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【企画メシ4期#5】 人間には誤読の自由がある【コンテクストの企画】

私は"コンテクスト"という言葉を、何かを言葉にできない時に、言語化をサボるためのワードのように使ってしまいがちだ。

しかし本当は、コンテクストとは、考えて考えて考え抜いて、
解像度の高い想像をし尽くしたうえで、想像の超えたものを得たときにこそ
使うべき言葉なのだ…とハッとした日。

今ここにはいない未来の誰かを、あるいは過去の自分を、あるいはありえたかもしれない自分を、うっかり人が想像しちゃうのがいい企画、という言葉が忘れられない。

そんな企画メシ第5講、コンテクストの企画の講師は、Takramの渡邉康太郎さんだった。

企画メシとは、電通のコピーライターの阿部広太郎さんが主催する企画講座です。詳細はこちら !
キャリアハックさんにも、本講座のレポート記事が掲載されています!

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(森岡書店は1冊しか本を売らない。)

心に残るものの作り方

心に残るものの条件は「語り継がれること」だけという渡邊さん。
うっかり心から出てきてしまうもので、誰しも持っているもの。
確かに私にもうっかり心から出てきてしまうもの

そんな心に残るものづくりに、文脈の設計は活かせる、ということで、Takramのコンテクストの作りの考え方をお伺いした。
印象的だったのは「誤読」「余白」というキーワードだ。

・誤読
人が、何かに触れたときに、個人的な文脈の中にそのものをとらえて、
解釈する(誤読する)ことで、想像しえなかった新しい価値が生まれる時がある。

・意図的な余白
誤読というが、完全に間違って受け取られてもいいや、と放棄するわけではない。

人が文脈を作りやすくなるように、共通言語を用意したり、絞り込んだ情報を提示し、補助線は引いておく。
そうやって意図的に余白を作りこんで、作り手が余白をうめないと、完成しないようにすることで、積極的な誤読を起こすようにしている。

そして、どんな反応が起きるか想像を尽くすが、それでも想像を超えた反応が起きるものというのが良い企画、と語られた。

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(takram が手掛けた、イッセイミヤケの花のコサージュ。裏から文字が刻まれていて、つい開きたくなる。開くと、贈り主からの手紙が書かれている。)

振り子の思想

「心に残るもの」なんて言うと、すごく抽象的で、センスが問われるような気がしてしまう。しかし、センスの問題として思考停止させてはいけない。
Takramでは、物事を深く考える手法として、振り子の思考法を使うそうだ。

抽象的なものを考える時に、両端をとらえていくと、ちゃんと中身のあるものになる。
具体的なことを考えたら、抽象的なことを考える。
部分を考えたら、全体を考える。

問いと答えでも同じだ。
クライアントワークだったとしても、お客さん自身で
問いはこれ、答えはこれ、と決めかかっている場合もある。
問いと答えを行き来し、思考を深め、アプローチを探っていくことで、本当に解決すべき課題が見えてくる時がある。
問いの質の上限が答えの質の上限なのだ。

課題

今回の課題はこちら。

自宅にある長く残っているものをヒントにしながら、
デジタルだけど、長く心に残るものの企画を考えてください。

デジタルと心をつなぐ補助線をデザインするにはどうしたらよいか?を考えさせる意図があったと思う。

私の場合、引っ越しを繰り返していることもあり、自宅にある長く残っているものは「12年前のフライヤー」だった。

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(売れる前の高橋一生が主役だった、本谷有希子の舞台)

高校生ぐらいから、本好きが高じて舞台も見るようになった。ただ、今での手元に残っている理由は作品の強度というよりは、そこで出会った新しい友達が今でも貴重だからだと思う。
高校生なのでチケットのために並んだりできず、mixiのチケット交換スレでやり取りして、そこで友達を作っていたのだ。

そこから、自分の想像もつかない他人を感じる経験をデジタルを通じてできれば、と思い「別人アプリ」なるものを考えたのだった。
(別人アプリ:自分の1日の過ごし方と他人の1日の過ごし方が交換できるアプリ。1日だけ別人になることができる。)

今振り返ると、「なぜそれを、人が使おうと思うのか?」の補助線が引けていなかったなと思う。

皆の課題を1つ1つ取り上げながら、渡邊さんはデジタルとアナログをつなぐコンテクストデザインについて、以下のようなフィードバックをくれた。

1.思い出すきっかけのデザイン
デジタルを使って、瞬間の出来事を思い出すためのきっかけをデザインすることができる。
例:センソリウム/While you were

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webページに滞在している間に、アルプス山脈は何ミリ隆起したか、何人の国政を持たない子供たちが生まれたか教えてくれる。世界は常に動いていること、私たちも国籍を持たない子供として生まれたかもしれなかったことをはっと思い出させる。

2.日常、経年の重みをデジタルにする
デジタルを使って、時間の記憶をアップデートすることができる。
例:宮永愛子さんの作品

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ナフタリンを使った彫刻を作っており、ナフタリンは外気に触れると昇華するので、作品は時間とともに形が変わっていく。いつの間に時間がたったのか、ナフタリンはどこへ飛んで行ったのか。世界は移ろいゆくものだということを思い出させる。

3.身体性とデジタルを掛け合わせる
デジタルに、生の記憶や質の情報を込めることもできる。
例:タイプトレース

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舞城王太郎さんが小説をタイプする様子をトレースしている(時間がかかっているほど大きく表示される)

振り返って

(講義からほぼ1年経ってしまったが…)
一人一人のクリエイティビティを信じ、個々の物語の補助線を引き、誤読の自由を与えるというのもはっとした。

私はどうも、世の中をグラデーションではなく、白黒はっきりしたものと無意識にとらえてしまう傾向がある。(白黒はっきりさせようとする価値観が一番嫌いにもか関わらず!)

人の作品を見たり、贈り物をもらったりしたときに、つい「正解」を探してしまっていた気がする。
その作品の解釈として一番客観的な合理性のありそうなコメントをしよう、その人の期待する反応をしよう、なんて考えていたのだ。それは同時に私が他者に求めてしまっていた姿勢かもしれない。

最後までお読みいただきありがとうございます。
自分の振り返りのために、少しずつ講義メモを更新しています。
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#1 見えないけど、見える。景色を見せてくれる言葉。【言葉の企画】
#2 数は洗練を産む。ただし思考の痕跡を残した時だけ。【観察の企画】
#3 心がつい動いてしまう熱量に触れた日【観光の企画】
#4 あなたの好きなものを理解したい【編集の企画】
#5 人間には誤読の自由がある【コンテクストの企画】
#6 会社員こそ自分の色を出していく【テレビの企画】
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どの講師の方も素敵です!