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大阪旅行記-物を買うことについて-

 blue overという、靴のブランドが大阪にあり、自分はその靴が大好きだ。そのblue overの旗艦店であるセレクトショップへ行こうと、ずっと前から考えていて、ついに機会が訪れた。

http://www.blueover.jp/
http://www.struct.biz/

 2、3年前に購入したことをTwitter上にアップしたときから、店長さんなどと話す機会が多く、靴についてをさまざまやりとりさせてもらっていた。
 そのうちに、靴とまるで関係のない下ネタを話すようになったり、お店自体もちょっと変わっていて、月に何度かUstreamでラジオを放送する、大阪マラソンに出るといった、「セレクトショップってそういうんだっけ…?」という活動をされていたので、その都度面白がって絡ませていただくことが多かった。

 その日も、新幹線で一路大阪へ向かう車中で、自分の横の列に座るカップルが「男が女性の股の間に手を入れたまま寝ている」ことを発見して呟くと、すぐさまストラクトさんがリツイートをしてくださるという日常があった(ついでにいえば、blue overを取り扱ってる東京のセレクトショップ店長さんも「君の股間のセガールが暴走特急」などと絡んでくるので、車中暇がなかった)。

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 物を作る商売をずっとしていると、物を売る商売がどういうものか忘れてしまう。物を作るということは、必ずそこに受け手がいる。アーティストであればその受け手は見知らぬ誰かで良いだろうが、あいにくそこまで独自性のあるものを自分が作れるとは思えたことがない。
 自分のやっていた商業印刷は、まずクライアントがいて、さらにその向こうにターゲットがいる。しかし、人事異動のようなものがあり、仕事のやり方が変わって、数をこなすことだけをしていて、誰に対して何を作っているのか自分でもまるでわからなくなっていた(そのために心身を病み辞職をして旅行できるような休みが取れた)。

「物を売る」で思い出すのは、自分が居酒屋で4年間バイトしていたときのことだ。ご夫婦で経営されている、30人も入ればいっぱいの小さな居酒屋で、その界隈では知らない人はいないくらいの有名店でもあった。
 経営マニュアルや啓発本のようなものがあるが、あんなもの糞食らえと思うほどに、ここの主人は、とにかく嘘をつかなかった。真摯に仕事をして、適正な価格を設定して(それでも普通よりだいぶ利益率は低かった)、時折損をして、得をとって、お客さんを繋いでいた。確固としたプライドがあり、時としてそのプライドを折ることにもプライドを持っていた。
 だから、バイトをしていた自分たちも、自然とこのお店に泥を塗ってはいけないと襟を正した。
 そうすると自然と集まってくるお客さんも、このお店が好きである、このお店を信頼している、とそうした人が残っていくようになった。

 そういう経験があったので、例えば馴染みの美容室へ行ってサロン専売品を買うのも、もっと安いところがあっても顔見知りのところでものを買うというのは、一つ「その人(店)を買う」という行為であると思っているところがある。相手が行ってくれる対価に対する、報酬を自分たちはお金で返すことが出来る。

 けれど、最近、それに疑問を抱く時があった。
 介在しているのは突き詰めれば「お金」だけで、ホステスに貢ぐハゲ散らかした親父のやっていることと、何が違うのか。そうした行為は、果たしてただエゴを満足させるだけの行為であり、クリエイターをおべんちゃらがうまい水商売にしてしまってはいないか。

 お金が無くなり、追いかけることができなくなったら、はいそれまでよ。それだけ。
 そうであれば、いっそ無味簡素な大量生産の既製品を安く購入したほうが、よほど正しい関係なのではないか。そして、すべてのクリエイターはそれを目指すべきではないのか? とくに、飲食店とは違い服飾やサロンなどは目に見えにくい価値を扱う商売だ。なんとなく雰囲気がいい、なんとなく質がいい。それがどれほど適正な価格であるか、はっきりと自信を持って買える人間がどれほどいるだろうか。

 SNSが発達して、とくにこの辺りは気をつけなければいけない錯覚だと思えた。小さなコミュニティの中で生まれる選民意識というのは、心地よい。
 常連扱い、特別扱い、そうしたものを得るため「だけ」に自分は何かをしていないか。それは正しいことか。

 ネズミ講の商売を行う人、宗教にはまって迷惑を顧みず布教をする人。そうした人たちも、一途にそれを正しいと信じているかもしれない。ならば、自分がその商品を良いと信じて人に勧めるとき、胸を張ってその人たちと違うと言い切れる根拠はなんだろう。

