介護職は、劇場巡りに似ている。
仕事をしていると、毎日ほんとにいろんなことが起こる。
例えるなら、ただキャッチボールをしていたはずなのに、突然後ろからボールを当てられて「はいアウトーーーー!!!」って言われるみたいな。
そんなのあり!?いやなんでこんなことになってるの???
という毎日。
学生時代私は子どもと関わる機会が多かった。
もちろん、子どもと関わっているときも「そんなのあり!?」はいっぱいあったんだけど、お年寄りの面白さは人生経験の応用の利かせ方だと思っている。人生をかけた変化球がビュンビュン。球の重さが違う。
そんな中でも一番の剛速球なエピソード。
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ある日、初めての利用者さんが泊まりに来た。名前は松本さん。
連絡帳を見ると、目はほとんど見えておらず、耳もかなり遠い。昼夜逆転しており、夜は眠れないことも多い。とのこと。職員としてはなかなかヒリヒリする事前情報だ。
ご家族からのコメントには「なかなか眠れないときには、体を優しくさすると自分の息子だと思って「私ももう寝るから、あんたも早く寝なさい」と寝ることがあります。」との文字。
その日初めて松本さんに会う私は、「いざとなったらこの手を使おう…!」と心に決めて夜勤に臨んだ。
そして、深夜1時。
やっぱり眠れない松本さんの部屋に私はいた。なんなら18時に会った時よりも元気。「私ちょっと買い物行ってくるわ」と部屋から出ていく勢い。
「あの手を使う時が来たかもしれない…!」
私は松本さんの横に腰掛け、「そろそろ休みませんか?」と腕をさすりながら声を掛けた。
急に静かになる松本さん。
「お…?これは上手くいったのでは…?」と思ったのも束の間。
松本さんは床を指さし「あんたそこに座りなさい」と言ったのだった。
待って…聞いてたのと展開が違うよ…何が起こるの...
怯えながら床に座った私を、松本さんは優しい声で、でもしっかりと諭し始めた。
「あんたね、そんな純粋そうな顔してどうしてそんなことするの!」
「私も子を持つ母として言っておきますけどね、仕事中にそんな女の人をたぶらかすようなことしちゃだめよ!」
「せっかくついた仕事なのにね、もったいないよ、私は悲しいよ…」
私、仕事中に夜這いをかけている奴だと思われている…!!
ふと自分の格好を見ると青のボーダーのTシャツ、カーキ色のズボン、一つ結びという出で立ち。目の悪い松本さんが正面から暗い部屋で私を見たら、男性と思われてもおかしくない。
その後松本さんの「子を持つ母としてのお言葉」は20分ほど続いた。
その間、「本当にそうだと思います」「申し訳なかったです」と言いながら、色んな事を考えたけど、一番に思ったのは
母性ってすごい…!
ってこと。
松本さんは「自分が施設に泊まりに来ている」ことも「今が夜中である」ことも理解されていないけど、「母としての自分」という感情はまだしっかりと持っている。しかも、自分の子どもでない、夜這いをかけてきた若者(笑)に対しても「子を持つ母として」の意見をしっかりと話されていた。最初は「理不尽...りふじん...どうして…」と思っていた私も、次第に本気で相手のこと思って叱る松本さんの熱意に圧倒されてしまった。
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これはかなりパンチが効いたエピソードだけど、
仕事をしていると「〇〇さん劇場」に参加しているような気持ちになることがある。
それぞれの劇場で、私たちはある時はその方の息子として、ある時はその方が開いていた店の客として、ある時は夜這いに来た若者役として舞台に上がる。
そして、その劇場で利用者さん自身が担う役柄に、その人の人生が強く反映されていると思う。
もちろん時間は限られているので、ずーっと劇に参加している訳にはいかないのだけど、時間が許すならこのまましばらく劇に参加して、その人の世界を見てみたいな~と、時々思っている。