小説/黄昏時の金平糖。(68,824文字)全35話
あと少し。
あと、もう少しだけ。
一緒にいたかった。
「合いたい」なら、会いに行こう。
「笑いたい」なら、笑い合おう。
その先に、みんながいるのなら。
─第1章 いつも
宵宮氷(よいみや ひょう)
6月1日 水曜日 午前6時
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
ベルの音が部屋中に鳴り響く。
頭の奥でぼやぼやと共鳴する。
それを気のせいにしたくて、寝返りを打つ。と、背中に鈍い痛みが走った。どうやら壁に背中を打ってたらしい。その痛みで、俺は目を覚ます。
「痛いな、、、。、、、もう朝なのかー、、、」
歩くのもおっくうで、腕で這いずりながら窓の下まで来る。思いっきり手を伸ばして、カーテンを握る。それを左にスライドさせる。途中まできたところで、握っている部分がするっと手から抜け、俺は部屋の隅に転がる。
「あー、やっとカーテン開いたー、、、」
目を瞑って欠伸をする。そして目を開ける。開いたカーテンの隙間から眩しい光が差していて、思わず目を細める。
「、、、外明るいな、、、」
窓のサッシに手をかける。指に力を入れて、立ち上がる。
「おおー、、、」
昨日は窓を閉め忘れていたようだ。風と日光が目を乾かしていく感覚がする。後ろを向いて数回瞬きしてから、また外を見る。海が日光を反射して、キラキラと輝いている。その光が石垣、瓦屋根、電信柱、山々を洗っていく。それらも輝いていく。元々住んでいた夏露町もこんな風景だったが、海が無い。ここは海があるから余計に綺麗なのだが、しかし自分は海が無い、田んぼだらけのあの田舎が好きだった。どんな景色を見てもあの夏露に勝るものは無い、と勝手に思い込んでいる。
複雑な気分になりながら、俺はカーテンを全開にして、窓は開け放したまま一階に降りていった。
「おや、氷起きたのか」
「おっはよう、じいちゃん!」
この古家にはじいちゃんしか住んでいない。俺はとある事情があって、ここに住んでいるのだ。
「味噌汁はできてるぞ。ご飯は今から装うからな」
「はーい」
じいちゃんは椅子から腰を浮かして、コンロの火をつける。温めている間に、炊飯器を開けて、俺の茶碗にぴかぴかの白米を盛り付ける。それを、俺の前に置いた。米が湯気を立てて、美味しそうな香りを俺の鼻に届けた。
「、、、味噌汁も。はい」
「ありがとう!」
「おかずはそこから煮物を適当にとってくれ」
そう言ってじいちゃんは靴を履く。
「畑?」
「ああ。お前はゆっくり食べるんだぞ」
「うん、ありがとう!」
いただきます、と小さく呟いて箸を持った。
「それじゃあ行ってくるでな」
「行ってらっしゃい!」
作業服で、麦わら帽子を被った姿のじいちゃんが、勝手口の扉を開ける。
それを俺は、じいちゃんの畑で採れたにんじんを頬張りながら見送った。
─そういえば、じいちゃんに愛知に行きたいって言い忘れたな。
まぁ、家に帰ってきたら言えばいいか。俺も学校の準備しないとな。
考えるのをやめて、雀のさえずりに耳を傾けながら、ほかほかの白米を口に入れた。
黄昏わらべ(たそがれ わらべ)
6月1日 水曜日 午前8時15分
愛知県 夏露中学校 1年4組
「─ということで今日は校外学習のくじを引きます」
周りが少しだけざわつく。みんな、楽しそうにしている。
どうやらもうすぐ、歴史を学べるテーマパークの「胡桃森」というところに行くらしい。その時の行動班は、全10クラスから1人ずつ集め、合計10人が1班になる。何班になるかはくじで決まるため、今から担任がシャッフルしたくじを引くのだ。
俺は楽しみではなかった。
わさびとわたと同じ班になってしまうのかと思うと、緊張していた。相当運がよくないと、あの二人とはきっと会えないだろうけど。
あれから、氷が引っ越してから、ずっとあの二人とは話せないままでいた。お互い会うことが気まずくなってしまったからだ。
わさびとわたと氷は大切な幼馴染みで、氷は今は静岡にいて、わさびとわたとは同じ学校だが、全然話していない。
同じ班になっても、多分俺は上手く話せる気がしない。だけど、話したい。もう一度、あの時みたいに4人で話せたらなんて幸せなんだろうって思うよ。思うけど。
今こう思っているのは俺だけかもしれない。あの2人、3人は4人でいたい、と思ってくれているのだろうか。
「─おーい、わらべ!お前だぞ!」
「っ!あぁ!」
俺の名簿番号の19番は意外と早く回ってきた。
結局どっちを願えばいいのかも分からないまま、俺は複雑な気持ちでくじを引いた。
師走わさび(しわす わさび)
6月1日 水曜日 午前9時05分
愛知県 夏露中学校 1年10組
「─わらべー、班どこ?」
「俺14班だった」
「えー、俺13班ー!まじか、惜しー」
「一個違いか!うわー」
─なるほど、14班。
少し安心しながら、悲しいという感情がどこかにあった。
まだ、遠い。
まだ、話せない。
コミュ力おばけとの別名を持つ私でさえこの問題は解消されないままだった。
あとは、わただけ。わたと班が違ってれば─
と、思考が停止した。頭を殴られたような気がした。それで、自分が最低だってよく分かった。
安心するには、笑顔でいるには、違った方がいいはず。でも、本当は一緒にいたい。同じ班で話したい。
自分に嘘を付いてしまいそうになる私にもう一発殴ってやりたかった。
そのまま机にうつむこうとしたところで、「もしかして、寝不足?」と声が聞こえた。
「ん?あ、愛華葉(あげは)か」
こんなタイミングで最悪だよ。
空元気に見えないように、「違うし!」と怒って返した。その時に、10組の教室の前を女子二人が通った。
涼路わた(りょうじ わた)
6月1日 水曜日 午前9時11分
愛知県 夏露中学校 1年5組
「─わたちゃんはまだ、ピアノ弾いてる?」
「ん?弾いてるよ」
急に音楽の質問で、驚いた。
気にするようなことかな?と思いながら、質問返しした。
「夜音ちゃんはどうなの?」
宮本夜音(みやもと よるね)は何の迷いも無く、笑顔で返した。
「もちろん!楽しいしさ!」
うん、かわいい。
「弓道とか、習字とかは?」
「やってるよ。、、、どした?」
「いや、私、今習ってるテニスやめよっかなーって、、、」
「え!?やめるの?」
他愛のない話をしながら10組の教室の前を通る。ついでに、黒板を見てみる。日直はまだ消した無かったらしく、さっきの授業の班決めの字が残っていた。
─27班。
わらべは14班、わさびは27班。自分は、1班。
良かったのか。それとも残念だったのか。
自分はよく分からなかった。あれから何年だか記憶が薄いが、いつのまにか話さなくなっていた。
話したいけど、話せない。
自分の勇気の無さが情けないと思った。
「わたちゃん!そこ、階段!」
「え!?」
他のことを考えていた。
だから段差に気付かず、そのままこけそうになった。
「あぶな、ありがと、夜音ちゃん!」
目の前のことに集中しよう。
自分は理科室へ行く足を進めた。
木暮葉凰(こぐれ はおう)
6月1日 水曜日 午後3時35分
愛知県 夏露中学校 会議室
「こんにちはー」
「はーい、木暮葉凰さんね、ここの席に座ってー」
「了解です」
ため息を付きたくなるのを堪えてパイプ椅子に座った。
なんで俺が校外学習の実行委員やんなきゃいけないんだよ。
クラスの中でじゃんけんに負けたやつがやるという運試しな企画をやり、楽勝じゃんとか言いながら挑んだところ、全敗、よって俺がやることになったという事実を納得したくなかった。
俺が気が沈んでいた時、チャイムが鳴った。
「全員揃ったかな。それじゃあ─」
先生が号令を掛けようとした時、10組の席に座っている女子が制した。
「先生?涼路さんが来てないみたいです」
「え、あぁ本当だ」
その女子が暁(あかつき)さんだと気付くのに時間がかかった。
「どこに言ったんだか、、、」
「そのっ、わたさん、さっき先生に捕まってたので、、、」
小さいが、芯がある、まさに隠れ歌手のような地声の小泉(こいずみ)さんが発言した。
、、、てか涼路、何してんの、、、。
「「はあ、、、」」
暁さんと自分の声がハモった。先生も頭を押さえる。これは、実行委員のダルさだ。涼路は関係ない、多分。
みんなが諦め始めたその時、勢いよく戸が開いた。
「遅れてすみませんでした!」
涼路が入ってきた。
「、、、気の毒だな、お前」
「え?」
先生が低い声で、何を労っているのか、はたまた呆れているのか分からないようで、涼路はきょとんとしていた。
暁愛華葉 6月1日 水曜日 午後4時30分
愛知県 夏露中学校 会議室
「んで?俺は出発式を担当すりゃあいいのね」
「あぁ。私は開会式と閉会式」
「自分が到着式ねー」
会議の結果、葉凰、わた、私の担当は式の進行係になった。まさか、式典を、しかもこの癖が強めの3人でやることになるとは。
「あ、決めたー?それなら台本配るから覚えてきてねー」
先生の声がし、台本を手渡された。10分の喋る内容が書いてある。
「先生?期間とかって?」とわたが訊いた。そしたら、先生は「明日にリハーサルがあるからそれまでに」と答えた。葉凰は、思わず「は?」と声を出していた。自分も言いたかったが、流石に先生の前では言えない。
明日?え、なんか早くない?
そんな無理なことを─と思ったところで、先生から軽い声が飛んできた。
「まぁ、木暮も涼路も頭良いからいけるだろ?それに暁は学年一優秀なんだから」
いや、まじかよ。
そんな信用してたのか、私のこと。
これはやってやるしかないなぁ、と目を鋭くした。余裕を見せるために、少し口角も上げて。
「お?愛華葉、気合い入ってるね」
なんなんだよ、お前は。
私は、飄々としているわたに余裕な顔を見せてやった。
宵宮氷 6月1日 水曜日 午後6時30分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
「ねぇ、じいちゃん」
「ん、なんだ?」
俺は夕飯にじいちゃんが作ったカレーを食べていた手を止めた。
わざわざ手を膝の上に置く。緊張しながら息を吸って、思いきって声を出した。
「愛知県に、行きたいんだけど」
「ほぉ?なぜ急に?」
去年はずっと静岡県から出なかった。愛知に行きたいとも一言も言わなかった。しかし、朝にいつもあの海の見える景色を見るのは、ただ自分を苦しめるだけだ、と思ったのだ。
「わらべたちに、会いたいからさ」
あいつらに会いたいのも、理由の一つだ。
きっと、いや絶対あいつらは仲良くやってるだろうし、そこに俺も混ざりたい。また、4人でいたい。そしたら、あの3人も歓迎してくれると思うから。
「、、、」
じいちゃんの次の一言を待っていた。だが、じいちゃんは何も言わず、カレーを一口食べた。そして、飲み込んだであろう喉の動きを見て、もう一回待った。それなのに、またカレーを一口。
俺はさすがに訊いてみた。
「じい、ちゃん?どうかな?」
じいちゃんは飲み込んで、やっと口を開けた。
「好きにすれば良い。なんでも、お前のやりたいことをやれば良い」
「、、、!」
ちょっとだけ素っ気ない言い方はいつものことだ。俺は、許してくれて嬉しかった。
「それじゃあ、携帯貸して!」
一気にカレーをかき込んで、机上にあった携帯を取った。
幼い頃に何度も読んで覚えていた、わらべの母のメールのアドレスを打ち込んで、件名を書いて、用件を書く。“わらべへ 久しぶり。元気にしてた?夏休みにそっちに行きたいんだけど良いかな?”
黄昏わらべ 6月1日 水曜日 午後6時40分
「─8月7日を予定してるよ、だって」
「、、、!!あ、あ、そうなんだー、、、」
「まあ、そりゃあびっくりするよね。返事しちゃうけど、、、いい?」
「あ、もちろん!たのしみ!」
ゆっちゃん(お母さんのこと。柚っていう名前)は、返信という青色のところをタップした。やばいやばい。
今、俺はあの2人と話せてない、しかも口すら聞いてない。びっくりした訳じゃなくて、焦ってんだよ。もしこれで氷が来たら、絶対、あいつは悲しむ。だって俺らのことを信じてんだから。俺は相棒として、あの時引き止められなかった代わりに、今度は愛知を楽しんでもらわなきゃ。絶対に、喜んでもらわなきゃ。
俺は引きつった笑いで曖昧に返事をしながら、ゆっくりと二階に上がる。そのまま二階の部屋に籠り、急いでルーズリーフを出した。
「あー、どーすればいいんだよー!!」
頭を抱えながら、必死の思いでシャーペンを動かした。
─第2章 昔のままじゃ、いられないから
師走わさび 6月2日 木曜日 午前5時45分
愛知県 児童養護施設からふるとまと
「─んーと、ここの問題は、、、」
チクタク、と時計の針の音だけか部屋に鳴り響く。
私はデスクライトだけを点けて、勉強していた。近くまで迫ってきた期末テストに向けてだ。
オレンジの優しい光に包まれて、気を抜くと寝てしまいそうだ。
時計を見ると、5時45分を指していた。
─あと、15分。
6時になると、小中高生を先生たちが呼びにくる。
基本、6時までは寝ないといけないのたが、次のテストは、絶対に愛華葉と差を付けて一位になる。だから、外にできるだけ灯りが洩れないように、勉強をしているのをバレないように過ごしているのだ。
流石に限界か?となり、もう一度時計を見る。─5時50分。ナイスタイミング、と微笑んだ。そろそろ布団に入ってないとバレる。
私は、勉強道具を整えてバッグの中にしまい、物音を立てないように床を歩き、布団に潜り込んだ。
今日の朝御飯は何かなぁ、とわくわくしていた。
目を瞑って、開けてを繰り返して数分。
誰かの足音が近づいてきた。その足音は、私の部屋で止まり、コンコン、というノックで扉が開いた。
「わさびちゃん、おはよう!」
「、、、え、あ!あめりん!」
扉から少女が覗き込んでいた。
師走わさび 6月2日 木曜日 午前6時
愛知県 児童養護施設からふるとまと
私は、ベッドから飛び降りた。
「おはよう、あめりん!珍しいね」
少女はあめりん─夜一夜雨凜(よひとよあめり)だ。私がここに入所してからずっと友達。
いつもならここで働いている宗田さん(そうた)が起こしにくるのに、今日は彼女だった。それに、子供はこの時間歩き回ってはいけないはずだが─
不思議そうにしてる私を察して、あめりんは話し始めた。
「早く起きちゃったところを棚本さん(たなもと)に見られちゃってさー。じゃあ、起こしに行ってくれる?って頼まれて!」
「怒られなかったんだ!」
「うん!ただ、見谷さん(みたに)だったら怒られたかもよ?」
私が前怒られたのは、見谷さんに見つかったからだ。棚本さんは優しいお姉さんだから、全然怒らない。見谷さんは優しいが、少し世話焼きなところがあるのだ。
「いいなぁ。自分は見谷さんだったから─」
「あら二人ともおはよう!」
「!!お、はようございます!」
変なタイミングで、食堂から見谷さんが顔を出した。
「今日のご飯はなんですか?」
「今日は、クロワッサンと、目玉焼きとー、、、」
「わ!楽しみだなー!」
「ね!」
さっきのことを忘れて、今日のメニューに心を踊らせていた。早く食べたい。
「あと柏ノ木さん(かしのき)と宍甘さん(ししかい)起きてきたら食べましょう!」
「「はーい!」」
聞かれてないみたいで良かったー、と安心したとき、肩に手をポン、と置かれた。
「わさびちゃん、さっきなんか言ってた?」
「、、、!!?」
やばい、バレてた。
「何もい、言ってないですっ!」
「それならいいけどー?」
笑いながら言われた。
いがつい裏返ってしまった。やっぱり嘘が下手だ。
あめりんにも笑われていると、食堂に入ってくる男の子を見掛けた。
「みっちゃん!おはよう!」
「おお!おはよう、二人とも!」
柏ノ木空馬くん(かしのきからめ)と宍甘天磨くん(ししかいてんま)だった。
「─へぇー、怒られなかったんだ!」
「そうなの!だからわさびちゃんを起こしに行って、わさびちゃん、愚痴言ってたのバレちゃって!」
「ははっ、わさびちゃんドンマイ!」
「違うって!愚痴言ってないし!」
私は目玉焼きを頬張りながら手を横に振った。
「嘘が分かりやすいねぇ、わっちゃんー」
「うるさいー!」
あー、もうなんでこんなことに!
