稽留流産をしてから その後
産婦人科専門医院で術後
悲しみに明け暮れていたわたしは
この時に相談した心理士さんに少しづつ心を開いていくようになった
排斥された14~15歳の私に当時の心理や心療内科医はとてもじゃないけど、良き理解者にはなってくれず
この時の心理士さんは
宗教二世問題を知ってくれていた方であったから余計にわたしにとって良き理解者になってくれた。
子の担任の先生と心理士さんのみが
この時のわたしの 家族よりも
誰よりも 良き理解者だった
もう一度、医療職を信じてみようかな と思えたのもこの瞬間だった
わたしは医療従事者だけど
傷つき体験が多すぎて
医療従事者も西洋医療も信じれてなかった
稽留流産手術をきっかけに
一般の人に二世の話をしたり
性被害、性暴力の話をしたりするとは
思わなかった
聞き手はただ ただ 静かに涙を流しながら聞いてくれ
否定もせず
一言一句と真摯に聞いてくれ
受け入れてくれた
当時の心理士さんと子の担任の先生には感謝しきれない。
この経験を機に わたし は
世の人は優しく暖かいんだ
と、知った
愛に溢れていることにも気がつけた
愛を肌で理解することがやっとできた
わたし の中では排斥されたあの日で時間が止まっているのかもしれない。
ネット上の仲間も元気づけてくれた
ありがたかった
わたしの中で決めていたことがある。
術後1ヶ月は子の為にも自分のためにも気持ちに素直になろう、と。
素直になった結果、流産した、なんてそんなことはなかなか話せなくなっていた。
なぜだか話したくなかった
産めなかった申し訳なさ
宿ってくれた事実に対する感謝
期待 希望 闇
それでも毎日やってくる日々
やっぱり私はサタンの子なの?
自身の切り替えのためにも
子を連れて南の島へ旅立った
自分の切り替えのために
南の島から帰ってきたらまた医療の世界に
就労しようと決めた
南の島では友人や仲間が駆けつけてくれて
何事も無かったかのように支えてくれて
私の話す事にも受け入れてくれた
少しづついつもの笑顔が戻ってきた
何度も思った
ここを居場所にしたい
ここに帰ってきたい
ここに居たい
でも、それを口にする度仲間は言う
いつでも待ってるから本当に無理だ、駄目だ、ってなったら帰ってこい
友人は言う
ここで過ごしてる姿がとても自然で幸せそうで涙が出てくる。
今まで苦労してきたからこそいつでも引っ越してきて欲しい
実家も夫にも心から頼りきれない私には
最高の愛ある言葉を貰った。
勇気を貰った
「どうにもならなくなったらここに帰ってきていいんだ」
意を決して内地に戻った
帰りの機内では子と共に泣いた
それからすぐに、面接を受け
市内で就労することになった
人生で初めて訪問医療をすることにした
同時に 小さな命も授かった
また 流産するのかもしれないという不安
また 孤独になるのでは?という不安
また 親に中絶するのかと聞かれる不安
全てをひっくるめて どうしよう だった
訪問医療をしていくと気がつくことが多かった
「普通」の家庭の事情
「普通」の親子関係
「普通」に妊娠を喜んでもらえたこと
そしてなによりも
神様が居ない家 ってだけでこうも違うのか。と
家に神様が居ない事実が衝撃的で
にわかには信じられなかったんだけど
本当に神様がいないんだ、いないのが普通なんだ、普通こういう会話を親子でするの?🗯などという衝撃の連続
仕事で接する方々や職場の理解、寛容さに勇気づけられ、わたしは2人目を出産することにした。
それでも、二世として不安は尽きない
○緊急連絡先をどうしよう
○輸血拒否ができるのか
もし、動転したらどうしようか
○妊婦メンタルをどう整えるか
○産後のフォローに親族は全く介入しない予定。だからこそどうするか
○誰に助けを求めたらいいのか
なによりもこの地域にはどんな時でも頼れる友人や親族が居ない事実
二世だからか相手との距離感もわからない
どうしようがたくさんの中
訪問医療職をしていると
たくさんのヒントを見つける
それに、出産予定医院は稽留流産の時にお世話になった病院だ。
ここには あの 心理士さんもいる
入院病棟には術後の私を心から心配してくれていた助産師さん達も多くいる。
なんとか、なる。
なんとか、する。
なんとか、してみせる。
なんとか、してこれた。
火事場の馬鹿力なのかもしれない。
泣きたいほど寂しくても
心細くても
泣きたいほど辛くても
迷っても
泣きたいほど甘えたくても
わたし は このこ の為に頑張って産もう と
この覚悟と努力のお陰で
妊娠発覚してから更に覚醒し
よりよく住みやすい環境づくりが
作れた
夫は出張が多く基本的には不在
それに活発な子もいて基本はワンオペ育児
頼れる親族はもちろんいない
就労もしたばかり
こんな中でどうわたしが乗り越えてきたのか
どうやって安全安心に2人目を産むことが出来たのかを少しづつ綴って行きたいと思う