
ミズタマリ 2-2
「何だよ、まだ風邪、治りきってないのか?」
ぼんやりとしていたカイトに、背後から声が飛んだ。
「ああ、ごめん、野村、何か言った?」
カイトが振り返って答えると、 後ろの席の野村日出男は、一瞬、変な顔をした。
「やっぱりまだ具合悪いみたいだな、いつもはヒデって呼ぶくせに、 野村なんて珍しい呼び方で俺の事呼んで、気味が悪いよ。」
日出男はそう言って、からかうように後ろから指でカイトの肩をつつく。
「そ、そうだっけ、悪い… 」
肩をつつかれて、微かに伝わる揺れ、 それとは別のゾクゾクとする寒気を何度も背中に感じながら、 カイトはただそう言って、蒼い顔で笑うしかない。
野村日出男をヒデと呼んでいたのは、カイトではない。
それは、アキラだ。
昨日、カイトの目の前で消えた、松井アキラだ。
クラスで人気者だったアキラ。
同じ学年の者なら、クラスが違っても、誰もが知っていたアキラ。
だが、何故か今は、誰も彼を知らない。
…俺が、あんな杯の話をしなければ…
昨日アキラが、消えてから、ずっと。
カイトは、何度も何度もそう思った。
そしてその度に、 どんどんと暗く落ち込んでいく気持ちを、止められない。
玄関になかったアキラの靴。
ふらふらと部屋に戻ってから、 カイトはアキラが持ってきた鞄を探したが、見つからなかった。
アキラが大音響でかけたCD。
確かにこの耳で聞いたはずのそのCDも、何処にもなかった。
仕事から帰ってきた母に、アキラの家のことを尋ねたが、
「あら、確か松井さんのお宅は、子供いないわよ。」
あっさりとそう言われて、それ以上聞けなかった。
カイトは誰かに心臓を摑まれているような落ち着かない気分で、それからの時間を何とか過ごし。
自分の部屋に戻ってからは、 急いで茶色い杯を押し込んだ部屋のクロゼットが、恐ろしくて、 ぼんやりとした視線が、偶然にクロゼットに向くと、 その度、ハッとして、顔を背けた。
そうして、昨夜は一晩中、自分の中の過失を呪い、 ベッドに入っても、そればかり考えて眠れずに、夜が明けた。
今朝。
カイトの顔色があまりに悪いので、母はもう一日休めと、何度も言ったが、 自分の部屋なのに、そこはどうも落ち着かなくて、 逃げるようにカイトは、学校に来ていた。