あめりん、許さないからね!
師走わさび 6月2日 木曜日 午前7時
愛知県 児童養護施設からふるとまと
「─それじゃあ、行ってくるね!」
「うん、気をつけて!」
「また後でな!」
「行ってらっしゃい!」
手を振って、私は外に出た。
今日もいい日になるかなー、とスキップしながら学校に向かう。今日の授業は─と思い出していた時だった。突然、「わさび!」という声が聞こえた。
懐かしい声だった。
思わず振りかえると、わらべだった。
「え?」
わらべは、走ってきて、肩で息をしていた。
「どうしたの?」
「お前に言いたいことがあって─」
その時、「おーい!」と女の子の声がした。
私は、はっと気付く。
そうだ、この人めっちゃ気まずかったんだ、何話して─
私はわらべを押して、友達の方に駆け出した。
黄昏わらべ 6月2日 木曜日 午前7時10分
愛知県 夏露中学校登校道
「─」
呆然と立ち尽くしていた。
取りあえずノリで話しかければなんとかなるって思ってた。でも、違った。
そうだ。俺たちはもう幼くない。ノリだけじゃ仲は修復されない。もうすぐ大人なんだ。このまま居れるわけでもない。
歩き続けなければならない。なんとか方法を探しだして、話し合わないと。
さっき腕を押された薄い痛みを覚えながら、ゆっくりと歩き出した。
涼路わた 6月2日 木曜日 午前12時56分
愛知県 夏露中学校 体育館
よーし、一番!
最初に体育館に到着した自分は、舞台の上に寝転がった。その後、よいしょ、と上体だけで起き上がる。
そのまま舞台から飛び降りようと、助走を付けた。が、走っているときに足が舞台を越し、バランスを崩して、床に落下した。
「いったぁぁ、、、?ん?」
誰かがいる気配がして顔を上げた。葉凰と愛華葉が、入り口で立ち止まって、こちらを見ていた。
「、、、お前、何してんの?」
「え?は、や、何もしてないけど?」
「いや、さっき舞台から─」
「、、、見てた?」
「や、ごめんって」
見られてないかと思ったが、まさか見られていたとは。
二人は笑っている。笑っているのは良かったが、見られたのは最悪だ。
ちょっと不満になりながら立ち上がった。
暁愛華葉 6月2日 木曜日 午後1時15分
愛知県 夏露中学校 体育館
「おお、3人ともよく1日で覚えてきたなぁ」
「ありがとうございます!」
そりゃ言われたらやるわ。
何より、暗記なんて朝飯前だ。
「暗記得意?」とわたが言った。
さっき思っていたことを読まれて少しムカつく。
私はスルーした。
「それじゃあ明日は準備に回ってもらおうかな。また集まってね」
「え?あ、終わりじゃなくて?」
これで終わりだと思っていた葉凰は、さすがにこの反応だ。
「まぁ、明日も頑張ろうや。な?」
「あぁ。3人増えれば効率も良くなるでしょ」
「はぁ、、、」
わたがこちらに共感を求めてきたため、助けておいた。乗らないのもありだったが、放っておくのが可哀想だった。馬鹿で意地悪なのに、構ってあげたくなる。やっぱりよく分からない。
5時間目に体育館を使うクラスがやってきたため、私たちは教室に戻ることにした。
木暮葉凰 6月2日 木曜日 午後1時20分
愛知県 夏露中学校 音楽室
「─今日の授業は、届けたい人に歌を届ける練習をしよう!」
しよう、に独特なアクセントが付いている。この人は関西出身なのかな、と思わせた。
というか、歌を届けよう、か。
俺には歌を届けたい人なんていない。だって、そんなことしなくても想いなんて伝えればいいものだ。別に歌なんて忘れられんだろ。それそうに歌が上手くなかったら─。
ここまで考えて、顔を上げた。
そんなこと言ったら歌手に、歌手を目指してるやつらに失礼か。でも、少なくとも俺は歌なんて歌う仕事しないし。
プリントが配られ、ざっと目を通した。
─届けたい人、理由、届けたい歌、気持ちの込め方、歌い方。
そして裏面には聴いてもらった人の感想欄。
結構本格的だな、と思った。
俺は横を向いて、隣の席のわらべに話し掛けた。
「なぁ、わらべ。お前は誰に─、、、おい?」
いつもなら元気に対応してくれるが、今日は暗い。話を聞いていないみたいだ。
「おい、わらべ?」
もう一回訊いてみると、
「ん?あ、ごめん、どうした?」
と返事が来た。
「お前、大丈夫か?全然反応薄いじゃん」
「え、そうか?普通だと思うけど、、、」
「いいや、普通じゃない、何?お前考え事?」
「え、あぁ、まぁ、そんなところかな」
そんなわけ、なさそうだな。なんか、わらべにできることは、、、。
俺は手を挙げた。
「先生ー。ちょっと外で考えてきてもいいですかー?」
「え、なんでや?」
周りの生徒が笑う。
「気分転換です、行こうわらべ!」
「え?あ、あぁ、行くか!」
俺たちはプリントと筆箱を持って、音楽室を出た。
黄昏わらべ 6月2日 木曜日 午後1時30分
愛知県 夏露中学校 美術室
葉凰が、こんなに大胆なことをするなんて思ってもいなかった。
というか俺、そんなにいつも通りじゃなかったか?
なんて言っても実は人の話を聞いていなかった。先生の話ですら聞いてない。朝、わさびにあんな突き放され方したら、どうしても頭で考えてしまう。
そんなに嫌いだったのか?やっぱりあの時みたいにはなれないのか?そもそも、嫌いだったのを隠していたのか?だいたい─
「わらべ、来て」
「え?」
葉凰は、いつの間にかベランダにいた。俺もベランダに出た。
「ここって、乗って良いんだっけ?」
「まあ、誰も見てないし。気にしないで」
今日も夏露は晴れていて、穏やかな風が俺たちに撫でていく。
「あのさ、なんかあったの?」
「ああ、いろいろ」
何、話聞いてくれるの?
木暮葉凰 6月2日 木曜日 午後1時40分
愛知県 夏露中学校 美術室
話を聞く限り、幼馴染みとのトラブル、のようなものなのかもしれない。
時間が空き、成長し、相手のことはこの数年間一切分からない。好きだったのか、嫌いだったのか、ましては覚えていないのか。
どちらにせよ、お互い気になっていることはなんとなく分かる。
そんなに大切な幼馴染みを簡単に忘れられるわけがない。ただ、わたに関しては分からないが。
「、、、どうだ?」
「あー、、、。とにかく、想いを伝えられりゃいいんだろ?」
「まぁ、そういうこと」
そう、とにかく想いを伝えられれば良いのだ。何か方法があれば─。
その時、目にプリントが映った。
届けたい人に歌を、届ける。
「ん?葉凰?」
「、、、これだ」
「え?」
「これだ!」
そう言ってプリントを見せる。
「届けたい人に歌を届ける!な?」
「なるほど、歌で想いを伝えるのか!ナイスアイデア!、、、でも、、、。」
少し考えている様子のわらべ。
俺は訊いてみた。
「もしかして、歌苦手?」
「まぁ、な」
答えの糸口は見えたのに、まさかの歌が苦手。
「でも、そのための練習だろ?どうにかなるって」
「とてつもなく無理だと思うが、、、」
そういえばわらべは小学生のころから歌が苦手だった気がする。だから、音楽の授業のときはよくサボっていたと聞いた。
「大丈夫。俺がアシストする」
俺は自信ありげに言った。なんてったって吹奏楽部なのだ。歌は歌えないほどじゃない。
「、、、ほんとか?」
「あぁ。師走とわたに届けんだろ?一緒に頑張るぞ!」
「、、、頑張ろう、葉凰!」
師走わさび 6月2日 木曜日 午後1時50分
愛知県 夏露中学校 1年10組
「、、、」
黒板に、字が書かれている。ノートに書きたいが、手が動かない。身体が重い。
─お前に言いたいことがあって。
そんな懐かしい声が、刃物になって私の心に刺さる。フラッシュバックかな、なんて嗤いながら思った。
「おい、わさび」
「あっ、何?」
愛華葉だった。
「今日は全然挙手しないな。大丈夫そ?」
「や、まだこっからだし!」
「ほら、今なら誰も挙げてない。お前に譲るよ」 「じゃ、ありがたくいただきまーす!」
そう言って手を挙げた。だけど、計算していない。ま、当てられてからでいっか。
ところで─と別のことを考える。
何が言いたかったんだろう。久々に話しかけてくれたのに、何もできなかったな。
私の名前がよばれ、返事をし、椅子から立ち上がった。
涼路わた 6月2日 木曜日 午後2時
愛知県 夏露中学校 理科室
物質の性質を調べる方法、か。
こういうの将来に使うのかな、なんて思って苦笑した。
「さだー。ガスバーナーとマッチと燃えかすいれ持ってきて!」
「ん、了解!」
隣の席の男子、来井芽草流(くるい めぐる)に言われて、自分は席を立った。
普通は四人グループなのだが、今日は前の席の女子二人が休みなのだ。だから、二人。
マッチを振って、中身があるかを確認していると、ふと思い出した。
─わさび、授業中寝てたなぁ。
いつもなら暁と発言勝負してるはずなのに。
まぁ、優等生も眠い時はあるか。
「ありがとなー」
「おけー」
軽く礼を言われたから、軽く返した。
「それでは実験を始めてください」
先生のそんな合図が出ると、一気にマッチを擦る音がした。
「わた、いける?」
「来井やらなくていい?」
「俺はガスバーナーを点ける!」
自分はガスバーナーをつけられない。
さっきの十分休憩の間にそんな話をしていた。それを覚えているとは。さすがだな、と思った。
「任せとけっての」
そう言って、マッチを擦った。赤くて、熱い炎がゆらゆらと揺らめいていた。
涼路わた 6月2日 木曜日 午後2時
愛知県 夏露中学校 理科室
「、、、なぁ、わた」
「ん、どした?」
ガスバーナーで三つの粉(小麦粉、砂糖、食塩)を熱しながら、来井が話しかけてきた。
「小泉、分かる?」
「あぁ、分かるよ。実行委員にいた」
「え、まじ!?」
急に大声を出した、来井。それに反応して、クラスメートが振り返る。
「どうした、来井笑?」
「あ、なんでもないです」
クラスメートが微笑む。先生も笑顔だ。
「けっこう大声だったな、今の笑」
「あぁ、本当だよ、え、てか小泉まじでいたの?」
「うん」
「うわー、実行委員行きたかったー、、、」
そう言って、少し残念そうにする。
小泉さんに反応しているということは、小泉さんが好きなんだろう。多分。だから、一応訊いてみた。
「小泉さん、好き?」
「あ"ぁ"!?」
またみんなが振り返った。自分は笑った。
「あえて小声で言ったんだけど」
「いやーだってー、え、なんで分かった?」
「勘」
「すげーわー、、、」
改めて炎を見つめた。青色の炎が、固体を熱している。
「ちなみに、どこが?」
いつの間にか、恋バナになっていた。
「んーなんだろ、笑顔が可愛くてー、声が綺麗でー、内気だけど頼りがいがあってー、頭良くてー、、、」
燃焼さじを持ちながら、片手で指を折り始めた。
「あとー他にいろいろ!」
「へぇー、、、」
「ま、わたは興味ないだろうけどね」
さらっとディスられた。でも確かに、あんまり考えたことはない。ともかく何か返事をしようと、率直な感想を口にした。
「来井だったら、小泉さんもうれしいと思う」
「え?」
身体を止めた。
「えっ!?」
燃焼さじを落として、顔を赤くした。
「おいおい、大丈夫か?」
先生がやってきて、自分は笑いながら対応した。
「なに、お前弄んでる?え、本気?」
「感想」
「っ!!」
顔を隠している。どうしたんだろう、と思いながら、再び別の物質を熱した。
あいつだったら、小泉さんもうれしい、か、、、。
、、、ん?
自分それ、なんだか照れ臭くない?
え、何言ってんの!馬鹿!
