「村生まれ最後の子ども」として出来ることは?
こんにちは!
伊藤美紀と申します。
最初の投稿ってこともあり、自己紹介をしていきたいと思います。
別子山村
突然ですが、皆さんは愛媛県に ”別子山村” という自治体があったことを知っていますか?
「知らないよ!!」 って思った方、”別子銅山” だったらどうですか?
社会の教科書か地図帳に載っていた気がするので、聞いたことがあるかもしれません。
別子銅山は日本で2番目に多く銅を産出した銅山です。
(詳しくはまたどこかで)
別子山村は別子銅山の発祥地で、明治期には1万人余りもの人々が住んでいたんです。
しかし、、、
銅山の本部の移動(大正時代)や銅山の閉山(1973)に伴い、別子山村の人口はどんどん減っていき、2003年3月31日をもって、独立した自治体ではなくなりました。(当時人口277人)
別子銅山の結びつきが強い新居浜市と合併した今もなお、人口は減り続けています。
2023年3月現在の人口は113人です。
自己紹介
前置きが長くなりましたが、私の自己紹介をしていきます。
プロフィール
名前: 伊藤 美紀(いとう みき)
出身: 愛媛県別子山村(現 新居浜市)
2001年12月生まれの21歳(2023年7月現在)です。
今は大学生です。(なんとか4年生になりました)
高知の大学に通ってます。
じつは、、、別子山村時代に生まれた最後の子どもなんです。
(21歳の人に対して”子ども”ってなんか嫌なんで、ほかの言い方を決めたい)
何でそう呼ばれているかと言うと、2002年、別子山村は「日本で唯一子どもが生まれなかった自治体」だったからだそうです。
(いつぞやの少子化社会白書に掲載されたはず。父がよく言ってます。)
ちなみに、トレードマークはメガネ👓です。
顔写真とかはそのうち、見つかると思うので、その時に。(笑)
趣味は、、、
ドラマを見ること
映画を見ること
アイドルを応援すること
風景写真を撮ること
瞑想をすること
煉瓦づくりの建物を見つけること
etc…
メジャーなものから変なものまで、多種多様すぎる趣味というか、推しがありすぎます。
どうしてこうなったのでしょうか。大学に入学する前まで、ずっと山奥で生活して、友達と遊んでこなかったからでしょうか。まあ、オタク気質な人だと思っていただけたらOKです。
別子山と私のこれから
私は別子山が大好きで、大学を卒業したら、戻りたいなって思っています。
でも、、、本当にの戻れるのでしょうか?
それは、明言できないのが現状です。
高齢化率は50%を超え、これと言った稼げそうな仕事がない。
ネットでなんか事業ができれば別でしょうが、私にはそんなスキルは今のところありませんし、続けられる自信はありません。
こんな地域、存続し続けるのかも不安になってきます。
存続してほしいですよ。できるなら。もちろん。
だって、貴重な自然に囲まれ、地域の人々が家族のよう。
それに、別子銅山などの歴史があります。
無くしちゃだめです。絶対に。
大半の地域の人たちも同じ気持ち(だと信じてます)。
でも、このままだと、衰退の一方なのは確実です。
私は「これだけやっとけば、地域が復活」なんていかないと思うんです。
そこで、自分なりに何か始めたい。
何かって?
それはまだ明確なものはありません。
でも、それを探し、もがき続けることも、「村生まれ最後の子ども」の私が出来ることなのではないでしょうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
では。
みき👓