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少数派であることを恐れない。

『とかく1つの方向に流されやすいこの国で、(中略)
 少数派であることを恐れないこと』
故・筑紫哲也さんがNews23の「多事争論」の中で語ったものです。
私はこの部分を聞いたときハッとしてすぐメモを取りました。
以来、私の生きる姿勢として心に留めています。

私はスマートフォンを持っていません。
どうもあのスマートフォンって奴が好きになれません。
なんだかちまちまっとしてるし、
小さな画面を見つめてヒュッヒュッと指先で操作する仕草も好きじゃぁない。
なのでスマートフォンは使いたくないのでガラケー隊員です。
もしガラケー隊がなくなってスマートフォンだけになったら
私はこの先どうしようかと本気で悩んでます。
今どきスマートフォンを持ってないと
お店のアプリがどうとか、ポイントがどうとか言われて
あぁ損してるかもなぁと思ったりしますが
ま、そういうこともどうでもいいです。
LINEもしません。〇〇Payなんてのももちろんしません。
今現在、国民のスマートフォンの保有率ってどのくらいなんでしょうか?
こういう統計の比率も
「早く私も持たないと!」と焦らせる要因かなーと思ったりします。

みんな持ってる みんなやってる
みんながワーっと同じ方向に向かってるとき
じゃ、私も……となんとなくその流れに乗るのがイヤなのです。
子どもの頃からそんな感じでした。
世間の流れ、大多数の流れに対して冷めた目を持ってるのかもしれません。
ついでに言うと
スマートフォンのことを「スマホ」と言いません。語感が好きじゃないんです。
「トリセツ」とか「誕プレ」とか「タイパ」、「コスパ」も同様。
みんなが使ってても私はイヤなので使わないです。
こんな風に自分の意志を貫いてると、周りの人や世間の大多数からとり残されて
不安に感じないのか?と問われれば感じないわけじゃあないけど
そういう時こそ
『少数派であることを恐れない』
を思い出します。

ここ数年。
大多数の人が同じ流れに向かっていくのを目の当たりにして
私は自分の感覚や認識が、その他大勢のそれとは違うということで
ひそかに孤独を味わっていました。
でもそんな孤独の時も、やはりこの
『少数派であることを恐れない』
が私を支えてくれたのでした。
そして、この言葉を支えに自分自身を信じていたら
同じような感性を持った少数派の人たちとの新たな出会いが私を待っていたのです。
少数派であることを恐れないこと
流されそうになったとき、自分の選択に迷いそうになったとき
いつもこのフレーズを指針にしたいです。