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ちょっとフィクション/マッチに火を付けた日。
おねえちゃん、
ほんとうのおねえちゃんじゃなくて年上のおねえちゃんは、
ごはんを食べる前に手を合わせるみたいに、
起きたらあいさつをするみたいに、
マッチに火をつけた。
マッチの火はボッともえて、
それから静かになった。
ろうそくの先っちょにマッチの火が動いたと思ったら、
火がふたつに分かれた。
初めて見る動きをじっと見つめていたら、
手をふってマッチの火を消して、
そのマッチをどこかに消したおねえちゃんが、
こっちの方を見ていた。
おねえちゃんはすこしだけ、
ぼんやりとした顔をしてから、
しゃがんでわたしに話しかけた。
「マッチおもしろい?」
わたしは首をかたむけた。
「わかんない、初めて見たから」
「そっか」
おばあちゃんの家にあそびに来たときは、
くつをぬいで手を洗ってから、
ほとけさまにあいさつをする。
お父さんもお母さんもわたしも。
ろうそくに火をつけるのは決まってお父さんで、
お父さんはいつもチャッカマンを使う。
道路で花火をするときにも、
誕生日ケーキのろうそくに火をつけるときにも、
みんなチャッカマンで火をつける。
だからマッチは知っていたけれど、
マッチに火がついているのを見たのは初めてだった。
「そうだよね、いまどきマッチなんて使わないよね」
おねえちゃんは立ち上がって、
ひとりごとを言うみたいにつぶやきながら、
お線香を一本手に取った。
「なんでマッチ使ってるの?」
おねえちゃんに聞いた。
分からないことはわたしより大きい人が、
ときどきお母さんのスマホが教えてくれる。
おねえちゃんが少し困った顔をした。
「ええー…っとね、
小さいころにマッチを見てたら、
おばあちゃんが火のつけ方を教えてくれて」
「最初はぜんぜんつけられなかったんだけど、
何回も試してできるようになったのが、
多分うれしかったんじゃないかな、
あんまり覚えてないけど」
「そんな感じかな」
チーンと音が鳴って、
おねえちゃんは手を合わせて目を閉じた。
「ふーん」
わたしもつられて手を合わせて目を閉じた。
目を開けたらおねえちゃんも目を開けていて、
手をふってろうそくの火を消したところだった。
これは知ってる。お父さんといっしょ。
「はいどうぞ」
おねえちゃんはおじぎするみたいにして、
マッチの箱を渡してくれた。
「やってみる?」
マッチ箱を手に持ったのは初めてだった。
持ってるか分からなくなりそうなくらい軽くて、
ふってみたらチャカチャカ音がした。
じっとみてみた。
くるくる回してみた。
箱の白いところを押したら、
さっきおねえちゃんが持ってたマッチ棒が出てきた。
「なんばしよっと?」
見上げるとおばあちゃんが目の前に立ってた。
びっくりしてからだが固まってしまった。
わたしの手の中を見たおばあちゃんは、
分かったっていう顔をした。
「使ってみたかとね」
そういうとおばあちゃんはほとけさまの方を向いた。
わたしはいつもみたいにいすを持ってきて、
おばあちゃんと同じ目線に立った。
おばあちゃんは私の手からマッチを取ると、
おみそ汁のねぎをきざむみたいに、
つきたてのおもちをちぎるみたいに、
マッチに火をつけた。
ふぅっと息を吹きかけて、
おばあちゃんはマッチの火を消した。
真っ黒になったそれを平たい金属のお皿に入れた。
2本目の黒いマッチを入れたおばあちゃんは、
少しだけ不思議な顔をしたように見えた。
おばあちゃんは黙ってマッチの箱をわたしに持たせた。
わたしは箱の白いところを押して一本つまんで、
さっきのおねえちゃんの動きを思い出して、
えいって箱にこすり付けた。
マッチは簡単に折れてしまった。
次のマッチもその次のマッチも、
ぽきぽきぽきぽきと折れてしまった。