自分は後々、さっきの発言の恥ずかしさを知った。マンガみたいなこと言って!調子乗りすぎだよー。
「、、、実行委員は代わんないけどな」
「なんなんだよ笑」
赤く揺らめく炎が透明度を増して、りんご飴のような色になった─気がした。
黄昏わらべ 6月2日 木曜日 午後2時05分
愛知県 夏露中学校 美術室
「─よし!」
やっと書き切った。
改めて見直す。
わさびに仲直りのために届ける。曲名は「天体観測」。アカペラで歌う。
わたにも届けたかったが、わさびと話せた後で歌おうと思っている。急に二人集めるのは難しいのだ。
「あぁ、いい感じ」
「あとは練習だなぁ、、、」
「練習なら任せろって」
音楽の授業内での練習は、あと2回。その中と、あとは家や休み時間に練習しないといけない。
というか、葉凰はどうして、任せろって言うんだろう。こいつ、サッカー部じゃなかったっけ。
「なぁ、葉凰?」
「ん?」
「おまえ、サッカー部じゃなかったっけ」
「ちげーよ」
笑いを含んで言う。
「吹奏楽部だよ」
「え!?」
サッカーが得意そうなのに、吹奏楽部?運動はできてたはず。
「部活無しにしようと思ったら必ず一つは入れって言われたから、テニス部って言ったら担任が聞き間違えてこうなった」
「なるほど、、、」
笑うしかなかった。
聞き間違えで吹部になるとは。
「だから、練習は任せろー」
「、、、!」
こんな俺に力を貸してくれるなんて。なんていいやつなんだろう。
「お願いします!!」
俺は頭を深く下げて、言った。
宵宮氷 6月2日 木曜日 午後7時
静岡県 じいちゃんの家
「今日な、学校で歌ったんだ!」
「おぉ、どんな歌を歌っただ?」
「天体観測!知ってる?」
「あー、おら知らんなぁ」
「見えないものを見ようとしてーってやつ!CMで観てない?」
「おらぁふるさとしか知らん」
「え笑?」
「うーさーぎおーいしー」
「うさぎはおいしくないでしょ笑?」
「そういう歌い方だっちゅうに」
俺らは笑う。
今日、突然歌えと振られとりあえず「天体観測」を歌ったら褒められた。
「それじゃ、ごちそうさま!」
「今日は手伝わんでええぞ」
「なんで?」
「定休日」
またしても笑う。やっぱり楽しい。
「分かった!じゃあね、おやすみ!」
「歯は磨いてけよー」
「はーい」
歯を磨いて3分後、二階に行く。そして、ベランダに出る。
「んー、、、」と大きく伸びをする。今日も頑張った。
今日はよく晴れていたから、星がぽつぽつと光っている。それらをまっすぐに観る。
─そういえば、わらべたちともよく星観てたな。
駄菓子屋でアイスを買って、空き地のベンチに座って食べながら観ていた。
誰もいなくて、景色がよくて、家が近くて、過ごしやすい。すごく楽しかった。
今もあいつらはあそこで星を観てるんだろうな。
いいなぁ、と思いながら部屋に戻り、窓を閉め、ベッドに転がった。
天井を見つめながら、早く夏休みにならないかな、とわくわくして眠りについた。
暁愛華葉 6月3日 金曜日 午前6時
「─みんなー、おはよー」
「、、、ん?朝、、、?」
アラームを止めて、弟妹たちを起こした。私含めて、暁家には5人の子供がいる。そう、五人兄弟なのだ。まず始めに起きたのは、長男の魁斗(かいと)だった。
「朝。他はやっぱ起きないね」
「な。でもぐっすり寝てるのは良いことだよ」
そう言って、弟妹を起こす。
魁斗は起きるのが早いが、他の妹弟は遅い。
「おーい、若葉(わかば)ー、翔瑠(かける)ー」
「心華(ここな)も。遅刻するぞー」
「んん、、、?うるさいよ、魁斗、、、」
「うるさいじゃなくて、早く起きて!」
「えー、、、」
しぶしぶ起きる、末っ子の心華。
「あれ、朝、、、。おはよう、お姉ちゃん、、、」
「おはよう!若葉!」
次女の若葉。
「朝だー!!おっはよう、兄ちゃん、姉ちゃん!」
人一倍元気な三男の翔瑠。
朝起こすのは本当は自分で起きてほしいくらいに面倒だけど。
でも、その面倒臭さが楽しい。
私含めて5人、それぞれの性格が違っていて、それぞれに出会えて、朝から楽しいと思えるのはこの子たちのおかげだ。
「よし、ごはん食べに行くぞー、兄ちゃんより、先に一階に行けるかな?」
「俺いっちばーん!!」
「ずるいー、私が先っ!」
「け、けがしないでねっ、、、」
「さすが魁斗。やるじゃん?」
「任せとけって、愛華葉!」
満足しながら、一階に向かう足を早めた。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午前7時3分
─たしか、ここだった気がする。
わたの家は、ここ。
目の前は低い草むらで、右は他の家の駐車場、左は小さくて白い家。
当のわたの家は、となりの家と同じくらい小さい。家に入ったことはないが、部屋が少なそうだ。
もうすぐ家を出るはずだから、待っていよう。
で、わさびのことを訊こう。
だが、いくら待っても来ない。
どうしたものかと思い、インターホンを押す。
と、わたのお兄さん、叶兎(かなと)さんが出てきて「お、久しぶり」と言われた。
「え、あ!お久しぶりです!」
「何年ぶりだろうね、4年かな?」
「ぐらいですね!」
叶兎さんは、きっと大学生で2年生かな、と思った。
「あの、わたって家にいますか?」
わた、と声に出すだけで鼻がツンとする。
久しぶりに言った響きなのか、少しくすぐったい。
叶兎さんは、普通の顔で言った。
「わたちゃんならもう学校に行ったよ」
「え?」
俺が待っていたときには、通らなかった。てことは、俺がここに来る前?
「なんか実行委員がなんとかって」
「あ、わたって実行委員だったんですね!」
「うん。そうらしいよ」
「そうなんだ、ありがとうございます!」
「またなんかあったら言ってね」
「はい!失礼します!」
俺は一礼して、学校へ向かった。
てか、わた、実行委員だったっけ。
、、、ま、いいか。
涼路わた 6月3日 金曜日 午前7時13分
愛知県 夏露中学校の登校道
よくないよくない。
なんで隣町から中学校に通わなきゃいけないの?
絶賛、走って通わされている。
自分が通う夏露中学校は、「夏露」ってついてるくせに、実際には冬雫町(とうだ)にあるのだ。
ここら辺から夏露中に行く人は、ざっと10人くらい。他はみんな夏露西中学校に行く。だから、小学校の時のメンツは少ない。
─なんて、小学校の時なんて友達いなかったけど。
とか思ってたら、意外と早く着いた。
あと一週間まで迫ってきたイベント。
パーク内を貸しきって行うらしいが、夏露中にそんなお金あんだな、と思った。
その時、肩を叩かれた。
「─おい」
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午前7時15分
夏露中学校
「え?」
久々に聞く、わたの声。
思わず泣きそうになるが、こらえて言う。
「あのさ、そのー、、、」
しかし、俺は言いたいことを整理してなかった。
とにかく、さだに会って話そうとしていたからだ。
やばい、どうしようと思っていると、わたから返事が来た。
「なんもない?」
「え、いやそうじゃ─」
「今から実行委員だからさ。また今度話そう」
また今度話せる?
未来の約束ができた、と思ったら、わたは走り出していた。
「ぐ、具体的にいつぐらい?」
「分からない!」
あいつの声が耳に響いている。そのまま立っていられなくなって、俺も走り出した。
また失敗したみたいだ。
暁愛華葉 6月3日 金曜日 午前7時18分
夏露中学校 体育館
「お、わた来たじゃん」
「ほんとだ。─おーい、わたー!」
私が呼ぶと、わたは「おはよ!」と返してくれた。
「早くない?」
「気のせいだよ」
歩きながら適当に葉凰が言う。
「それより愛華葉、役割知ってんだろ?」
そうだった。
私は先生に何を手伝うのか聞いていた。だから、今から教える。
「えーと、葉凰がスタンプラリーのカード作り、わたが先生の劇のシナリオ作り、私が当日の時間割設定やらいろいろ」
そう言うと、二人は微笑んだ。
「シナリオかー、楽しそー!」
「大変そうだけど、まそのくらいなら」
意外だった。
二人とも嫌がるかなって思っていたけどあっさりOKしてくれた。
「それじゃあ、散らばりますかー」
「おー!」
私達は製作を開始した。
黎明わた 6月3日 金曜日 午前7時20分
夏露中学校 体育館
「げ、劇はプリンセスシリーズが良いんじゃない?」
「シンデレラとか白雪姫?」
「そうっ!」
「ありかもね」
そんなことより、さっきのことを思い返していた。
気まずくて思わず逃げてきたけど、なんか話したかったのかな。
って思うとなかなか集中できない。
と、「わ、わたちゃん」と声が聞こえた。
「音(おん)ちゃんどした?」
音ちゃん─小泉音だった。集中していなかったら、無視するところだった。来井に怒られてしまう。
考えるのはあとでいい。今は劇を考えなければ。
「劇を簡単にまとめれるかなっ?10分くらいにした方が見やすいと思うんだけど、、、ど、どう?」
「お!いいね、任せとけ!」
これはわくわくしてきた。
さっきのことはすぐに忘れられた。
自分は音ちゃんからルーズリーフとシャーペンを受け取った。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午前7時30分
夏露中学校 1年4組
「はぁー、、、」
長いため息をついた。と、目の前に誰かが座る。
「?」
顔を上げると、ぽんっと手を置かれた。
「わーらべ!朝から元気ないなー?」
「あ、あっきーか!」
あっきーこと木代彰太郎(きしろ あきたろう)だった。
「お前の前に座るといえば俺しかいないだろー?」
「ははっ、確かになっ!」
こいつは面白いやつだ。一緒に話すとまるで一瞬で傷を治してしまう白魔法にかかったようだ。
「そういやもうすぐ遠足じゃん!」
「あぁ、そういえばな。たのしみか?」
「そりゃそうに決まってんだろ!」
いつものようにこうやって話す。いつの間にか、周りは人で埋まってきている。
「おはよ」
隣の席の女子の白路川光(はくろがわ ひかり)もやってきた。
「おはよ!忍(しのぶ)は?」
俺は光に訊いた。忍─柊木忍(ひいらぎ しのぶ)はあっきーの隣の席の人だ。
光はクールに「知らん。一緒に来ないし」と返した。
「だーれが知らないって?」
そしたら、ちょうどいいところに忍がやってきた。
「あ、忍。来ないの?って言われたから知らんって言っといた」
「うわー、クール、こわー、そりゃわんちゃんたちに嫌われるぞー?」
「嫌われたっていい。てか、わんちゃん呼びやめないの笑?かわいそうに」
なっ、と俺たちは睨んだ。
犬がじゃれてるみたいな休憩の過ごし方をするため、わんちゃん、と呼ばれているのだ。
、、、頭をわしゃわしゃってしてるだけなんだけどな。
「お前笑ってんじゃねーか!かわいそうって思ってねーだろ!」
「そーだよー、お前ら!」
からかっている目をした二人に言った。しかし、一層笑っている。
「「それだから女の子じゃないって、、、」」
「「なんだって?」」
いつもの口癖を呟くと、いつもの口癖で返してきた。
「あー、ごめん、ごめんって!」
普通に楽しい。
師走わさび 6月3日 金曜日 午前8時15分
愛知県 夏露中学校 1年10組
「ありがとうございました!」
日直の号令を聞きながら、私は頭を下げた。みんながありがとうございました、と言う中で一人口をつぐんで。
最近身体が重くなってきた。なんとなく。
わらべと話してから、結構気が沈んでいる。でも、明日から休み。2日休める。2日もあればきっと気力も回復する、はず。
─ってあれ、私、いつも金曜日が来ると寂しくなるのに、今日はそんなことない。
早く休みたい、早く逃げたいって思ってる。この場所がすごく息苦しい。誰かに助けてほしいって叫んでる、気がする。
「早く、休みにならないかな、、、」
力なくつぶやいてうつ伏せになろうとしたところで、誰かが私の肩を支えた。
「また寝不足?」
愛華葉だ。まるで助けが来たような気になり、少し嬉しかったけど、なんだか面倒臭さじわじわと出てきて、「どっか行って」と言った。
「ふーん。体調不良?機嫌悪い?元気ないな」
そう言って私の額をさわった。なんで、私に構うんだろう。どうでも良いってのに。
私はその手を丁寧に戻して、「私のことはどうでもいいから」と言った。
「まぁいいや。なんかあったら言って」
そう言って離れていった。
愛華葉は下の子が4人いるから、きっと面倒見が良いんだろう。だけど、今の私からしたら世話の焼きすぎだ。少し、嬉しいけど。
だんだん考えるのが面倒になってきて、考えるのをやめて私はうつ伏せになった。
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後3時05分
愛知県 夏露中学校 職員室
「全部印刷し終わった?」
「あぁ。もう終わったよ」
「よし、やったね!」
3人でハイタッチを交わした。と、右手がとたんに震えた。
「さ、体育館に向かおう。きっとみんな待っているはずだから」
「そうだね!」
「あ、あぁ、戻ろうか」
俺は女子がまあまあ苦手なのだ。
よく分からないけど、隣にいると怖くて仕方がない。
6月の序盤というのに蒸し暑い廊下を歩きながら、少しずつ手を開く。
震えは止まり、なんとなく右手をポケットに突っ込んだ。
向こう側から歩いてきた先生が「お疲れ様」などと言うから、こっちも「お疲れ様です」と返す。
俺は二人の会話を聞きつつ、目の前の体育館を見つめていた。
暁愛華葉 6月3日 金曜日 午後3時15分
愛知県 夏露中学校 体育館
「愛華葉ちゃんのお陰で早く終わったね!」
「あぁ。さすが学年代表」
「ん、ありがと」
私はよくこうやって褒められる。
だけど、みんなはウザいって言うかもしれないが、私としてこれは当然なのだ。
5人姉弟の中で一番上だから、ちゃんとしてなきゃいけない。
「褒められてるじゃーん、愛華葉」
突然、上から声が降ってきた。
「わた?何、嫉妬?」
「もっと喜ばんの?」
煽ってみせたが、華麗にスルーされ、自分が煽られる形となった。
「いや、これが普通というか、、、?」
「あ、そゆことね」
迷うまでもなく、あっさりと言った。なんなんだ、こいつは。
「それはどうでもいいじゃん。私聞きたいことあってさ」
「どした?」
「願い池のお願い事、何にするの?」
願い池は、愛知の中央らへんにある、席池(せきいけ)のこと。そこの池は、何やらの神話があり、昔から神々に守られてきたのだという。だから、そこで結婚式をあげたり祭を催すことで、神の御加護を受け、ずっと幸せでいられるらしい。
その池は、歴史的テーマパーク「胡桃森」にあって、みんなでお願い事を叶えてもらおうとしているのだ。
「あー、、、」
わたは、視線を前に戻して考えている。そして、何か思い付いたのか「あっ」と言ってこっちを向いた。
「愛華葉が素直になりますように」
笑顔で言うな。
私は「お前なぁ、、、」と呪いをかけるような雰囲気で低くつぶやいた。
しばらく二人で話していると、体育館にゆっくりと戻ってくる葉凰たちが見えた。
黎明わた 6月3日 金曜日 午後3時20分
愛知県 夏露中学校 体育館
「みんな終わったか!よくやった!」
風邪からようやく復帰した、実行委員の顧問である坂ノ上先生(さかのうえ)が、自分含め実行委員を褒め称えた。
「さっかー、ようやく来たんだねー」
「おお、城谷(しろたに)!久しぶりだな!」
1年1組の実行委員、城谷天嶺(たかね)はふわふわとした声で先生と話し始めた。
劇の構成もようやく終わり、あとはショッピングセンターで先生が用具を取り揃えるだけらしい。
先生には面白い劇にしてもらわないとなぁ、と気合いを入れたんだ。
みんなが笑ってくれれば、大丈夫。
「みなさん、2日間ありがとうございました」
やっと登場した副顧問を見てみんなはそちらの方に真剣な眼差しを向けた。
「2日間でここまで仕上げれるとは、、、。あなたたちは本当にすごいです」
よくよく考えると2日間しか経っていない。
なのに、情報量が多かったなぁ、と感じる。特に、今朝なんて、夢のような時間が実現しそうだったのに。
適当に、流してしまった。
─そりゃそうだって。わさびとも話せてないのに、急に話せなんて言われたら逃げるに決まってる。
本当に、自分って情けない。
「─本番は来週の月曜日です。それまで個人練習をして、本番大成功させましょう」
「はい!!」
全員が返事をする。
「それじゃあ解散!ありがとな、気を付けて帰れよ!」
学校が、終わってしまった。
明日は休み。いつもと変わらない日々を退屈に思うんだろう。
ただ、まだ今日は終わっていない。
これから、弓道に行くんだ。
愛華葉が葉凰の方に行ったかと思いきやこっちへ来た。
葉凰は、先に体育館を出ていった。
「葉凰は?」
自分が訊くと、愛華葉は「用事だってさ」と苦笑した。
「じゃあ今日は二人かぁ」
「え、弓道はいいの?」
あれ、弓道のこと、知ってたんだっけ。
「うん。だいぶ後だしさ!」
「そっか。じゃ、帰ろっか」
自分たちは体育館を後にした。
─第3章 アカペラ
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後4時00分
愛知県 夏露町 黄昏家
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい!」
