点滴ファイブ⑤ 七種の節句 一月七日
七種(ななくさ)の節句 一月七日
白いよ。白い。
昨夜降り積もった雪が、清らかでけがれのない世界を生み出しています。
早朝、あたしは白い息を吐きながら、冷凍庫の扉を開けました。
鮮度のよいうちに冷やし固めた思い出の品を、台所のカウンターに一つ一つ並べました。
母さんの赤い口紅。愛犬ロックの犬歯。母さんのカメオのブローチ。ロックが噛んでいた鹿の骨。母さんの喉仏。ロックの赤い首輪。
全部で六つ。キスウでない。
他に何かないかしらと冷凍庫の中を探してみたならば、凍りついた白い液体の入ったビニール袋を発見しました。
はて、これはなんだろうと考えあぐねているうちに、あたしは袋を開け、その白いものを舐めてしまったのでした。
口で味わうというお行儀の悪い行為をしてしまった自分を責めながらも、あたしの記憶は高速で回転しはじめ、この白い液体で満たされていた頃を想い出したのでした。
これは母さんの内部に張り巡らされていた管を通して、あたしとロックを繋いだ液。七つ目の品はこの凍った母の乳に決まりました。
あたしは並べた思い出の品を、一つずつ点滴パックの中に入れていきました。固形のものには精製水を入れ、エキスが染み出るようにします。点滴スタンドに七つのパックをぶら下げると、茶の間に移動しました。
家族の者はまだ眠っているため、部屋にはあたし一人です。
コタツのスイッチをつけ、足を中に入れました。冷たいです。
母さんがいた頃は、朝、茶の間に入るとコタツはすでについていて、その日に着る服が中で温められていたものなのに。
あたしは点滴の七つの針を両手のひらに刺しました。滴り落ちてくるものすべてを、この手で受け止めたいと思いました。
窓の外は、白いよ。白い。
温泉に浸かった翌日、ロックは母さんのもとへ旅立ちました。
体毛も目玉も白くして、母乳みたいに白くして、ロックは雪のように散りました。
白は旅立つ色なのだと、あたしはその時知りました。
母さんは白くなる前に赤くなって死んだけど、今頃は白く甘くイカみたいに漂って、あたしの傍にいるのでしょう。
あの日、温泉で点滴をしたあの日、ロックは鼻に刺した点滴針を通してイカのにおいを嗅いだのだと思います。
イカの目玉から染み出すエキスは、イカのにおいをまとったまま、ロックの体内を駆け巡り、内から外へとにおいを発散させたのです。
父さんには秘密にしていたけれど、嫁入り前の娘であるにも関わらず、あたしはロックの亡骸から、確かににおいを嗅ぎました。
白い白いイカのにおい。
そして同時にあたしの中から立ちのぼるクリの花のにおいも。
外では再び雪が舞いはじめました。
ようやく温まってきたコタツから抜け出すと、あたしは裸足のまま庭に出て、てっつくてっつく踊りました。
キスウが躍る。
キスウが舞う。
めでたいめでたい白い日に。
(完)
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