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ミズタマリ 1-6
「じいちゃんの形見なんだから、そんなに振り回すなよ。」
香が廊下に出ていた間に着替えた服の袖をいじりながら、 カイトは自分でも解かるほど、冷たい声を出して言った。
「あ、あぁ、悪い。つい、興奮しちゃってさ。」
アキラがそう言って、ノートをカイトに渡す。
「そうだよ、アキラくん、形見って大切な物なんだよ、 もう少し、人のことも考えなきゃ駄目だよ。」
香が少しむくれたアキラをたしなめるように呟いた。
「それじゃあ、そろそろコレ、片付けてもいいだろ。」
カイトが茶色い杯に手を伸ばす。
「ま、待ってくれよ。」
アキラが慌てて、手を伸ばし、カイトを止めた。
「その… 実はこの間から、一度だけ実験してみたかったんだ。 ノートに書いてあることが本当なら、俺、試してみたいんだ。 準備は簡単に出来るはずだから、なぁ、頼むよ。」
すがるように、アキラは、カイトを見た。
カイトは乗り気ではない、 でも、アキラが最後まで自分を騙そうとはせずに、 思っていた事をハッキリ言ってくれたのと、 アキラの背後で両手を合わせ頼む香の姿に、苦笑いをして、 仕方が無いと、首を縦に振った。
「いいか? これ一回きりだからな。」
カイトはアキラに、何度も念を押す。
「ああ、解かってる。 一度やってみて、何も起こらなかったら、もう、絶対言わない。」
アキラは、真剣にそう答えた。
「何か危険なことじゃないでしょうね?」
二人のやり取りを聞いていた香が不安そうに言った。
「大丈夫、まあ、危険はないと思うよ。」
カイトは笑って答える。
「ああ、平気だよ。」
アキラがそう言いながら、杯に水を注ぐ。
「手伝おうか?」
カイトが聞いた。
「いや、用意はこれだけなんだ、 後は紙に希望を書くだけ、何か、メモ用紙とかあるか? 貸してくれ。 やり方は知ってる。 この前、そのノートを読んだとき、そこは詳しく読んだから、」
アキラが言った。
「メモ? それじゃ、コレを使えよ、 ああ、書くもの、ボールペンでいいか? ふーん、そうか、俺、そこまで詳しく読んでないからな…」
アキラに自分の机の上の分厚いメモとボールペンを渡してから、
そう面白くなさそうに呟いて、 カイトは、自分の手の中のノートを、じっと見る。
カイトの祖父、その突然消えた兄が書き記した古いノート。
そして、そのノートと共に包まれていたカイトの家に代々伝わる茶色い杯。
ふと、祖父の通夜の時の事が、カイトの頭に浮かんだ。
夜遅く、酔いが回る直系の男達が、何度か口にした言葉。
(あの杯は、入り口だから… 輝也さんも行った… 帰ってこない… 一族以外の者は、戻れない… 行ったら最後だ… 他言するな…)
背筋が、寒くなる…
自分では、少しもこのノートに書かれている話は信じていない。
懐古的な幻想小説か何かの下書きだと思っていた。
だが、何かを一心に書いているアキラの目の輝きを見ると、 ほんの少しの興味と、大きな不安が湧き上がってくる。
「なあ、やっぱり、こんなこと止めないか。」
カイトは、震える声で言った。
今、目の前にある杯は、異界へ繋がると言われいてる。