もう限界
そんな中、風邪をひいてしまった。熱は38.5℃まで上がり、耳鳴りがし視界も緑色にかすんだので、これはよくないと思い、その日の父の夕食を作った後すぐに自室で休んだ。23時頃事務所から戻った夫がうどんを茹でてくれたが、キッチンでテレビを見ている夫に音が耳に響いてしんどいと伝えると、小さな音で見てるのに何でうるさいねんと怒り、自分の部屋に行ってしまった。体調が悪いのだから、いくら音量を下げてくれていてもうるさいものはうるさいのだ。じゃあテレビ見るのは明日にするわ、ごめんねありがとう、という気遣いもお互いに出来ないくらいギスギスしていた。
熱は一晩で下がったが、今度は父が鼻水が出ると言い出した。絶対にうつさないようにと極力父と接触しないようにしていたのに、うつしてしまったのだろうか。風邪をひくと次の抗がん剤が出来なくなってしまうかもしれない。とにかくこれ以上悪化しないようにしてもらわないと。
気をつけるようにと再三言ったのにも関わらず、父は私が仕事に行っている間にこたつでうたた寝してしまいその日の夕方に発熱。慌ててY病院の夜間外来に連れて行き薬をもらう。
夫に車を出してもらい、薬をもらって帰り、熱もあることだし今日は早く寝てねと言っているのに、いつもの時間まで起きていないと気が済まないのか、頑なに寝床に入ろうとしない。24時頃トイレに起きて来たときも、ふらつくと言いながらパジャマの裾を直したり上着をはおろうとしたり、危ないからやめるように言っても聞かずにふらふらと用事をしながら歩いている。
「お父さん、言うこと聞かれへんのやったら、もう知らんよ」
イライラして、つい突き放すような言葉が口から出てしまう。トイレを済ませ寝室に戻ったのを確認したところで、居間にいた夫に「『もう知らんよ』なんて言い方はやめろ」と注意され「私だってもういっぱいいっぱいなんだ」と反発してまた喧嘩になってしまう。3人とも、もう、本当にいっぱいいっぱいだった。
翌日、3月31日。夫との間に致命的な亀裂が生じてしまった。
父の熱は明け方には下がったが、昼頃からまた上がり始め、夕方近くなると38℃になった。夜間外来では1日分の薬しか処方してもらえないので、午前中に私が代理でHクリニックへ出向き、出してもらった風邪薬を父に飲ませ、薬局の夜のシフトへ出る。夫はHクリニックへ行くのに車を出してくれたり、父の夕食の面倒を見てくれたりしたが、それ以外の時間は事務所で仕事をしたいだろうから、そっちへ行ってねと伝えてあった。
薬局での勤務を終え20時半に帰宅し、そこから夫と自分の食事を作る。自分自身も風邪が治ったばかりで咳がまだ止まらず、父の熱を測ったり水分補給をさせるために昨晩も何度も起きていたので睡眠不足で、かなり疲れを感じていた。23時頃に事務所から戻ってきた夫に声をかけた。
「せわしない1日やったね。Hクリニック行って、事務所行って、お父さんのばんごはんして、また事務所行って」
朝から色々フォローしてくれた夫を労ったつもりだった。
「いや、俺は事務所でダラダラしてただけやから」
…。
何で?
あなたが全然仕事がはかどってないって言うから、私は自分の体調も押して、お父さんやあなたの食事を作って、あなたに事務所での作業に専念してもらおうとがんばって、その上仕事にも行って、休む暇もないくらい動き回っていたのに、あなたはせっかく事務所に行ったのに何もせずに帰って来たって言うの?
父の病気や引越しが重なり、もう何ヶ月滞っているかわからない作業もあった。ダラダラする時間があるならそれを真っ先に終わらせてほしいのに。
「いつになったら出来るんよ」うんざりしている夫を、さらに追い詰めてしまう。彼には自分なりの仕事のやり方、ペースがあり、それに口出しをされるのが一番嫌いなのだ。本当にダラダラ過ごして何もしていなかったわけではないはずだ。私もそれはよく知っていたのに、禁句が口をついて出てしまった。
夫はキレた。黙って自分の部屋に入り、押入れから大きな布団袋に入った布団一式を出して、無理やりそれを抱えて出て行った。私は何も言わずに夫の行動を見守った。夫が玄関のドアを閉めた瞬間にガチャリと内側から鍵をかける。
こっちだってもう限界なんだよ。
何も気づかずトイレに起きてきた父の熱を測り、水を飲ませ、自分も寝る用意をする。正直、朝までぐっすり眠れた。