流れ星が空を横切ると、3人同時に声を上げた。
星座はオリオン座くらいしか知らない。
知っていたとしてもあの星空では見極められないだろうと思ってしまうほど、
星が夜空を埋め尽くしていた。
色も輝きもそれぞれ違う。
今見えてる光はいつ放たれた光なんだろうか、
光の先にまだ星は存在しているのか、
そんなふうに自然と想像が膨らんでいく。
肝心の写真はカメラに収めることは意外にも難しく、
ほとんどがぼやけてしまっていた。
それでもなぜか、その写真を気に入っている自分がいる。
だからあえてぼやけた写真を使うことにした。
この写真を見ると、あの時カメラのダイヤルをいじりながら、
試行錯誤した記憶が蘇ってくる。
それにぼやけいても、
星は変わらず輝いているのがわかる。
綺麗な星の世界が広がっているのがわかる。
そして段々、ぼやけていても悪くないと思えてくる。
鮮明に見えた方が綺麗に決まってる。
星空の写真に限らず何事も、
その解像度を上げる努力は大事かもしれない。
モヤモヤした気分だって、将来のことだって、おじいちゃんおばあちゃんのことだって。
でもはっきり見えていないことは決して悪じゃない。
ぼやけた写真を見返しながら、ふとそう思った。
・・・
そうやって色々夏の思い出を振り返りながら、炭酸水のボトルを空にした。
今日はこれで2本目だったけな。
今回はつらつらと思い出を書く回。
来年の夏、またあの星空を見よう。
p.s. しれっと意見箱を設置したので、よかったら是非