 自問自答は巡るのである。その他方でしかし、一縷の望みみたいに、自分の信じるものは違う何かがあるのでは、と思いながらも悩むのだ。

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 大阪に着いて所用を済ませ、お店へ向かう。
 淀屋橋は(東京の)日本橋前のようでいて、しかし青空が抜けて見えるオフィス街だった。しばらく歩いて小径を入ると、小さなビルが立ち並び、看板の文字が明らかにデザインされたものが多くなってくる。なるほど、ここはそうしたお店が集まる地域なのか、と思う。
 無数に存在するお店で、なぜ自分がそこへ明確な意思を持って向かおうとするのか、やっぱり考えてしまう。

 お店に入り、ご挨拶。さっそく店長さんが「入ってきた瞬間、そうかなと思いました」と笑いながら出迎えてくれる。よくお話しさせてもらうディレクターさんもバックヤードから顔を出してもらって、5時くらいから8時近くまで延々と靴についてや、いままでネットだけでしか話せなかったことを、改めて分かち合ったり、商品を見る時間も欲しいけど、話す時間も欲しいとわがままに長く居座ってしまった。

 9時より、お店と仲の良いオーナーさんが経営している飲食店でDJイベントをやるということで、そちらにもお邪魔させてもらう予定であったので、一度ホテルに帰ってから向かう。

http://blog.struct.biz/tgs_02/

 クラブイベントなどではないのだが、こうした催しが初めてなため、どう振る舞っていいのかわからなかったが、ライブハウスで音楽を聴くように、美味しいお酒とおつまみを嗜みながら、大変楽しく過ごせた。

 なにより、二人のホストっぷりが素晴らしく、その場にいたお客さんとの間を取り持って頂いたりして、まるで一人で来たような気がしないほどに楽しく過ごせた。
 しかし、お会いする人ほとんどが、ツイッターでStructさんをフォローしているため、「今朝にリツイートされてた『男が女性の股に手を入れて寝ている』をつぶやいた人ですね!」という認識がされていて、まあ、しかしある意味でこれ以上のない自己紹介になった。 

 また、自分が居酒屋の店員だったこともあり、つい店員さんを見てしまうのだが、ちょっといままで見たことのないレベルなほど、素晴らしかった。
 全員が自信にあふれて、楽しそうで、しかし気安くなりすぎない塩梅はどうやって築き上げたのだろう、と疑問に思うほどだった。オープンしてそれほど経っていないはずである。
 ここが唯一であるとは思わないけれど、いくらおしゃれに仕立て上げようが、いくら金をかけようが、このお店のこの場所でないと存在しない空気感が出ているというのは、大変素晴らしいことだと思った。

 イベントは11時に終わった。最後は二人がラップを披露するという、やはりセレクトショップの店員がやることなのか、という驚きと、ラップの完成度に拍手で幕を閉じた。

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 イベント終了後、店長さんが話しかけてきてくれた。
 ずっと喋りたかったとお言葉を頂いて、いろいろと普段ネット上ではしないような話しをする。
「ネットもいいけど、やっぱり実際会って話さなきゃ話せない事もありますね」と、年上ながら気負わせない物腰の柔らかい言葉を聞いて、つい、前述の自分が思っていたような、物を売ること、買うこと、ブランドを作るということを、突っ込んで聞いてみたくなった。

 一つひとつを、丁寧に、答えが出ていないところは、出ていないというふうに、店長さんは答えてくれた。伝えることが難しい、完璧はない。そうした言葉を聞くたびに、いままで考えて悩んでいたことが馬鹿らしくなるほどに、簡単なことで解決出来ることに気づいた。

 相手も一生懸命に「伝えようとしている」ことになぜ気づかなかったのだろう。それはきっと「お金」が介入しているからということもある。対価がそこにすでに存在してしまっていて、お金の向こう側が、こちら側からは見えにくくなってしまう。
「お金」という、ラブロマンスで言えば名家と庶民を分け隔てる垣根のような偏見を取り払うように、互いに自分の瑕を話し合った。

 自分自身も歯がゆい思いをしたことがあったではないか。居酒屋でバイトして仲良くなったお客さんが、突然来なくなってしまったときの喪失感を覚えているではないか。もっと話したいと思ったとき、でもお客さんだしと一歩引いたあの感覚だって、嘘だったわけではない。

「格好悪いところもダメなところも見せて、それも含めて今出来る一番いいことを伝えたいんですよね」という言葉を聞いてから、なんだか自分は人に勧める時に伝えるべき最強の武器を手に入れたような気がした。

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 結局、3時頃までお店にいてから、ホテルまで送ってもらい、最後に握手を交わした。
 もしこれが売上のためだけの接客なのだったとしたら、五つ星ホテルだって放っておかないし、もうそれは、贋作ではなく真作と同じ作り物だと信じられた。

 ホテルに入った後も、幾度も考える。なんていい人だったのだろう、と。格好のいい人だったのだろう、と。

でもなんで、彼女いないんだろう。

 と。

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