ちょっとフィクション/眼鏡の末路。
眼鏡です。
つい先ほど持ち主の元を離れてしまい、
荒波に巻き込まれてしまった眼鏡です。
彼の鼻の上で意識が芽生えて7年、
突然別れが来てしまったようです。
何事にも動じないよう過ごしてきましたが、
驚きと不安がどっと押し寄せました。
しかし抵抗のしようもありません。
激しい波でフレームをゆがませて、
大岩にレンズを砕かれて、
海の底で錆び付いていく。
その運命を受け入れるしかない。
馬鹿正直で要領の悪い持ち主に思い馳せ、
暗闇の中に意識を溶かしました。
目が覚めると、
目なんてないのですが、
光差す海底、砂の上にいました。
昨日の暗闇と荒れ狂う騒音が嘘のような、
眩しくあたたかな海の底にぽつんと、
当たり前のように佇んでいます。
天国のような場所だと思い浮かべて、
なんて人間らしいのかと恥じました。
眼鏡などただの道具なのだから、
何も考えずそこにいるだけそれが美徳だと、
古びた眼鏡拭きにかつて言われたのを、
ふと思い出したのです。
いや待てよ、今はどうだ。
ひとの手に触れることはない。
ひとの目につくこともない。
道具である必要があるだろうか。
ここには誰もいない。
目の前の穏やかな景色を眺め、
時々7年来の友人を思い出しながら、
好きなことを考えていいのだ。
いずれ眼鏡は錆びついて、
朽ち果てていくでしょうが、
嘆くにはとても遠いずっと先のことでしょう。
永遠に近い自由が与えられたのです。
では手始めにとでも言うように、
眼鏡は自分の力だけで初めて、
テンプルを折り畳んだのでした。
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