「上がって上がって!」
俺が一声掛けると、わらべの母親と、背の高い女性が出てきた。
「あれ、俺の家族!父さんは帰ってきてないけどね」
「え、あの背の高い女の人も?」
「あぁ、あれ姉ちゃん」
「そーゆう感じね、、、」
どうやら、この家の人はみんな高身長らしい。母親は175くらい、姉は180くらいありそうだ。
父親の身長も見てみたい、と思った。
「今から何するの?」
母親の柚さんが、そう聞いてきた。
「これから歌の練習するんだ!」
わらべが答えると、「頑張って!」とお姉さんのまつりさんに言われた。
「葉凰!こっちこっち!」
「ん、分かった」
わらべに手招きされ、俺は階段を上がった。
そこは、カーテンで大きな部屋が仕切られた、まつりさんと共同のわらべの自室だった。
真ん中にカーテンがあり、わらべは右側だそう。
「ベッドってどこにあるの?」
「あぁ、寝室でみんなで寝てるよ」
家族みんなで、自室と同じフロアにある寝室でねているんだ。
なんだか仲良しだな、と思った。
「よし、練習を始めるか!」
「そういえばそうだったな」
わらべの声で思い出した。
今日は、俺がわらべに歌を教えるんだ。心に響く歌を歌って、わらべの大切な人に届けるために。
「お前が忘れてどうすんだよ笑」
「ごめんごめん」
案の定、つっこまれた。
「じゃあ、“天体観測”を聴いてみるか」
「うん!」
俺は、一度家に帰ってから持ってきたスマホを操作した。動画サイトを開き、「天体観測」をタップする。
「お前は一回聴いた?」
そう訊くと、「毎日聴いてるよ」という頼もしい返事が返ってきた。
広告も流れ終わり、音楽が流れ始める。
チラッと横を見ると、わらべは楽しそうな表情で音を聴いていた。
練習は上手く行きそうかな、俺はそう思った。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後4時10分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
「─おお!」
何度も聴いていたが、俺はまた感動した。本当に、素敵な曲だ。
「まずは、準備運動からか。何するか分かる?」
「ん?あ、えーと、腹筋?」
感動してるだけじゃいられない。今から、あいつよ心に響くような歌を完成させるのだ。
「そうだな。あと、背筋」
「それだけでいいの?」
数年前まで習っていたバスケでも、その程度はやっていた。だから、正味驚いている。
「本当はランニングもしたいとところだけど、、、。もう夕方だし、朝走るのがいいんだよ」
「そうなんだ!」
とりあえず、これから毎日朝のランニング15分と、腹筋と背筋を30回ずつすることになった。
「じゃあ筋トレは今から取りかかるわ」
「あ、俺もやる。一緒にがんばろうぜ」
「あぁ!」
まずは筋トレから。
準備運動からしっかりやらないとな。
俺は気合いを入れた。
師走わさび 6月3日 金曜日 午後4時10分
愛知県 児童養護施設からふるとまと
「はぁ、、、」
自室に戻り、ベッドに飛び込んだ。
「もうどうすればいいの、、、?」
泣きそうになりながら、ひたすら拳を握った。
明日は休みだというのに、なんだか気が晴れない。愛華葉の優しさにも背いてしまったし、わらべとの会話さえ適当に切り上げてしまった。
話したいけど、話せない。
そんな自分の弱さが今となっては憎く見えてきた。
早く終わって安心したい。けど、終わりが見えない。
「どうすればいいんだろう、、、」
重い身体を起こし、ベッドから降りた。
かばんを開けて、宿題の用具を取り出す。
「宿題は、漢字と、英語のノートと、テキスト。あとは、、、」
備忘録につけた、宿題。もう一つ、慌てて追加した形跡がある、字をみつけた。
「あと、音楽か」
音楽のプリント。
関西弁の先生から受け取ったもので、内容は、届けたい人に歌を届ける。
届けたい人なんていない。ここで(からふるとまと)、みんなを集めて、日頃の感謝の気持ちを込めて歌ってもいい。
でも、時間が合わないし、なんとなく迷惑だろう。
友達も、届けたい人もいない。わたもありだと思ったが、全然話していない。
わたにも、早く会いたい。けど、会う勇気がない。
意気地無しだなぁ、なんて思いながら、ふと何かが頭をよぎった。
─歌を届けてみる?
そうすれば、あのときのわらべとの誤解も解けるし、わたとも話せるかもしれない。歌は苦手だけど、あと二週間、練習すれば間に合う。
急いで椅子に座ってシャーペンを取り出した。
「えーと、曲名、、、」
どうしよう。
せっかくだから、わらべとの思い出が深いものにしたい。
駄菓子屋に行ったこと、花火を見たこと。
星を見たこと。
「、、、!そうだ!」
「天体観測」。その曲名を思い出した。
天体観測、小さいころ、氷とわらべとわたと私でよく流れ星を見ていた。
「これなら、行けるかも」
少し力が抜けた。いや、だいぶ抜けたのか、机に頬をぴたりと付けた。
これなら、あの頃楽しかった思い出が戻ってくる。空白だった2年間が意味のあるものになる。
スマホで、「天体観測」を流そうとした時、部屋の戸を叩く音が聞こえた。
「っ、はい!」
「わさびちゃーん、お風呂入ろー!」
あめりんだ。時計を見ると、16時30分。もうそんな時間だったのか。
朝、用意した服とバスタオルを持って、私は部屋の外に出た。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後4時30分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
「あぁぁぁぁ、、、」
息切れしながら、小さく悲鳴を上げて倒れた。
バスケを辞めて2年でこんなに体力が落ちるとは。でも、体力テストには響かなかったけどなぁ。
「わらべお疲れ」
笑いながら俺の隣に座る葉凰。
「ここで疲れてたら次は続くのかー?」
なっ、と思った。
多分俺、煽られてる。
「まだまだ行けるっての!」
思いっきり立ち上がって、葉凰の方を向いた。
「次は何すればいい?」
返事はすぐだった。
「ボイストレーニング」
「ん?な、なんて?」
聞き馴染みのない横文字。
「だから、ボイストレーニング。上手く歌うためには順を踏まないとな」
「声のトレーニングってこと?」
「あーっと、そんな感じ、、、?あー、なんていうかー、、、説明しずらいから実践!」
取り敢えず直訳したが、さっぱり意味が分からない。説明しずらいのか、ボイストレーニングって?
「まずは基準のドの音、声出せる?」
「えーと、、、」
あー、と発声してみせた。
「そうそう!上手いじゃん」
「よしっ」
意外と上手く行けてたみたいだ。
「その音覚えててね。ドレミレドレミレドレーって、“お”の発音で歌える?」
「任せろ!」
俺は“お”の発音で歌ってみせた。
「おぉ、、、もしかして合唱部だった?」
「違うよ笑、上手かった?」
「すごいや、その調子で一個ずつ音を上に上げれる?」
「レミファミレミファミレーって?」
「そじゃなくて、さっきのやつを半音上げるってこと」
「は、半音?」
「あー、、、あ、そうだ」
さっきはできても、そういう専門的なものは覚えていない。
葉凰はスマホにピアノの画面を呼び起こした。
「ん?何これ」
「ピアノだよ。これで音が出る」
スマホをタップすると、音が出た。
「すご!」
「これに合わせて歌えばできるんじゃない?」
「よし、葉凰演奏たのんだ!」
俺は、肩幅に足を開いた。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後4時50分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
水筒に入っているお茶を一気に飲んだ。喉がガラガラしている。声がカスカスだ。
「低い声はよく出るんだな」
「あー、そうみたいだな」
さっき、だんだんと高くしていったら、シの音までしか出なかった。が、低くしていったら、だいぶ下のミの音まで出た。
その後も、空中自転車漕ぎをしながら、線路は続くよどこまでも、と歌ったり、リップロールをしたり、20分のレッスンが行われていた。
「休憩したら早速歌お」
「おお!来た来た!」
もちろんここまでも楽しかったのだが、一番の楽しみは、「天体観測」を歌うことだ。
勢いよく立ち上がる。
「歌える?」
「歌えるよ!」
即答した。ちゃんと聴いてたし、きっと歌える。
「んじゃ、音源流すからよろしく」
「任しとけ!」
葉凰は動画サイトを開き、「天体観測」を履歴から再生する。
と、音楽が流れてきた。なんだっけ、最初ってイントロって言うんだっけか。と、俺は不思議なことに気づいた。
─あれ、歌が始まらない?
なんでだろう。いつもならこの辺で歌が始まるのに、なんだか遅い気がする。曲も少しさみしい?
いろんな疑問が飛び交う中で、俺ははっとした。
これって、伴奏だけ─
ぶつっと音が途切れた。我に返るように顔を上げる。
「歌、始まってたよ」
「えっ、それってさ伴奏だけ?」
俺が不思議そうな顔をすると、葉凰は普通の顔で、「そりゃそうじゃん」と言った。立て続けに「歌は自分で歌うんだよ」とも。
「ええ、、、」
葉凰はかすかに笑った。
俺は考える。それじゃあ一向に上手くできないじゃないか。
それでも、俺はわさびに聴いてもらいたい。絶対に上手くなって、それから。
「じゃあ、タイミングだけ教えてよ」
「ん、分かった」
もう一回、と葉凰は再生ボタンをタップした。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後5時30分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
、、、どれだけやっても、やはり上手く歌えない。
入るタイミングを教えてもらっても、いつの間にか遅れていってるし、音程はバラバラだし、上手くできたと思ったら歌詞が飛ぶし、もうかれこれ30分ほど歌い続けた。
葉凰がお手洗いに行っている間、この部屋には俺一人だ。
ふざけているわけじゃないし、むしろ早く上手く歌えるように必死に食らいついている。
歌うって、才能を必要とするものなのだろうか。
俺は音楽をやったことがないし、というか音楽は苦手な方だ。
やっぱり俺には無理なのか、そうやって思った。
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後5時35分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
部屋に戻ろうとして、引き返した。
二階のトイレを使おうと思ったが、なんだか悪い気がして、階段をうろうろしていたら、まつりさんが声を掛けてくれたのだ。
だから一階のところを借りた。
引き返したのは、俺の視界に入った写真が気になったからだ。
よく見てみる。
映っているのは、大人数の人だった。ざっと数えて、10人くらい。センターに笑顔でピースしている少年少女三人と、渋々ピースしている少女一人の四人。その後ろには、小学6年生くらいの少年少女三人と、高校生くらいの少女一人。笑顔だったり、少し照れていたり、いろんな表情。さらに横や後ろには大人が計5人。独りは赤子を抱いているから、その子を入れると全体で14人だ。
どこで撮っているのだろうと気になって、さらに近づくと後ろから「おっ」という声が聞こえた。
「その写真、気になる?」
まつりさんだ。
「あぁ、ちょっと気になって。これって、なんの写真ですか?」
「これはね、8年前の写真なの」
「8、年前?」
そんなに昔の写真なのか。
「このかわいい笑顔で映ってる3人が左からヒョウくん、わらべ、わさびちゃん。隣で嫌々ピースしてる子がわたちゃん。」
ヒョウ、わらべ、わさび、わた。右の3人は聞いたことのある名前だ。ヒョウは無いけど。
俺は相槌を打ちながら黙って聞いた。
「後ろの人が左からわたちゃんのお兄さんのカナト、私、カスミ。小学6年生だね。隣はわさびちゃんの知り合いのお姉さんのマユさん」
予想は当たっていた。やはり、小学6年生。カナトと呼ばれた人は、細くて若干タレ目で、わたに似ている。
わさびの知り合いが隣だったのか。
「その他後ろにばーっといるのがみんなの家族。ここのおばあちゃんに可愛がられてるのがヒョウくんの弟くん。1才だったかな。」
ヒョウの弟。生まれたばかりだったのだろう。
というか、色々気になることがある。まず、家族が父母が四人しかいないこと。そして、おばあちゃんと、知り合いだと言っていたマユさん。この中で血のつながりが無さそうなカスミさん。
しかし、俺はなんとなく聞くことをやめた。
これだけでも、わらべのプライバシーにズカズカと踏み込んでしまっている。
「、、、そうなんですね。これは、花火大会?」
後ろに花火が映っている。
「そう、これ花火大会の写真なの!夏露町花火大会」
夏露は花火で有名だ。どんなところよりも、はるかに。
「、、、まぁ、最近はもう、みんなで行ってないんだけどね」
まつりさんが懐かしそうに、どこか寂しげに、笑いながら言う。
多分、前わらべに聞いた幼馴染みが関係しているんだろう。
俺が、ここから聞くのをさすがに断ろうとすると、まつりさんが口を開いた。
「でもこれ以上言うと、わらべに怒られそうだから止めるねー。練習、頑張って!」
この人は、終始素敵な笑顔だ。
「ありがとうございます」
まつりさんはリビングに走っていった。
改めて写真を見る。写真の中のわらべは、無邪気な笑顔で俺を見つめていた。
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後5時40分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
「ただい、、、ん?」
さっきまで元気だったわらべが、綺麗な体育座りで、しかも顔を伏せている。
「おーい、わらべー?」
「あぁぁぁぁ、、、」
「大丈夫そ?」
わらべは力なく唸って、全身の力が抜けたように、膝に頬を付けた。
「、、、音楽ってさぁ」
「?」
小さな声で低く唸るものだから、なかなか聞き取りにくい。それでも聞こうと、俺は耳を傾けた。
「音楽って、やっぱ才能のあるやつじゃないと無理だよなぁ、、、」
そういうことか。
こんなことでへこむなんて、わらべらしくない。
俺は、隣に座りながらあっさりと言った。
「音楽なんて誰でもできるよ」
「、、、」
「音楽に型は無いからね。自分の好きなように、好きな表現で、好きなやり方で気軽にトライできる。楽器が無いなら声を武器にするし、もちろん楽器があるなら技能を味方にできる。それも無理なら自分で楽器を作る」
「、、、?」
「ほら、最近はお菓子の空箱とかをドラムに見立てる人もいれば、木琴を改造して並べかえて、ボールを落として奏でる人でさえ。自分の隠れた特技を披露できるし、自分を最大に魅せることができる」
「、、、」
何も言わずに、わらべが顔を上げる。
「だから、できるよ」
わらべは、入学式当初、俺の隣の席だった。
一番最初に話しかけてくれて、それから本当に仲良くなれた。中学校は少し憂鬱だったけど、わらべのおかげで好きになれたのだ。
わらべにも、嫌いなものを少しでも好きになってほしい。俺には夢がないけど、わらべには夢があるのだ。そんな夢を追いかけていてほしい。
当のわらべは無表情のまま言った。
「、、、アカペラで歌ってみていい?」
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後5時45分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
もう一度、立ち上がった。
音源無しで、声だけで歌う。正直恥ずかしいところはあるのだか、やっぱり歌わないと意味がない。
わさびに届けるために、ましてはわたにも届くように歌うんだ。
音楽なんて誰でもできる。
音に捕らわれてどうしても歌いにくいなら、周りの音をなくせばいい。自分の音だけに、集中すればいい。
俺は目を閉じて息を吸う。
目を開けて、同時に声を出した。
「──♪!」
なんだか、どんどん口が先を行く。
どんどん音を奏でていく。
「、、、!」
葉凰が少し目を見開いた。
「──♪!!、、、」
多分終わった、これで演奏が、終わった。
肩で息をしながら何かが胸でざわめく。
そうだこれなら、アカペラなら、わさびの心に届けられる。
葉凰が拍手しながら、申し訳なさそうな声をかけてきた。
「なんか、ごめんな」
「え?」
「やっぱすごいわ、わらべ」
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後5時50分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
わらべは俺に水筒を手渡す。俺はそれを受けとる。
「なんかさ、ボイトレとか言って本格的なことしてたけど。そんなんよりさ、自然体のわらべの歌が好きだな」
寂しそうな笑顔で、なんだかミスったな、という口調で葉凰は話した。
「、、、でも、でもさ!」
分かる。本格的なことをやろうとして、でもそれより俺の素の方が優って聴こえてしまったのだろう?
