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ちょっとフィクション/当たりでない当たり。

「おっ」
当たった。
追加のお金は入れていないのに、
すべてのボタンにランプがついた。

当たりつきの自動販売機だから、
ここを選んだ訳じゃない。

ときどきこの種類の自販機にしか売っていない、
500ml果肉入りの清涼飲料水が飲みたくなって、
実際飲んだらやっぱり期待はずれだって、
ただそう思いたかった。

それだけで良かったのだけど、
どれでも好きなボタンを押しなよと
大きな機械は目の前で、
静かな音をたててたたずんでいる。

今この場に知り合いとか後輩とか友達とか、
連れがいるなら嬉々として選ばせてあげたのだが、
不幸にも今は出先の駐車場に一人。
差し出した飲み物を受け取る相手は見当たらない。

仕方がないので改めて、
自販機のラインナップを確認する。
しかしどれもいまいち興味を惹かれない。

まあいいか、一番無難そうなやつで。
お手軽そうな緑茶のペットボトルのボタンを押した。
安上がりなデザインのお茶がごとりと落ちた。

取り出し口から大きな缶を手にとって、
とったところでふと気が付いた。
この当たり、ものすごく邪魔にならないか。

左手に持っている清涼飲料水は、
ひんやりとしていて水滴を隙間なく身に纏っている。
鞄のなかにはそれなりに大事な書類が並んでいる。
よく冷えたペットボトルを入れるわけにはいかない。

右手に鞄を持って、
左手に清涼飲料水を持っている。
お茶はどこに持つんだろうか。
鞄を持つ手のどの指を使えばいいんだろうか。

潔く諦めることにした。
自動販売機の中の放置というのは、
あまり良くないかもしれない。
長い間放置されて捨てられるかもしれない。
しかし連れていくわけにもいかなかった。

気づかれたとしても、
気味の悪さに置き去りにされてしまうだろうか。
誰かがこれ幸いと飲んでくれるように。
そういう意味合いの願掛けをしてその場を離れた。

「ん?」
当たりつきの自動販売機が
ボゴンといつもと違う音をたてた。

取り出し口をのぞき込むと、
お茶のペットボトルが2つ落ちていた。

いつもこの自動販売機でお茶を買う。
毎日同じ時間に通る道で、
ほんとうに当たりが出るのか試している。
まだ当たりが出たことはない。

だけど今日は様子が違っている。
お茶のペットボトルが2つ落ちている。
もしかして、当たった?

自動販売機の様子はいつもと変わりない。
おめでたいメロディもイルミネーションもない。
ただ無言でお茶を2本吐き出している。

…こんなことを言うのもなんだけど、
ものすごく地味だ。
全然祝福されない。
もうちょっとなにかあってもいいんじゃないか。

心の中であれこれ言いつつも、
口元がちょっとだけにやけている。
うれしはずかし照れ隠しです。

2本のペットボトルを手に取った。
結露で両手から水が滴った。
それがまた心地よくてにんまりした。

どうせ当たらないって馬鹿にしてから、
でも励ましてくれる先輩にあげよう。
落ち込みがちなあの人も、
今日はいっぱい笑ってくれるかも。


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