室内も寒いのは当たり前/東北の冬は以前はそんな感じだった
みけ子か生まれ育った東北の宮城県近辺の話。昔は冬は室内も寒いのは当たり前だった。まず部屋全体を暖めてぬくぬくと過ごすなんて発想自体がなかった。
昔の作りの家ならば、家の中心に囲炉裏がきってあり、それを囲んで家族は暖をとる。(さすがのみけ子もその時代は知らないよ。)
だけどばぁちゃんちに行くと、掘り炬燵があってコタツは暖かいけれど部屋はやっぱり寒かった。掘り炬燵でなくとも、炬燵は冬の室内に必須で炬燵のない冬場の生活など考えられなかった。
だからね、冬場は家の中でも綿入れ半纏(どんぶく、と言った)を着て過ごした。ウチではばぁちゃん手縫いのどんぶくが家族全員分あったわ。
今じゃ全く信じられないが、みけ子が中学生のある冬の日の事。当時からズボラだったので髪を洗って乾かしもしないで寝てしまった。枕にタオルを重ねてそれで済ませちゃった。雑な事この上ないね。
そしたらびっくり‼️朝になったら枕に敷いていたタオルの一部が凍っていたのよ‼️信じられない話でしょ?
寝る時はアンカや電気毛布は必須で、その上に毛布やら掛け布団やらをズッシリ掛けて寝ていたと思う。
だから私は未だに寝室は寝る時、ひんやりと寒いくらいがちょうど良く思うのだよ。ふんわり軽い羽毛布団など、何だか落ち着かないのよ。変だなぁ。
あともう一つ思い出すエピソード。隣県の国立大学に進学していた兄みけ(2歳年上の兄)がですね、大学の様子をこんな風に話してくれた。
大学の理科系で学んでいた兄、当時リケジョなんて言葉は当然なく、その学部には女子が非常に少なかったと言う。その数少ない理科系女子、勉強の事しか頭にないのか、冬になると家から綿入れ半纏を着て登校するんだという。
「確かに寒いんだけどさ〜、何で学校来るのに綿入れ半てん着てるんだよ?意味分かんないよ」
その話を数年後にその隣県出身の後輩女子に話すと
「え〜、いくらなんでも今はそんな事ないよ〜❗️」と言っていた💦
隣県Yの名誉のために言い添えると、町の中心部に立派な近代建築が保存活用され、町の中に風格のある景色をプラスしているとても魅力的な所なのだ。県内の全ての市町村に温泉♨️が沸いていると言う、何とも羨ましい場所でもある。
また、冬になれば足に「しもやけ」が出来るのなんか当たり前だったし。「しもやけ」って結局は寒さによる手足末端部の血行不良だから、軽い凍傷だった訳よね。寒い所にいれば痛いし、温まると何ともむず痒くてたまらない。あの辛さは経験したくないわ。しもやけが出来ることなど、今じゃ滅多にない。寒さと食生活の影響だったのかな?
雪の中で温泉に浸かる楽しみとか、大雪が降った後は授業を何時間もつぶして雪合戦や雪像作りで過ごしたり。寒いからこそ、雪が積もるからこその楽しさもあったけど、室内の寒さは今だともう耐えられないと思うわ。
そんな1970年代後期頃までの東北での冬のお話でした。