「音楽をさっき教えてくれたのはお前だよ」
「、、、あぁ」
「もっと自由に、もっと創造的に。どうしても音に捕らわれるんだったら、音をなくそう、“天体観測”を俺だけの音にしようって」
「うん」
しっかり相槌を打ってくれている。
「だからありがとう、葉凰!音楽って最高だな!」
手を差し出す。だから、と話を繋げたつもりだったのに、全然繋げてなかったことに気づいて、少し焦りながら。
音楽はなかなか悪いものじゃなかった。
歌っているときだけ、スポットライトを浴びているように、なんだか俺だけがキラキラと輝いているような感覚に陥った。
すごく素敵で、すごく楽しかった。
葉凰は少しためらいながら、でも困ったような笑顔で「こちらこそ」と俺の手を握った。
そういや、と俺は話を切り出す。
「アカペラ、他の人のもなんとなく聴いてみたいかも」
「そうだよな、色んな表現方法もっと知りたいしな」
葉凰にスマホを渡される。俺は慣れない手付きで操作をし始めた。電子機器なんて、全然使ったことが無い。
やっとのことで、検索ボタンを押すと色々でてくる。
「一番上のにするか」
と、俺は押した後に気づいた。
「え、アカペラなのに6人?」
葉凰も気づいた。
「リレー形式で歌うんじゃないかな?」
そうじゃなかった。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後6時00分
愛知県 夏露町 黄昏家 わらべの部屋
「、、、!」
音楽、というか、音声が流れてくる。
楽器は無いはずなのに、ドラムの音がする。たくさんの声が重なって聴こえる。音楽の授業の合唱みたいな。
多分、俺は、俺らは、この音楽に圧倒されている。窓を開けてないのに、真っ正面から風を受けているように、髪を揺るがす。
─俺もこんな風に歌いたい。
真っ先に、そう思った。
ただただ、すごいと思った。
これが、アカペラ。
「、、、あっ」
いつの間にか、音楽が終わっていた。葉凰もはっとしたように、画面から目を離す。
「、、、すごかったな!!」
俺は目を見開いて、バクバクと跳ねる心臓を宥める暇もなく、葉凰の腕を掴んだ。
「あぁ!言葉で表しようがないくらい本当に、ただすごかった」
俺が知ってるアカペラは、一人で歌うだけのものだった。
でも、これは違う。
みんなで、一つの音楽を声で完成させる。
「俺、低い音が好きだったな!かっこいい!」
「俺は歌の方だな。独走するときなんて、本当にかっこよかった」
わくわくしながら、淡々とした言葉で感想を語り合う。
やばい、俺。
俺、アカペラが大好きになりそう。
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後6時05分
愛知県 夏露町 黄昏家 リビング
「今日はありがとうございました」
「いいのよ!それより、本当にご飯いらなかった?」
このまま長く居続けると、おかあさんに怒られてしまう。ご飯も食べてきた、なんて余計に。
「はい、そろそろ門限なので」
「そっか!、、、あ!」
まつりさんが何かを思い出したかのように、走っていって、戻ってきた。
「これ、お土産!渡す人迷ってたんだけど、いいところに!」
まつりさんが渡してくれたのは、友達と東京に行ってきたときのお土産のお菓子と東京タワーのキーホルダーだ。
「いいんですか?ありがとうございます!」
「ありがとな、葉凰!また来てよ!」
わらべにそう言われた。
「あぁ、また来る」
「─ん?この子がまつりの言っていたお客さんかい?」
「あ、始めまして」
突然、黄昏家のお父さんであろう人物が肩にタオルを掛けて出てきた。身長が、というか身体がデカい。肩に、横倒しにしたパイナップルを乗っけれるくらい。身長は、190、といったところだろうか。
「おお!よく来たね」
「さっくん、風呂上がったの?」
わらべがそうやって言うもんだから、俺は「?」と戸惑った。
それに気づいてまつりさんが、
「この家は父さんとか母さんを名前で呼ぶの」
と言った。
「そうなんですね」
俺が返すと、わらべが「あ、名前で呼んじゃった!」と困った表現で笑った。
「母さんはゆっちゃん、父さんは八朔(はっさく)さんだから、さっくん!隠してたんだけどなぁ」
「隠す必要無いだろう?」
八朔さんがははっと笑った。
「あ、そうだ、葉凰。送ってっていい?」
突然、そう言われた。
「ん?なんで?」
「や、犬の散歩があって」
え、この家犬もいんの?
「そういえば、今日はわらべの番だよね!行ってきたら?」
犬も見てみたい。し、帰ってくるときはできるだけ友達と帰ってきて、って言ってたし。
「じゃあ、ついてきてくれる?」
「いいよ!任せとけ!」
黄昏家の3人に頭を下げながら庭へ向かった。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後6時10分
愛知県 夏露町 黄昏家
「─この子が犬!」
「名前は何て言うの?」
「あんみつって言うんだ!」
「そうなんだ、可愛いなぁ」
女の子の犬。種類は秋田犬だったかな。
いつもは家の中に居るが、どうしても外で遊びたかったらしくて、さっきまでさっくんと遊んでいたのだ。
リードを着けて手首に巻く。
「行こう、あんみつ」
あんみつは元気に吠えた。
それから、他愛もない話をした。
家族のことを名前でなんて呼んでんの、とか、胡桃森楽しみ、とか。
葉凰は、普通におかあさんって、とか、願い池を早く見てみたいな、とか答えて。
葉凰の住むマンション入り口の前に立った時には、空がオレンジ色に包まれていた。
「それじゃあな、葉凰!」
「あぁ、またな」
お前もまたな、とあんみつの頭を葉凰が撫でる。あんみつは目をつぶって身体を震った。
葉凰の背中に手を振る。階段を上ったかと思いきや振り向いて、
「アカペラすごかったな!」
って言ってきた。
予想外で少し驚いたけど、あの感動はまだ耳の奥で響いていた。
「いつか一緒にアカペラしよう!」
俺はそうやって言った。足元で、あんみつも元気に吠える。
葉凰は笑顔でうなずいて、走っていった。
静かになった入り口で俺は目を細めた。
いつもこのくらいオレンジの時に、氷と俺は「またな!」っていう自動的な約束を口にしていた。
誰かと約束したのは久しぶりで、でも何か間違えた気がして、服の裾をぎゅっと握った。
涼路わた 6月3日 金曜日 午後6時35分
愛知県 夏露町 弓道練習場
「─ありがとうございました!!」
一人しかいない練習場に向かって叫んだ。
「お疲れ様」
袴姿でやってきたのはあにい─灯籠真弓(とうろう まゆみ)だった。
「あにい!お疲れー」
兄(あに)と兄(にい)の呼び方が合わさってあにいになった。あとは、ここら辺の方言的なのもあるらしい。
「じっちゃんが白玉作ってくれたし一緒に食べよ」
「やったね、食べよー」
じっちゃんは弓道練習場の持ち主で、隣に家がある。先生みたいに教える人だ。
あにいはじっちゃんの孫で、ここの後継者らしい。そして自分は、ここに通う最年長の中一。
自分にとって第二の家であり、第二の家族であるこの二人に可愛がって貰えて、まぁたいそう幸せなやつだ。って勝手に思ってる。
きな粉と黒蜜がかかった白玉を爪楊枝で食べる。甘くて美味しい。練習のあとにちょうど良い品だ。
「うまー」
「さすがうちのじっちゃん。料理もできるんだなー」
「なー」
と、後ろから「まゆみー」と声が聞こえた。
「じっちゃん!白玉美味しいよ」
あにいが答える。じっちゃんはこっちを向いた。
「おお、お前もおったか」
「そだよー」
「うまいか?」
「めっちゃうまい」
簡単な会話を繰り広げる。最後の一つをあにいに譲ってもらって、味わって食べながら時計を見た。
「あ、もう7時かぁ」
「ほんとだ。やっと外も暗くなり始めたね」
「んじゃ帰ろかな」
立ち上がって弓と着替えを手に持った。
「またね」
「来週も来いよー」
あにいとじっちゃんが言うのに対して「また来週ー!」と手を振った。
黄昏わらべ 6月3日 金曜日 午後6時55分
愛知県 夏露町 帰り道
無言で歩く。
湿った風が髪の毛を撫でる。蛙の鳴き声を聞きながら田んぼ沿いをひたすら行く。
春の気配は薄くなっていて、もう夏みたいだ。
もうすぐ梅雨だというのに、公園に遊びに行くのか。けど、テスト週間で勉強もしたくないし、ちょうどいいのかもしれない。
そういえば、と空を見上げた。
あいつには夢があるのかなって、ふと思った。夢っていうのは将来の夢から、これをやってみたいっていう小さな夢まで。
俺にはやりたいこともないし、始めたいこともない。バスケも辞めてしまってから気まずくて入れないし、部活もまだ入部していない。
早く決めないと担任に毎日、催促される。それがどれだけうっとうしいことか。
おまけに将来の夢も無いなんて、のうのうと生きすぎだ。
、、、でも。
月を見ながら思った。
まだ先で決めたい。やりたいこと、見つかるかもしれないから。
家を目の前にして、はっとした。
─俺、今まで気にしたこともなかったこと考えてる。
少し恥ずかしくなって、走り出した。
そんな恥ずかしさを「ただいま!!」の大声でかき消した。
涼路わた 6月3日 金曜日 午後7時00分
愛知県 夏露町 帰り道
─あれって、わらべだよね。
多分、そうだと思う。ただいまと大声で叫ぶ無邪気で純粋な彼の背中を止まって、たっぷり5秒も見ていた。あわてて目を反らしたときにはもう扉が閉まっていて、少し悪かったなという気がしてきた。
早くわらべとわさびと氷に会いたいなぁ、と唐突に思った。みんなで揃って、今年こそは8月の流星群を観たい。12月でもいい。
仲良くなれることを願って毎年、星座図鑑の流星群予定日表を確認している。その割には、一歩踏み出して大きなことをしない。
やっぱり引っ込み思案だ。
そろそろ家だな、というところでふと思った。
─もしかして、わらべ、仲良くなろうと話しかけてくれてる?
いや、そんなわけ。
ドアを開けて、わらべに負けまいと大声でただいまを叫んだ。
宵宮氷 6月3日 金曜日 午後7時05分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
ベッドに寝転がって、日記帳を開いた。今日は、このページ。
字の練習も勉強を好きにさせるのも兼ねて小学6年生から始めた。
もともとはわた、わらべ、わさび、俺でやっていた、みんなで一つの絵を描いて、一文ずつ今日のことをまとめる「絵日記」から来たのだ。
あの絵日記は、今も俺が持っていて、本棚に入ってる。
枕で日記帳を開いて、鉛筆で書き始めた。
─今日は日直だった!ごうれいかけたらみんなが返事してくれるのが、つながれてる感じがしてすごく良かった!給食は、教室でみんなで机をくっつけて食べた!カレーってやっぱりおいしい。帰り道の空はまだオレンジじゃなくて、夏が近づいたなって感じがする。夏になったら早くわらべに会えるし、みんなにもきっと会える。その日をもくひょうに、おれは明日もがんばるぞー!!!
