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【短編小説】いろは歌

いろはにほへと
ちりぬるを
わかよたれそ
つねならむ
うゐのおくやま
けふこえて
あさきゆめみし
ゑいもせす

新学期の中学を覆う 灰色のおぼろ雲。
雲の隙間から漏れる 青空の色とあたたかな日差し。
日の光を受けて 満開に咲き誇る桜。

学校の規則も 時間割りも 
全然把握できてない一年生の私は
担任に叱られ 急かされの毎日だった。
あの頃の自分にとっては うざったくて
だから未熟な心で反抗して 耳を塞いでいた日々。
だけど それでも確かに学校が好きだった。

春が好きだった。

黒板に書かれた文字をみんなで声を合わせて
なんとなく読み上げ それからノートに写す。
旧字体の平仮名がどうしても バランスが悪くて
何度も書き直していた。

そうしてると 
見回りをしてた国語の先生が 私の席で足を止めて
「適当でいいよ」と いたずらっぽく笑った。

そんな 彼女の笑顔も好きだった。

「いいですか?
 この歌には漢字があるんです。
 色は匂えど 散りぬるを
 我が世誰そ 常ならむ
 有為の奥山 今日越えて
 浅き夢見じ 酔いもせず
 、、、さあ 隣同士でこの意味を考えてみよう」

「んー、色は匂えど、、、?
 色って匂いがするのかな、、、」
「ふふ。“色”を“花”って置き換えてみて」
隣の男の子が 優しく促す。

「花、、、は匂えど、、、。
 花の香りがするってこと?」
「そうそう。花の香りがするほど
 綺麗に咲いているんだね」


「そっか、、、!散りぬるを、は
 花が散るってことでいいのかな」
「うん」
「綺麗な花が、、、散っちゃうの?」
「そう。花っていつかは枯れて散るでしょ?
 だから “美しく咲き誇る花も
 いつかは散ってしまうのに”って訳すんだ」
「へえ、、、!」

こんなに短い言葉で
どうして 美しい文が書けるのだろう。
私は不思議で仕方がなくて 心から感動した。

「いつかは散ってしまう、、、か」
外にちらりと目をやると 相変わらず
桜は 綺麗に咲いている。
いずれ 散ってしまうのだろうか。
そして この景色を見ることも
できなくなるのだろうか。

春は終わってしまうのだろうか。

そう思うと 少し悲しくなってくる。

「、、、“我々この世の誰かが 
 変わらないままであろうか”
 桜の花は散っても緑の葉が茂るようになる。
 次に紅く染まって それから枯れ木になる。
 だけど 少し暖かくなると また芽が出てくる。
 そうやって 自然は形を変えるんだから
 僕らも変わっていけるんだよっていう歌」
「、、、うん」

私のちょっとした不安を感じたんだろうか、
男の子は そうやって次の現代語訳をする。

彼の声は ゆっくりで 伸びやかで
安心することができる。

「だから また春は来るし 
 僕らはもっと素敵になれるよ」

色は匂えど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ。
そう心の中で言って
それから 現代語訳をする。


美しく咲き誇る花も いつかは散ってしまうのに
我々この世の誰かが 変わらないままであろうか。



「現代語訳の続きって 何?」
すっかり 古文の魅力に触れてしまった私は
その日の 帰り道に男の子に きいた。

「有為の奥山 今日越えて。
 ─苦しみ悩みの様々な事が起こる
 人生の奥深き山を 今日も越えていく。
 浅き夢見じ 酔いもせず。
 ─浅い夢も見ずに 心を奪われもせずに。
 夢とか酔いから覚めて 
 生きること不思議さと尊びを強く認識して
 今に感謝していこうねっていう 意味なんだ。」
「なるほど、、、!」
私は思わず声をあげた。

「え 意味分かったの?」
「うーん、、、ちょこっと分かんない」
「はは。そうだよね」
具体的にと言われると まだ少し意味がぼやけるが
なんとなく 言いたいことは伝わる。
男の子は 柔らかく笑って 
それから 花曇りの空を見上げた。

「いろはにほへと ちりぬるを」
それは 最初の音読とは違って
意味を一つ一つ確認するかのように
言葉を発している。
「「わかよたれそ つねならむ」」

私も 声を合わせる。
「「うゐのおくやま けふこえて
 あさきゆめみし ゑひもせす」」

私は男の子よりも一歩先に進んで
くるりと 後ろを向いた。
「私たちは変われるんだね!」

担任に怒られる日々も きっといつか終わる。
それは 私が成長した証なのだ。

だから 春が終わって夏が来ることも
花が散って枯れてしまうことも
どれも 悪くない。

だってみんな ちゃんと道を進めてるんだから。

「そうだよ。僕らは」
彼も一歩進んで私の前に立った。

男の子が足を踏み込んだタイミングで
ちょうど 風が強く吹く。
桜の花びらが数枚 私たちの前を通りすぎる。

「─僕らは 変われるよ」
彼が私の頭に手を伸ばして
桜の花びらを 取った。

あの時から
歌が好きだった。

桜が好きだった。

彼が好きだった。




4月の空を覆う おぼろ雲。
雲の隙間から漏れる 青空の色とあたたかな日差し。
日の光を受けて 満開に咲き誇る桜。

マグカップを片手に 
いつの間にかそんなことを
思い出していたらしい。

こんなこと ずっと前の話なのに─。

だけど それは 悪くない記憶だ。

果たして 私は変われているのだろうか。
あの時のまま ここにいるのではないか。
不安になるが その悪くない記憶をたどろう。

確かに 私は
私たちは 進めている。

当たり前を生きることに感謝する。
それを 教えてくれたのは
まぎれもない 彼だ。

また会いたい。
もう一度 あの声を聞きたい。

彼は あの一瞬をどう感じたのだろう。
私といた時だけは 
もう少し長くいたいと思えたのだろうか。

少なくとも 私は思った。
いろは歌が好きな私も
ずっと時を止めていたいと 願った。

あの 花曇りの空に。


どこかで生きている君へ。 

あなたはちゃんと
あなたの道を
進めていますか。




こんばんは! みかんづめ。です(*´ー`*)
初めて 短編小説を書きました!!
どうですか? 書けていますか?
しかも 恋愛系なんて書かないし、、、!
もー 分かんない笑!

みかんづめ。の小説を
これからも楽しく読んでいただけると 嬉しいです!

ありがとうございました!

それじゃあ
またね!












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