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点滴ファイブ➂ 笹の節句 七月七日

笹の節句 七月七日


「牛ごろし」
幼い頃、父さんに仕事を尋ねた時の返答でした。

あたしは父さんの仕事は牛ごろしなのだと知りましたが、ころしというコトバが使われていたのにも関わらず、怖ろしいとは思いませんでした。


家での父さんはとても優しく、何かをあやめたりする人間ではありません。

飼い犬を愛で、あたしと弟を可愛がってくれました。

しかしよくよく考えてみると、晩酌で点滴するお気に入りの酒は『鬼ころし』であったので、父さんはどちらかというと、ころしを好む人間だったのかもしれません。


そのせいなのか、あの日、疑われたのは、父さんでした。


あたしが絹を裂くような叫び声をあげたあの日です。


台所で倒れていた母さんの点滴パックの中で、『スズラン』が鳴っていたあの日です。


あたしの叫び声を聞きつけた父さんは、舌に刺していた点滴の針を引っこ抜くと、台所に駆けつけました。

口から赤い血を垂らした母さんを目にし、父さんは救急車を呼び、人工呼吸や心臓マッサージなど出来る限りのことをやりました。

それなのに父さんは、人相の悪い二人組の警察官に取り押さえられました。

その時、父さんの目から涙がこぼれ落ちたので、あたしは父さんがいっていた牛ごろしの話を思い出しました。ころされると分かると、牛も泣くのだという話です。咄嗟にあたしは叫びました。


「父さんの仕事は人ごろしやない。牛ごろしなんよ」


あたしは泣きながら、母さんが織った膝掛けで、父さんを頭から覆ってあげました。


それから父さんはしばらく帰ってきませんでした。

母さんもおらず、父さんもいないあたしは、玄関先に飾った笹に短冊を結びます。願いはただ一つです。


『父さんが戻ってきますように』


母さんが戻ってこないのは分かっていました。でも父さんは戻ってくると信じています。


弟の短冊を見てみると、『アリごろしはもうしません。ゆるしてください』と書いてあったため、あたしはなんだかおかしくなって、久々に声を出して笑ったのですが、笑い声はやがて泣き声に変わり、見上げた空はどんよりと曇っていて、なんの願いも叶いそうにないのでした。


茶の間に戻ると、爺さんが点滴パックにそうめんを入れて点滴をしているところでした。パックに入ったそうめんは五色(ごしき)に彩られ、まるであたしたちの内部で揺れる繊毛のようです。

隣では弟が爺さんの見ている相撲中継を前に、頬杖をつき、つまらなそうにしています。


爺さんの点滴が終わらないことには、あたしたちの点滴は用意されません。

爺さんはいつでも自分の点滴を一番に用意します。

悪い人ではないのですが、そういうところが母さんとは違うのです。

あたしは弟の隣に座ると、彼の頭を優しく撫でながら、こう囁きました。


「アリごろしは、許されました」


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