びっくりマーク三つも付けちゃった。
完成した日記を読み返して、小さく笑った。
、、、今日もすごく、いい日だったな。
師走わさび 6月3日 金曜日 午後10時00分
愛知県 夏露町 からふるとまと
「もう一度君に会おうとして─、、、♪」
音源は学校に持っていけないから、アカペラで歌うしかなかった。
私は歌をぴたりと止める。
─なんか違う。
というかさっきから何してるんだろう。テスト勉強を中断して。期末テスト、大事なのに。
それでも手より口が動く。
と、コンコンとノックの音が聞こえて「寝る時間だよー、おやすみー」という棚本さんの声がした。
「おやすみなさい!」と私は応えてベッドに飛び込んだ。
寝る前にスマホで聴いておこうと、天体観測を呼び出す。やっぱり素敵な曲だ。
聴いてる途中で、アカペラってどんなのか聴いてみよう、という思いが出てきた。
「天体観測 アカペラ」と打って、何も見ずに一番上の曲を押した。
アカペラは、一人で音源無しで歌うこと。楽しみに広告を待ち、スキップボタンを押したところで、私は思わず、手に持っていたスマホを床に落とした。
涼路わた 6月3日 金曜日 午後10時00分
愛知県 夏露町 涼路家
もう10時だし、寝なきゃな。
そうやって思って髪ゴムを外した。でも、今日が終わってしまうのがちょっと名残惜しい。
日記は今日は面倒だからやめよう。
そんなことを適当に思ってテレビのリモコンを手に取った。
「─次は国立音樂大学“Music Troupe × Theater アカペラ部”より“天体観測”です!ではどうぞ!」
アカペラの番組だ。
アカペラって、一人で歌うやつだったよなぁ。確か。人がたくさんいるから、一人ずつリレー形式で歌うのかもしれない。
あんまり興味無いな、と思って消そうとしたその時、自分の手からリモコンが離れた。
黎明わた、師走わさび 6月3日 金曜日
午後10時05分 愛知県 夏露町
足元で、かつん、という派手な音を立てた。
これ、何人いる?
ざっと数えて6人くらい。
アカペラって、こんなに人数いたっけ。
一人一人が違う音を奏でていく。
ベースの音やドラムの音、高い音から低い音まで、六人の色とりどりの声が聴こえる。
何これ、何これ。
言葉にできないほどの、大きな衝撃だった。
よく分からないけど、すごい。
この気持ちを、この感動を誰かに表してもらいたい。
今、この瞬間にスマホのカバーを割ったのは/リモコンの電池カバーが取れたのは、私/自分だけだろうか。
こんなに素敵な演奏、聴いたことない。
そだよね。声の幅ってこんなにあったっけ。
私は、一緒に重ねて高い音を歌った。
自分は、ドラムの音を一緒に奏でてみた。
─すごい、私、今めっちゃ歌えてるかも!
─自分初めてだよね、すごい上手いじゃん!
アカペラは本当は聴いていたいけど、
何よりも先に口が動く。
あぁ、これだ!この感覚!
もっとこの時間が続いてほしいって!
私/自分は、アカペラを大好きになったんだ!
涼路わた 6月3日 金曜日 午後10時10分
愛知県 夏露町 涼路家
、、、あれ?誰と話してたんだろ。
そだよねって、誰に共感したんだ?
でも、今テレビで放送された瞬間に、聴いている全員がすごいという感情に全身を貫かれたんだろうな、って勝手に思った。
自分もその一人だ。
それより。
さっきの感動で、ドクドクと脈が大きく波打っている。なぜか過呼吸で、口角が自然と上がっている。
本当にすごかった。
と同時に、アカペラをやりたいという衝動に駆られた。
特にドラムのやつ。かっこよかった。
「、、、やってみよっかな!」
ははっと笑った。
すると、扉が小さな音で開いた。
驚いて振り向くと、兄ちゃんが立っていた。
「何してるの?」
唐突に聞かれて
「何もしてないよー」
と答えた。
「そっか。、、、?」
兄ちゃんが自分の足元に視線を落とした。
「どした?」
「いや、リモコン壊れてるなって」
「あ」
しまった。さっき落として壊したままにしていた。
「暴れてたの?」
「落としただけ」
「なんか怖っ」
「違うわ!」
自分がいそいそとリモコンを拾うのに対して、兄ちゃんは気にすることもなく、笑顔で椅子に座り、パソコンを開いた。
散らばった電池を入れ直し、カチッとカバーをつけてリモコンは直った。
「よーし、完成!兄ちゃんおやすみ!」
「ん、おやすみー、、、あ」
「?」
兄ちゃんが何かを言いかけたから、足を止めた。
「今日、わらべくん来てたよ」
「え、いつ?」
心底驚いた。まさか、わらべが本当に?
「わたちゃんが登校してすぐ後」
「え!」
そうか。だから朝、話しかけてきたんだな。もし、登校が遅れてたら遭遇してたかもしれない。そう思うと、少し怖かった。
「そなんだ、来てたんだ」
「うん。、、、それだけ!おやすみ!」
「おやすみ!」
それだけ、の一言で謎の沈黙を切ってくれた。
自分は二階に駆け上がる。
─って、早くわらべたちと話したかったら、怖いとか言ってられないよね。一歩踏み出してみれば良い話なのに。
それでも、その一歩が自分にとって重いのだ。
自分は布団にダイブして、天井を眺めた。
─早く仲直りしたいなぁ。
これ以上考えると寝れなさそうだから、何も考えず、睡眠に入ろうとした。
師走わさび 6月3日 金曜日 午後10時20分
愛知県 夏露町 からふるとまと
コンコン、とノックの音がした。
「まだ寝てないの?早く寝るんだよー」
「っ!はい!」
正直、びっくりした。大きく心臓が跳ね上がっている。棚本さんで良かった。見谷さんだったら、部屋の戸を開けられていた。
スマホの電源を切って布団に入る。
深く布団を被りながら、ぎゅっと目をつぶった。
─すごく、楽しかったな。
久々に、楽しいと笑顔で思った気がする。
なにより、上手く歌えた。
そうだ。わらべに歌うときはアカペラにしよう。
テスト勉強ができなかったという悔しさは消えた。けど、やっぱりテストが不安だ。
明日は一日中テスト勉強だな。
私は小さく笑った。
─第4章 静岡の旅
木暮葉凰 6月3日 金曜日 午後10時25分
愛知県 夏露町 木暮家 リビング
夕飯を食べながら、おかあさんに質問責めにされた。
何をしてたの、とか、誰と帰ってきたの、とか。こういうことに、本当に黙ってくれない。
おかあさんはすごく過保護だ。
俺には、家で自由にする権利は無く、料理も自分で服を決めることもできない。
だから、手伝おうとしても、「全然大丈夫」とか「そんなことより早く寝てね」とか、はぐらかされてばっかり。
そういうのを見ると心が痛くなる。
けど、分かってる。俺には今、お父さんと兄弟がいなくて、だからおかあさんは俺に心配をかけさせたくないんだろう。俺も、その立場だったら過保護になる
おかあさんはいつ、壊れてしまったのだろうか。
おかあさんはどこで、心を失くしてしまったのだろうか。
気づいているんじゃないのか?
知らないフリ、それだけなんじゃないか?
大丈夫じゃ、ないんだろう?
おとうさんは嫌いだ。
おかあさんは好きでも嫌いでもない。いや、本当は好きなんだろうけど、よく分からない。
ただ、前のように笑ってほしい。
「もとの家に戻りたい、、、」
おかあさんと、一緒に。
力なく呟いて、それから気を失うように眠った。
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午前6時05分
愛知県 夏露町 暁家 リビング
「んー、、、」
「どうしたの?愛華葉」
「いや、、、」
スマホを見ていると、お母さんに話しかけられた。
「静岡、誰と行こうかなって、、、」
「え、静岡!?」
「?うん、静岡」
「今日行くの!?」
「って昨日、言わなかったっけ?」
「聞いてないよー!」
え、嘘。
やっぱり私、最近自分らしくない。
わたと帰ってきて、その辺りからなんだかいつもより疲れを感じてた。学校でもらったトラベルガイドブックを読んで、ふと静岡に行ってみたいという衝動に駆られたのだ。
「んー、けど行きたいんだ」
「一人で?」
「いや、友達と」
そう言うと、お母さんの顔がぱっと明るく晴れた。
「いいよ、いいよー!行っておいで!」
「え、いいの?」
「もちろん!いつも若葉たちを見ててくれるお礼!」
良かった。衝動を止められなくて。
改めて、メッセージアプリ・connectの画面を見る。
んー。
わさびはだめ。いつも忙しいらしいから。
だとすると、葉凰?
でも最近会ったばっかりだし、、、。
いや、悩んでいても仕方がない。
私は思いきって通話ボタンを押す。connect特有の通話待機音が流れる。
─そういえば、朝早いな。
6時に電話とか迷惑だよね?
切ろうとした瞬間、「はい」という低い眠たい声が聞こえた。
木暮葉凰 6月4日 土曜日 午前6時10分
愛知県 夏露町 木暮家 リビング
こんな時間に、愛華葉からの電話?
何かあったのだろうか。
今日はなんだかすっきりと目が覚めた。わらべの家に行ったわりには、元気が有り余っているようで、今日もどこかに遊びに行けそうだ。
「─あーっと、葉凰?」
「ん?どした?」
「えーっと、、、」
あの愛華葉でも言葉に迷っていて、少し驚いた。
大丈夫なのか?
「なんでも言っていいよ」
「んー、そうだなぁ」
もったいぶって、愛華葉は言う。
「本当になんでもいい?」
「あぁ、いいよ」
「あの、、、─」
緊張感が増してくる。
俺は注意深く聞けるように、耳をすました。
「─静岡県に、行きませんか?」
「え」
なんだ、そんなことか。
それと同時に、本当に唐突だなと思った。
、、、ん、静岡?
今から?
?
「え!?」
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午前7時00分
愛知県 夏露町 俥留駅(くるまどめ)
「─おはよー、遅れてる?」
「いや、ベスト」
さすがに私が誘っておいて遅れるわけには、と急いで支度してきた。
私が駅に来てわずか2分後だから、本当に気を遣って早く来たんだなと思う。
「ほんとにありがとね」
「いや、俺も暇だし?」
「まじでありがと!!」
「んあ!?あぁ、気にすんな!」
本当に嬉しい。
こんな我が儘に文句一つ言わず来てくれるなんて。
今日は疲れが吹き飛ぶくらい楽しもうと気合いを入れるために大声でしゃべったときは、葉凰も大声で返してくれた。
楽しい。
今、この時点で。
「切符買お」
「よし、行くか」
私たちは駅のホームへと向かった。
木暮葉凰 6月4日 土曜日 午前7時03分
愛知県 夏露町 俥留駅
え、ここ無人駅なの?
いや、確かに人の気配ないけど。
トタン屋根で、なんだかこう、薄いというか、ちょっとでも風が吹けば飛んで行きそうな、本当に弱そうな駅だ。
そうやって愛華葉に言うと、
「一回俥留駅に謝罪した方がいい」
などという酷評を得た。
そういや、そんなことより─
「静岡で何すんの?」
「みかん食べる」
「ざっくりだね」
「それでいいんだよ」
何も考えてないんかい。
けど、普通旅行するなら、もっとスケジュールを組んでおくものなんじゃないのか?
なおさら愛華葉なんて、本当にきちんとしてるのにざっくりなのは、どうしてだろう。
考えれば考えるほど、頭が痛くなってきたからやめた。
「あと、桜えびも食べたい」
「食い物ばっかだな」
「うるさい」
そう言って、愛華葉は俺の肩をバシバシ叩く。
「いてーよ、ごめんって」
半分笑いながら、俺は言った。
そうこうしているうちに、電車は俺らの前で止まった。
「ご乗車、ありがとうございました。足下に気をつけてお帰りください─」
そんな車掌の声を聞きつつ、電車の中に入った。
暁愛華葉 6月4日 土曜日
午前10時38分 静岡県 紅無町
電車で二時間半。
私たちは静岡県に上陸した。
「おー。紅無って夏露みたいな田舎だなぁ」
「ね、緑が多い」
さっきは何も予定していないと言ったが、実は予定していた。
まずは、午前でシーカヤックを体験しに行く。
その後に、海沿いに天ぷらの店で桜えびのかき揚げが乗ったうどん、みかんかき氷を食べる予定だ。
午後の予定は昼食の時に、葉凰と決める。
その事を葉凰に言うと、「なんだ、スケジュール組んでるじゃん。良かった」って返された。
良かったって、なんだろう。
スケジュールを組んだ、型にはまったものが葉凰には合ってるのかな、などと思った。
「そういや俺、静岡はじめてかも」
「私もそうだな」
「え、家族旅行とかで来ないの?」
「うん。忙しいし」
弟や妹、自分の学校行事がたくさん連なって、なかなか来れないのだ。
「まぁ、4人も下の子いれば忙しいよな」
「よく分かるね」
「ん?さっき自分で言ってたじゃん」
「そうだっけ?」
あぁ、やっぱり違う。
いつもなら何を話したとか覚えてるし、家のことは言わないんだけどなぁ。
「、、、飯、楽しみ。舟のやつも」
「あ、私がおごるから。安心して」
「ほんとに?や、自分で払うよ」
「いや!ついてきてもらったし、せっかくだから」
「んじゃあ、よろしく」
せっかく我が儘聞いてついてきてもらったのに、それは悪い。私がここは一歩出るべきなのだ。
他愛もない話をしながら、歩いていた。
歩く度に、潮の匂いが近づいてくる。何百本と連なった松の林道をこえた先には、海が広がった。
今日は晴れだから、水面の色と空の色が溶け合って、いい具合の青が私たちを包んでいた。
木暮葉凰 6月4日 土曜日
午前10時45分 静岡県 紅無町
海、何気に久々に見たな。
宮崎にいた頃は近くにあったが、引っ越してから全然見なくなった。
すごくキラキラしていて、これ以上無いくらいに青が澄んでいて、綺麗だ。
「シーカヤックって何?」
突然、愛華葉にたずねた。
俺は何も知らなかった。シーカヤックの体験の予約は、なんと今日の朝電話して取ったらしい。
偶然にも、俺らだけが体験の予約者なのだ。
あいつってすげーよな。そうやって、改めて思った。
「シーカヤックっていうのは、カヌーみたいに、海の上でボート浮かべて、二人で漕ぐやつ」
「難しくない?」
「んー、分かんないけど、ロケーションとかにはオススメって言ってた」
カヌーに乗ったことがない。が、テレビで観たことがある。非常に難しそうだったが、、、。
まぁ、せっかく来たし、静岡を満喫していこう。
たまにはいろんなことに挑戦するのも大事だよな。
「いいじゃん。やってみたい」
「ほんと?良かった」
まだ終わってないが。
嬉しそうに、愛華葉が言った。
しばらく黙っていると、愛華葉が急に、
「静岡、満喫するぞー!」
と叫んだ。
「うお、びっくりした」
どういう心境だよ。
「どうせ来たし、楽しもっかなって」
「そだな。俺も楽しみだわ」
何がなんだか分からないが、ともかく。
俺と愛華葉の静岡旅が始まったみたいだった。
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午前11時10分
静岡県 紅無町 シーカヤック体験場
「─改めてよくここまで来たね!静岡、古狭湾(ふるさ)にようこそ!綺麗な海と素晴らしいカヤックの旅へ行ってらっしゃい!」
、、、テンプレ?台本?
