「いいね！」貸します

ﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁ

　左手でポケットティッシュを取り右手で広告を差し込む。そして脇にあるダンボールに詰める。この間約５秒。これをダンボールが一杯になるまで繰り返す。ダンボール一杯のポケットティッシュが出来たら車で配る係の女の子がいる場所に迎えに行き、空のダンボールを受け取って適当な別の場所で降ろして配ってもらう。帰ったらまた･･･。これの繰り返し。最初こそ同じことの繰り返しは苦痛だったが夕飯のおかずは何にするか考えながら作業を出来るようになると頭の中は休憩してるようなもんだった。何よりたったこれだけで時給2500円はボロい。しかし俺みたいな下っ端にこんなに払えるなんて社長いくら儲けてんだろ？

「あの･･･すいません。」

　少し怯えたような小さな声で若い女性が入ってきた。ああ、分かるよ。異様だもんねこの事務所。来客の対応は社長が直接している。手にはポケットティッシュが握られてて、俺の仕事って意味あるんだなって思うと少しだけ嬉しくなった。

「お姉ちゃん。今いくらつまんでるの？」
「え･･･？」
「借金はいくらあるの？正直に答えてね」
「車のローンが残り50万くらい･･･」

　初めてのお客さんみたいだ。最初に社長は必ず借金の有無を確認する。でもうちが貸してるのはお金じゃない。「いいね！」だ。お客さんは1000円を支払うと100いいね！が次の投稿につく。ただしこちらが指定したアカウントに100回いいね！をつけないといけない。返済先のアカウントは１つじゃないし、1日に何回も投稿するアカウントが普通だからよほど短期間に借りすぎなければ完済は難しくないと社長はいつも説明する。ちなみに2000円払えばいいね！を買うことも出来て、返さなくてもいい。お客さんは1万円払って、投稿10回に100いいね！がつくプランで借りていった。1000回も1人でいいね！返せるのかな･･･？当たり前だけどいいね！が欲しいアカウントはうちの会社に教える必要がある。俺ならそんな怖いこと出来ないが、お客さんになるような人は特に抵抗を感じないみたいだった。

「あの･･･すいません。」
「その前にお姉ちゃん。話さないといけないことあるよね？」

ﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁ

　この前のお客さんだ。まだ3日も経ってないけどもういいね！を借りに来たのか。社長は初めて来たお客さんだろうと、多重いいね債務者でもあまり態度が変わらない。感情の起伏が感じられない淡々とした口調は低い声と相まってすんごい怖い。この前の客さんはいいね！を返しきれて無かった。ポケットティッシュに広告を詰めながら盗み聞いた限りでは500ちょっとしかいいね！を返せなかったみたいで足りない490いくつかは今ここで現金で払うか、社長の見てる前で全て完済するまで帰れないと言われていた。何度聞いても怖いんだよなぁ･･･。お客さんは1万5千円払うと、また1000いいね！を借りていった。

「あれは候補生だから。邪険にすんなよ」
「ひゃい」

　社長は俺を見るとそう釘を指した。マジで怖い。その後もお客さんはうちに通い続けた。間隔がどんどん短くなっているせいで毎回返せるいいね！は減っていって最終的にはいいね！を買うようになった。１ヶ月くらいの間はほぼ毎日、いいね！を買いに来た。･･･が、1週間ほど来ない日が続いた。社長はSNSをチェックすると本当に、本当にほんのちょっとだけ笑った。社長マジ怖い。

「あの･･･これで100いいね！だけ･･･」
「お姉ちゃん。お金無いならうちで働く？」

ﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁ

　左手でポケットティッシュを取り右手で広告を差し込む。そして脇にあるダンボールに詰める。この間約５秒。社長はお客さんに3通りの末路を辿らせる。借金してまでいいね！を借りに来るお客さんは金融業者に煮るなり焼くなり好きにさせる。そいつがどうなっても返って来ないのは１円の価値もないいいね！だけだから気にしてないみたいだった。借金せずにいいね！を完済しながら定期的に借りに来るお客さんは優良顧客として末永くお付き合いしていく。まともな神経してれば普通はこうなる。借金は無い(あっても少額)けどいいね！が返せず給料のほとんどをいいね！に突っ込んじゃうようなお客さんは月3000いいね！を見返りにうちが貸し付けるいいね！を付ける係として雇った。１円もかけずに雇えるこの人達を社長はいーね○号と呼んでいて人数を増やしたいらしく、候補生には比較的優しかった(十分怖いんだけどね)。社長がいーね７号と名付けたこの元お客さんは、毎日仕事が終わると複数のアカウントを掛け持ちして今日も事務所でいいね！を付けて回ってる。

ﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁﾎﾟﾁ･･･