モービルの丸い屋根
2014年。いつも使っていたガソリンスタンドが閉店した。その時に撮った写真だ。2010年の消防法改正で老朽化したガソリンタンクの改修が義務付けられ、昔からのガソリンスタンドがどんどん撤退していった。このスタンドもその煽りを受けたのだろう。
その頃、モービルのガソリンスタンドには四角い屋根の柱の周りに丸い縁取りがあって、夜になると白い天井に丸い光の輪が浮いて綺麗だった。屋根は長方形なのに丸い光の輪を並べるデザインをどうして思いついたのか。普通に考えても出てこないアイディアだから、何となく不思議な感じがしてた。
その謎がようやく解けた。ガソリンスタンドの建築デザインのことを調べていて1970年代のモービルの丸いキャノピーにたどり着く。
屋根を一本の柱でキャノピーを支える構造はまるでキノコのような形をしていた。柱は車の通路の邪魔にならないようにガソリン計量器の間に1本から3本。車を停めるアイランドの数に合わせて建てる。このデザインのモービルのガソリンスタンドが全国各地に建てられたようだ。
屋根で集めた雨は柱の中を通して水を抜く仕組みだったため、雨の多い日本の気候に合わなかったらしくキャノピーの寿命は短かったらしい。郊外でひっそりと残っていた古いスタンドも近年の消防法の改正に対応できずその殆どが姿を消した。現存が確認できているのは10箇所に満たない。
80年代前半にモービルの丸いキャノピーが四角い屋根に置き換わる過渡期のデザインがあった。丸いキャノピーの右側には大きな四角い屋根。よく見れば四角い屋根を支えている柱に使われているのは、驚くことに丸いキャノピーではないか。四角い屋根を載せた理由は何となく想像がつく。サービスするスタッフが雨に濡れないような要望があったのだろう。トイレを借りる客が文句をつけて屋根が延長されたのだろう。それで丸いキャノピーは廃れて、モービルのスタンドは四角い屋根に変わっていった。
しかし、見慣れた丸いキャノピーがなくなると何か物足りない感じがあったはずだ。青い空に映える白くて丸いキャノピーは、ひと目見たら忘れないくらい印象的だ。夜にはライトアップされて、空に浮かぶ白い月のように丸いキャノピーが輝く姿はランドマークとしていつの間にかモービルのシンボルになっていたことは想像に難くない。
モービルのデザインチームは四角い屋根を支える柱の周りに丸い縁取りを回すことで、丸いキャノピーへの感傷と折り合いをつけた。柱の中間につけた間接照明が丸い光の輪を描いて夜空に屋根を高く持ち上げる。
モービルの丸いキャノピーは1965年にアメリカのインダストリアルデザイナー、エリオット・ノイズがデザインしたものだ。丸いキャノピーに合わせて計量器もシリンダー状のデザインで統一して、モービルの赤いペガサスのマークも白い丸で囲んだ。ガソリンの給油の邪魔になる柱はなく、モービルのロゴとペガサスはどこからでも見ることができて、白いキャノピーは遠くからでもモービルのスタンドだと分かった。このデザインパターンはアメリカのみならず世界中の20,000箇所で80年代半ばまで使われたという。
有名なところでは、6本のキャノピーを使ったイングランド レスター郊外の”レッドヒルガソリンスタンド”、そしてノルウェーのオスロにもモービルの丸いキャノピーは届けられた。
車があればどこでも行ける。モータリゼーションはここではないどこかに行けるという夢を与えた。日本の小さな田舎町や村にも世界と同じデザインのガソリンスタンドがあった。白いキャノピーは世界とつながっている幻想を与えた。
(2023/11/4 Postに掲載)
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