言い忘れていたかのように、テーマパークのスタッフのようなセリフが来た。
先程、約20分の説明を終え、やり方を少しだけ身に付けたところで、シーカヤック体験がスタートした。
2人乗りの舟で、前に私、後ろに葉凰が乗るスタイルだ。
スタッフであるおじさんたちは、皆、笑顔で見送ってくれた。
一人一つパドルを持って、ゆっくりと漕ぐ。
「1、、、2、1、、、2」
地味に遅いペースでひたすら進む。
「海広いなぁー」
「ね。、、、あ!」
「んあ?どした?」
適当に返事したその時、私は見つけた。
「珊瑚礁!」
「え?、、、おお、本当だ!」
前しか見ていなかったが、ふと下を見てみると珊瑚礁が広がっていたのだ。葉凰も下を見て驚いている。
「初めて見た!社会の教科書でしか見たことなかったんだよー」
「珊瑚ってほんとにあんだな。、、、お、魚もいるじゃんっ」
鮮やかなオレンジのクマノミとコバルトブルーのナンヨウハギが透明な海を泳いでいた。
海風が気持ちいい。
進めば進むほどさらに透明度を増す海に、二人で感動し、時々舟の周りに群がる魚たちを二人で可愛がり、さんさんと光る太陽とそれを受けてキラキラと瞬く水面に二人で見とれた。
本当に、久しぶりに、楽しいと思った。心から笑えていると思った。世界で一番私たちが輝いている、そう思えた。
木暮葉凰 6月4日 土曜日 正午12時
静岡県 紅無町 シーカヤック体験場
「─ありがとうございました!」
「はーい、また来てねー!」
海の散策はあっという間に終わってしまった。
しかし、本当に素晴らしい旅だった。
愛華葉と馬鹿みたいにはしゃいだせいか、とっても空腹だ。
「愛華葉、まじで楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、私も楽しかった」
来て良かった。そう思った。
「次はどこ行く?」
「“しおや”ってところに行く」
「おっ、飯だ」
愛華葉は桜えびとみかんを食べたいって言ってたし、俺もがっつりと食べれそうだから、ちょうど良い。
シーカヤック体験場から歩いて10分、小さな木組みの、和風な建物に着いた。
木暮葉凰 6月4日 土曜日 午後12時10分
静岡県 紅無町 静岡食堂・しおや
「いらっしゃい!」
のれんをくぐり、引き戸をスライドすると、威勢の良い声が聞こえた。
端のテーブル席を取り、メニューをながめる。
「んー、どれにしよっかな」
「私はもう決めたよ」
「え、どれ?」
早いな。それも決めてたのか。
「“桜えびのかき揚げうどん”と、“みかんかき氷”」
「おー。、、、それじゃあ俺は、、、」
これは、友達の金で食う飯だ。さすがに高いものは頼めない。その中でも、俺の食べたいものを選ぶ。
「“しらす丼”と“みかんかき氷”」
「よし、決まり」
ベルを鳴らそうと、机の端を二人で探ったが、見つからない。
え、そんなことあんの?
二人で困惑していると、店員がそれに気付き、声をかけてくれた。
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午後12時15分
静岡県 紅無町 静岡食堂・しおや
「ベル、無いんだね」
「な。まじで焦った」
私は笑った。
二人で探したが、なかなか見つからなかったのは、もともとベルが無いためか。
「─席池、楽しみ?」
私は、その響きではっとした。なんだか、現実に戻されたような気分だ。
私は気落ちした顔を見せないように、笑顔で「楽しみ」とだけ答えた。
葉凰はそれに気づいたのか「あ、ごめん」と謝った。
「謝んないでよ」
「だってさ。ほら、学校のこと忘れたいんかなって」
あぁ。葉凰をあざむくことはやはり不可能だ。
「よく分かるね。とくに嫌なことは無かったんだけど、なんとなくやる気なくてさー」
どうしようもない、という顔で言うと、
「そういうこともあるって」
って返ってきた。
「愛華葉って完璧そうに見えるからさ。けど意外に人っぽくて逆に良かった。たまには休んで、楽しんで、また頑張ればいいし」
「そだな」
私は愛知県で生まれて、山形に小学4年生までいた。山形の学校にいた頃は、たまに、遊びに誘われることがあったが、何かたくらまれている気がして、行けなかった。友達といることがよく分からないけど怖かったのだ。
家族といる方があたたかくて、幸せで、ずっとれで良いって思って。
守られてる感じがして、安全、安心が保証されている気がして、友達を作ることはしなかった。
愛知に転校してきてからも、うまく馴染めずずっと一人だったけど中学校に上がって、さすがにコミュ力付けなきゃな、とみんなに話しかけたり、仲良くするようにしてるけど。
もしかしたら、人と居ることに疲れてるのかな。
人付き合いなんて慣れないもんな。
多分、そうだ。
慣れないことをしたから、充電切れなんだ。
にしても。
葉凰といて楽しいのはなぜだろうか?
それは葉凰も思っているのか?
気になっても訊けない疑問を、私は心の奥にしまった。
「─お待たせしました!しらす丼の方ー」
「はい、俺です」
葉凰が食べずに待っていたから、「先に食べな?」と言うと、「愛華葉と食べたい」って返ってきた。
それって、申し訳ないって意味だよね?
お金私が払うから謙遜してる、そうだよね?
この旅で、こんなに人と仲良くなれるとは。嬉しくて、顔が爆破しそうだ。
笑顔で待っていると、葉凰がふっと笑った。
「な、何?」
私が聞くと、
「いや、別に?」
と返ってきた。
が、葉凰の笑い声はどんどん大きくなる。
「何?なんか付いてる?」
「なんもないって」
なんか怖いわ。
けど、大声で笑う葉凰、意外と初めてかも?
なんとなく外を見ると、さっきまで青かった空は、暗いグレーに包まれていた。
宵宮氷 6月4日 土曜日 午後12時25分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
「─ねぇ、じいちゃん!外暗いよ!」
さっきまであんなに青かったのに。
「あぁ、もう梅雨だからなぁ。いつ雨が降るかなんて、俺も分からん」
梅雨。
そうか、もう6月か。
梅雨が来るなんて天気予報やってたかあまり観ていないが、とにかくもうすぐ雨が降る。
「洗濯物、しまった方が良いんじゃない?」
「そうだな。しまいに行ってくるわ」
ガタッと椅子から立って、二階へ向かう。
「じいちゃん、俺も行く!」
「おお、頼もしいな。ついてこい」
ベランダに出るために、大窓を開けると、目の前に灰色の風景が広がった。
なんだか湿った空気をたっぷり吸うと、何か新しい、楽しいことがある予感がして、俺の胸をくすぐった。
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午後12時30分
静岡県 紅無町 静岡食堂・しおや
「桜えびのかき揚げうどんの方ー」
「はい」
「かき氷は食後にお持ちしますか?」
「あ、どうする?」
「溶けちゃうし、食後かな」
「食後で」
「かしこまりました」
にこやかなお姉さんが戻っていく。
「待たせてごめん」
「いいよいいよ。しらす丼、冷めるもんじゃないし」
「みそ汁は?」
「気にすんなって」
葉凰はどこまでも優しかった。
いただきます、と二人で手を合わせる。
葉凰はワサビとしょうゆをしらす丼にかけて、口に運んだ。
私はアツアツのうどんを食べた。
「うまいよ、これ」
「んー、かき揚げおいしい!」
笑顔で、でも黙って食べ進めていく。
トレーにのった、豪華な食事は15分で綺麗になってしまった。
先程みかんかき氷も食べたから、満腹である。
「「ごちそうさまでした」」
丁寧に手を合わせて言う。
「んじゃあ、払ってくる」
私がそう言うと、
「本当にありがとう」
とお礼を言って、葉凰は先に店を出た。
値段は、二人で1650円。
まあまあ安かった。
「ありがとうございました」
「またご来店くださーい!」
「ありゃーとーざしたー!!」
すごい勢いの声に押されるように、店から出ると、私は本来の6月の空気に包まれた。
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午後12時20分
静岡県 紅無町 静岡食堂・しおや 前
「なあ、愛華葉、、、」
私は真っ先に、どうしよう、ではなく、申し訳ないという思いが出てきた。
「ごめん」
「あやまらないで、天気が悪い」
葉凰は静岡の空に目を向けた。
─大雨だった。
朝は晴れていたから、もちろん傘なんて忘れた。
天気のチェックも、していなかった。やっぱり、私って、私?
「どうする?」
葉凰がきく。
ここの店の前にいるのはなんだか邪魔だ。
「行きにあった、小さなバス停に行こう!」
そこなら、屋根もベンチもあったし、休みながらこれからの予定を話すことができる。
私たちは走り出した。
木暮葉凰 6月4日 土曜日 午後12時21分
静岡県 紅無町
ひたすら、走る。
雨は容赦なく、俺らを叩きつける。
身体は冷たく、肺は酸素を求め、視界は悪かった。
「葉凰、大丈夫!?」
「ああ、俺は大丈夫!お前は!?」
「大丈夫!」
これじゃあ、おかあさんにまた、怒られてしまう。
けど、もうどうでも良かった。
早くバス停に─!
視界にうっすらとバス停が見えた瞬間、俺の足は雨をのせたアスファルトにとられた。
「なっ、、、!!?」
「葉凰─!?」
俺の身体は一回転した。
宵宮氷 6月4日 土曜日 午後12時25分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
「!?」
俺は窓から眺めていて、強く脈打った。
びっくりした。俺が眺めていた、同い年くらいの人がこけた。
大丈夫だろうか。
他の方の人が駆け寄る。
どうしよう。
俺も行こうかな。家で手当てさせたほうが絶対に良い。そうだ、行こう。
なんて言われたって、俺は止まらない。
だって、あの人たちを見てる度に、鼓動が加速していくから。夢が、俺の目の前まで来ている、そんな感覚がしたから。
雷が鳴り始める。
そろそろ危ない─!
俺は階段を駆け下り、サンダルを履き、ドアから飛び出した。そして俺は声をかける。
「大丈夫かあー!!?」
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午後12時26分
静岡県 紅無町
誰かが、来た。
私、呼んだっけ?
「俺は大丈夫だよ」
「ついてきて!」
ハッと、して男の子のほうを見る。
赤い髪に、赤い瞳。
同い年くらいの子が葉凰の返事をきくまでもなく、肩を貸す。
私が、悪かった。
だから葉凰はケガをした。
せめて、手伝わないと。
「私も手伝う!」
肩を貸して、3人で目の前の古民家に向かった。
木暮葉凰 6月4日 土曜日 午後12時21分
静岡県 紅無町 宵宮家
「じいちゃん!!いるー!!?」
男の子が大声で、人を呼ぶ。
「ああ!?、、、誰だ、そいつあー!!?」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!!包帯とか、ある!!?」
この人たち、非常に声がでかい。
男の子のおじいちゃんだろうか、男の人は俺のひざから足首にかけて大きくできた傷を見て、走って何かを取りに行った。
「その傷洗ってこい!!」
おじいさんは男の子に言う。
「お風呂場来れる?」
優しく俺にきいてきた。
「すまん。行こう」
一応、愛華葉の顔を見ると、泣きそうなひどい顔をしていた。
愛華葉は何も悪くない。
俺が気を付けなかったのがいけないのだ。
痛いと言えば痛いが、小さい頃、こけて泣いたときのような感覚ではない。気にしないことだってできる。
あとで、ごめんって言おう。
俺は風呂場についていった。
宵宮氷 6月4日 土曜日 午後12時30分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
「─これでよしだ」
「葉凰、痛くない?」
俺がきくと、
「ああ、ありがとう」
とかっこよく答えた。
「本当にごめん、葉凰」
愛華葉は申し訳なさそうに、葉凰に話しかけた。
「俺が悪かった。気を付けなかったから」
「その傷、痛いよね」
「気にならねーよ、大丈夫。というか、逆にすまん。静岡旅、邪魔して」
「あやまんないで、葉凰が」
優しい人たちだ。人のことを気遣えて。
「じいちゃん、ありがと!、、、にしても、雨強いなあ、、、」
窓を雨が打ち付けている。
「お前たち、帰れるか?」
少し考えているみたいだ。
「雨強いからな」
「帰らないと心配するよね、みんな」
俺とじいちゃんはうなずいた。
「お母さんに連絡したらどうだ─」
そう、じいちゃんが提案したとき、
「、、、っ、だめだ!!」
葉凰が大声を出した。
「葉凰?」
俺がきくと、
「あ、、、すまん」
と我に返り、あやまった。
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午後12時40分
静岡県 紅無町 宵宮家
「─速報です。先ほど、大雨警報が中部地方全域に発令されました」
「わっ、電車動くかな?」
氷が言う。葉凰はスマホを操作しながら、
「ああー、動いてねえな、こりゃ、、、」
とつぶやいた。
「帰れないね」
私は一言ぼやく。
「ほじゃ、どうする?道路も電車も動かんし、、、」
おじいさんが言った。
このままでは、本当に帰れない─
と、氷が明るい声を出した。
「じゃあさっ!うちに泊まって行きなよ!」
「「え?」」
二人で声がハモった。
「動かないなら、うちに泊まってこ!緊急事態だし、しょうがないし、、、。久々に同級生と泊まるし!」
氷がわくわくしながら言い終えると、おじいさんは、
「そうだな。動かないし、それがいい。お前らが良きゃそうしよう」
「布団もあるし、その服洗濯できるし、浴衣貸せるし!」
ここまで親切な人は初めて見たかもしれない。助けてもらったあげく、部屋にあげてもらって、さらに泊まるかどうかの提案まで。
私は葉凰に「どうする?」ときいた。
「、、、愛華葉は?」
「私は、、、。本当に図々しいけど、泊まってもいいかな」
「やったあ!」
氷が声をあげる。
「俺もじゃあ、、、。、、、あー、、、」
数秒悩み、私の方を向く。
「、、、泊まろっかな」
「よしっ!!決まりだー!!」
おじいさんは、「風呂入れてくる」と歩いていった。
氷は、「二人分の布団敷いてくるから待ってて!」と、二階へ走る。
そして、応接間が静かになる。
木暮葉凰 6月4日 土曜日 午後12時21分
静岡県 紅無町 宵宮家
「、、、本当にごめん、葉凰」
まだ言ってる。
全然大丈夫だ。どうせ治るし、氷たちに手当てしてもらってから痛みは引いてきた。
「わがまま聞いてもらって、朝早く出てきてもらって、ついてきてくれたのに」
その点に関しては気にしていない。むしろ、俺はこの静岡に来て良かったと思う。息苦しい家から出れて、友達と遊べて。愛華葉には感謝しかない。
「俺は、良かったよ」
「、、、何が?」
思っていてもしょうがないから、口で伝えることにした。
「家にいるの、嫌だし、休日に友達と遊べて嬉しいし。こうやって他の人の家に泊めてもらえて、良い思い出ができたじゃん。俺は嬉しいよ」
「、、、」
愛華葉は目だけでそっぽを向く。
「静岡につれてきてくれて、ありがとう」
「、、、どうも」
分かってくれたみたいだ。
にしても、照れくさいな。顔がぶわあっと熱くなる。俺は手で顔を隠した。
宵宮氷 6月4日 土曜日 午後9時30分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
「─えっ!?愛知から来たの!?どこに住んでる?」
「私は夏露。葉凰は?」
「俺は冬雫だよ」
「わあ!!俺の友達と一緒だっ!!」
俺は声をあげた。
さっき、一緒に夕飯を食べて(今日は美味しい焼きそばだった!)、もう夜だからと、布団を敷いたところだ。俺たちは、当然寝ること無く、話すことを続けていた。なんだか、修学旅行みたいでわくわくする。
この人たちは、愛知県から来てて、俺がもともといた夏露にいる。
ということは、もしかしたら中学校も、同じかもしれない。俺は聞いてみる。
「夏露中?」
「うん」
「一緒じゃん!俺、運良いかもっ!」
「友達の名前は?」
葉凰に聞かれる。鼓動が加速してくる。名前を呼びたくて、どうしようもなかった。
「わたとわさびとわらべ!」
わくわくしながら返事を待つ。と、二人の顔が驚きの表情に変わった。
「俺、わらべとわたと友達だよ。わさびは知らないけど、テストになるたびに名前聞くかも」
「私はわたと、わさびと友達。わらべって、部活入ってない、元気な男子じゃなかったっけ?」
「わたわたが人気者だっ!わらべも元気そう!わさびも頭良いなあ~!」
俺が知っている、わらべとわさびだ。わたわたはどっちかって言うと引っ込み思案だったから、少しびっくり。
「わたは人気者っていうか、有名人だな。マイペースで。誰にでも優しくて、なんか元気だよ」
「え!?あのわたわたがっ!?」
嘘っ!
