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リチャードジノリのコーヒーカップ
Rジノリのコーヒーカップを使い続けて30年は過ぎるだろうか。
リチャードジノリ・イタリアンフルーツ、コーヒーカップ&ソーサー。
フルーツとしては、プラムが必ず描かれているのがトレードマークだが、他には野いちご、花弁などが色彩豊かに描かれている。
伝説では、1760年頃にトスカーナのとある貴族の為に造られたのがイタリアンフルーツだということだが、貴族の名前も、正確な年代も分からない。
1896年、ミラノのリチャード製陶社と合併して、このときからリチャードジノリと名乗るようになった。
門下生の大川君がこのイタリアンフルーツのカップを割った。
「むむっ」
と瞋恚に引き続き落胆を覚えたが、「これも厄落とし」とあきらめた。
注意は与えたが叱ることはしなかった。
大川君は私に触発されて、コーヒーを淹れることに興味を覚え、小遣いを貯めて、イギリスの銘窯、ウェッジウッドのカップを買い求めるほどであった。
来客用にもう一客
6客をひと揃えとして、来客用にも使うイタリアンフルーツのカップだったので、どうしても割れた分を補充したくなった。
後日、日本橋三越の食器売り場に出向いて、一客を求めた。
補充の理由を伝えたら、「お怪我はございませんでしたか」とフロアマネージャーの男性から気遣われた。
粋な気遣い。さすがは三越と挨拶を受けた。
「どうぞ、そのお弟子さんをお叱りになりませんように」とも声をかけられた。
一客を選び、包装という段階に及んで、「ごくわずかではございますが、釉薬の盛り上がりが見つかりました。別の製品をご用意いたします」と言われた。
イタリアンフルーツは260年の歴史がありながら、絵付けの柄はひとつとして同じものは存在しない。
野いちごの位置、花弁の柄、その花弁の位置が微妙に異なる。
それゆえに260年の間を通じて、ひとつとして同じ柄は存在しないらしい。
だから、気に入った柄に愛着がわく。
グッチ傘下となったジノリ
三越で最初に選んだ一客の方が、愛着のわきそうなカップとソーサーの組み合わせだったのだが、「これも出会い」と納得して、新たに用意された別の柄を買い求めることにした。
いまでもコーヒーを注ぐときに、三越のマネージャーから言われた言葉を思い出す。
「そのお弟子さんをお叱りになりませんように」
カップを割った大川君は、私が一人前と認める前に私の元から去って行ってしまった。
2013年4月、グッチはリチャードジノリを1300万ユーロ(約16億円)で買収したと報道された。
大川君が割ったのは、グッチに買収される前のイタリアンフルーツ。
私が三越で新しく買い求めたのはグッチ傘下のイタリアンフルーツということになる。
Rジノリの窯工房にスタッフが入れ替わったり、製法が異なったりはしていないのだろうが、何となく新参のイタリアンフルーツを選んでコーヒーを飲むときに、「無事に暮らしていれば、それで良いのだが」と不器用で朴訥とした無口な大川君をふと思い出すのである。
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