そんなに元気なのっ!?俺、嬉しい!
「わたって昔どんな感じだったの?」
愛華葉に言われて、俺はしゃべる。
「わたわたはね、恥ずかしがり屋で、写真に写るのをよく嫌がってて、、、。勇気がなかなか出せない子だったな」
「え、今のわたじゃ考えらんない」
愛華葉はうんうんとうなずく。
なんだか、嬉しい。この人たちに俺の仲間の話を共有できるって、すごい楽しい。
「わらべは?」
「葉凰詳しいんじゃない?」
「わらべはなあ、、、」
今度はわらべのことを聞いてみた。
葉凰は天井を見ながら腕を組んで考える。
暁愛華葉 6月4日 土曜日 午後10時30分
静岡県 紅無町 宵宮家
それから、いろんな話をした。
わらべは、元気で人懐っこくて、優しくて、天然で面白い男子だって聞いた。
氷はわらべの昔の姿と変わらない、俺の最高の友達でいてくれてるんだって喜んでた。
わさびのことは氷から、頭が良くて、勉強ができるけど、よく氷たちの悪いノリに合わせてくれていていい人だった、一緒にいて楽しい人だと聞いた。
私からは、いい人だ、その通りだって、それだけしか言えなかったけど。
今日1日、なんだか楽しくて、とってもわくわくして、でも最後に大切な仲間にケガさせて、その後に新しい出会いがあって。
泣いて笑って、楽しんで悲しんで、とても面白かった旅だった。
少し寂しいけど、明日は帰ろう。
美しい思い出を抱えて、笑顔で帰ろう。
「そろそろ寝よっか」
氷は部屋の電気を消す。
「おやすみ!」
「「おやすみ」」
私は横を向いて、小声で葉凰に話しかけた。
「楽しかったね」
葉凰は笑って、「楽しかったな」と言った。
「─なあ、愛華葉って」
「ん?」
少し間を空けて、思い切ったように話しかけて来たから、びっくりした。
「妹とか、弟とか、お母さん、お父さんのことって、好き?」
「もちろん」
思いがけない質問だったが、即答した。
私はみんな大好きだ。
ちょっと大袈裟なリアクションをするお母さんも、笑顔を絶やさないお父さんも、弟の魁斗も、若葉も翔瑠も心華も、大好きだから。
「そっか」
と、どこかからうるさい寝息が聞こえてきた。
寝息というか、いびき。
氷の方を向くと、彼はもうぐっすりと眠っていた。
私たちは顔を合わせて笑った。
数時間ぶりに、腹の底から笑った。
それから、葉凰は
「おやすみ」
と言った。
「おやすみ」
にしても、なんであれを聞いたんだろう。
私の身内の話に興味を持ったのかな。
ああ、色々知りたい。
わたの過去と現在の食い違いも、わさびのいいところも、わらべっていう人のことも、葉凰のことも。
私は、眉間にシワが寄っていたことに気付く。
なんだかそれが面白くて、顔だけで笑って、それから眠りについた。
─また学校に行った日に、聞こう。
木暮葉凰 6月5日 日曜日 午前5時08分
静岡県 紅無町 宵宮家
─朝、来たのかな。
なんとなく意識が戻ってきて、目を開ける。
目覚めが良い。敷布団も、悪くないな。
起き上がって辺りを見回すと、愛華葉はきちっと布団の中に収まっているのに対して、氷は布団ははがれていて、枕が床に転がっている。二人の対比ぶりは面白かった。
今から一階に行っても、迷惑をかけるだけか。
おじいさんもまだ寝ているだろう。
俺がもう一度寝ようとすると、
「おはよう」と、右から声が聞こえた。
「氷。おはよう」
「寝れた?」
「寝れたよ。いつもベッドだけど、敷布団もいいね」
「良かった」
氷は笑った。
「じいちゃん起きてないしなあ」
「ごめんな、早く起きて」
「どうってこと無いよ」
そう言いながら、氷は窓に向かって歩いていく。
「何するの?」
「ベランダで日の出でも見ようよ」
わくわくするような声色で、俺に言った。
宵宮氷 6月5日 日曜日 午前5時15分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
わぁーお、俺って大胆でかっこいい!
友達と日の出見るなんてめったに無いだろう。
「あ、日出てるね!」
「本当だ」
オレンジ色の綺麗な星が、優しい光を発しながら昇ってきた。そのオレンジは、海を徐々に呑み込み、青は緑と色が変わる。海風は爽やかで、若干強めに俺らに吹き付けた。朝が来たみたいだ。
「綺麗だね」
「昨日雨降ったとは思えないでしょ」
「ああ」
俺はくるっと後ろを向いて、柵にもたれかかる。
「雨が降ったら、いつか絶対に晴れるんだ。日が昇れば月だって上る。物事には必ず反対があって、いつまでも長続きする訳じゃないんだ。悪いことがあれば、次は良いことが来る」
葉凰は俺の方を見た。
「良いことが起これば、悪いことがある。でもそれって、いつまでもそのことを根に持ってたら、良いことは来ないよね。だから、悪いことはすぐに吹き飛ばして、良いことが起きるように願うんだ。そうすれば、ハッピーになれる!これが俺のモットー!」
ゆっくりと俺は葉凰の方を見た。
「いいでしょ?」
なんか、言いたい気分だった。
運命的に出会えたこの仲間に、俺は言いたいことがあった。俺を覚えていて欲しかった。
夏休みまで、俺らの絆は確かめられないけど。
でも、葉凰に会えて確信した。
俺は会える。3人に会うことができるんだ。
「お前─って、何者?」
葉凰は途切れ途切れに質問する。
「なんで、わらべたちを知ってるの?いつから、友達なの?もしかして、あの写真の、ヒョウって、、、」
「─俺はね」
暁愛華葉 6月5日 日曜日 午前6時02分
静岡県 紅無町 宵宮家
「んー、、、よく寝た」
辺りを見回す。
氷と葉凰がいなかった。
「どこ行ったんだろ?」
立ち上がって、髪の毛を軽くゴムで結んだ。
と、「あ、愛華葉!おはよ!」という明るい声が聞こえた。
「飯食おうよ」
「おはよ。お腹空いたね」
私は一階へ向かった。
「─ごちそうさま!」
「朝食、ありがとうございました」
「ごちそうさまです」
食器を持っていきながら、おじいさんに声をかけた。
「おお。、、、ほじゃ、畑行ってくるでな。気を付けて帰れよ」
「はい。本当にありがとうございました!」
「また来てな」
おじいさんは外に出ていった。
今日の朝は、ごはんと里芋のみそ汁、鮭の塩焼きという、なんとも美味しい和食だった。
「俺、洗濯物干してくるから、帰ってていいよ!」
いや、なんていい人なんだろう。けどそんな訳にはいかないから。
「私も手伝うよ。お礼にさ」
「あー、じゃあ俺は食器洗う」
「いいの!?本当にいい人たちだね、ありがとう!」
いい人なのは氷の方だよ。
私は氷についていくために二階へ行った。
宵宮氷 6月5日 日曜日 午前6時45分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
「んー、今日も良い天気っ!」
「そうだね」
俺は、じいちゃんが洗ってくれた洗い立ての服をカゴから出してハンガーにかけて洗濯ばさみで止める。愛華葉はそれを物干し竿にかけてくれた。
「─ねぇ、氷ってさあ」
「ん?どしたの?」
愛華葉が何か質問してくる。
「わさびたちと仲良いってことは、愛知にいたってこと?」
「そうだよ」
突然の質問だった。そう、俺はもともと愛知にいたのだ。
「なんでここに来たかは聞かないけど」
「うん」
また何か質問するのかな?
「なんで、仲良くなったの?」
洗濯物がなくなって、最後のハンガーを渡してから、俺は愛華葉のところへ行った。
この子たち、不思議だな。
同じことを聞いてる。
なんで仲良くなったか、どうして3人を知っているのか。俺は、何者なのか。
二人とも仲が良くて、住んでる場所も近くて素敵だな、いいなって思う。
俺は、はははっと笑って愛華葉に言った。
「葉凰と、同じこときいてる」
愛華葉はきょとんとした。
木暮葉凰 6月5日 日曜日 午前7時30分
静岡県 紅無町 宵宮家
「─それじゃあ、またな!」
「ほんとにありがと!」
「うん!また来てね!!」
氷は俺らに大きく手を振った。
「電車間に合う?」
「間に合うよ」
良かった。家には帰りたくないけど、時間は過ぎる。だから、行かなきゃ。
切符を買って、駅で電車を待つ。
その間に、愛華葉は口を開いた。
「、、、葉凰、氷にきいたんだ」
「え、何を?」
ん、俺まずいことしたか?
「4人の話だよ」
「あ、愛華葉もきいたの?」
「うん」
今日の朝、氷に聞いた、わたとわさびとわらべの、友情物語。愛華葉もどこかできいたんだ。
「なんか、アニメみたいだよな」
「分かる。銭湯で会うとか、星見たりとか、素敵だよね」
本当に羨ましくて、綺麗な話だった。最後黙って転校したところは、クライマックス前、みたいな感じがする。
「四人とも、会えるといいね」
「ああ」
幼馴染みとのケンカ。それを先週、わらべは美術室で言ってくれた。幼馴染みとはわたとわさびと氷のことなんだ。
電車が俺らの前に止まり、乗り込んだ。
ふと、俺は愛華葉に共有しようと思った。普段は口がかたいが、二人で四人の話を聞いただけで、かなりプライバシーに踏み込んだ。だから、言う。
「、、、わらべさ、この間、俺に言ってくれて」
「何を?」
愛華葉は優しい顔できいてきた。
「氷たちのこと」
愛華葉は黙って聞いてくれた。
─第5章 昔話
宵宮氷 6月5日 日曜日 午前8時00分
静岡県 紅無町 じいちゃんの家
二人とも、帰って行った。
また会えたらいいな。
二度と無いかもしれないこの縁に深く感謝した。
俺は、彼らに話した。
わらべのこと、わさびのこと、わたわたのこと、俺のこと。
いままで、誰にも話してこなかった物語を話そうと思ったんだ。俺さぁ、話したかったんだよ、誰かに。俺の気持ちを、俺らの物語を。
─ねぇ、葉凰、愛華葉。
聞いてくれてありがとう。また会いたくなったよ、二人に、あの三人に。
俺らの物語は、いつしかの春の日に始まったんだ─。
宵宮氷 2013年 5月3日 金曜日 午後5時30分
愛知県 夏露町 銭湯「榎山の湯 夏露温泉」
─その日はちょうど、暖かい春の半ばだったかな。
世間はゴールデンウィークで、どこへ行こうか、こんなところに行きたいという会話で溢れかえってた。
『わたわたー、雑巾がけ競争やろうよ!』
『うん、やろう』
俺たちは、こうやって遊びながらばあちゃんがやっている銭湯開店までの手伝いをしていた。
しばらく遊んで、銭湯の時間が来た。
『いらっしゃいませ!!』
『い、いらっしゃいませ、、、』
恥ずかしがり屋のわたわたは、声が小さかった。逆に、俺はうるさすぎるほどだった。
モップで濡れている床を拭きながら歩いていると、『こんにちはー!!』と元気な声が聞こえた。
俺と同じくらいの年の子だった。
オレンジ色の、ふさふさした髪。そのとなりには、白色の髪の女の子がいた。お母さんと、お姉さんくらいの人も立っていて、4人だった。
『いらっしゃいませ!!』
俺は負けじと大声であいさつした。
4人はわくわくしながら、温泉に入るのにロッカールームへ向かっていった。
その数十分あと、四人が出てきた。
『なあなあ、あれほしい!』
オレンジ髪の男の子は、棒アイスを指差して言った。けどお母さんは、『今日はこのまま帰るよ。家で食べよう』って言った。
そしたら、男の子は駄々をこね始めて『あれほしいっ!!』と泣きわめいて、しまいには銭湯を出ていってしまった。
『どうしよう、、、』
わたわたは不安そうに言った。
『アイス、持っていってあげようよ!』
俺は2本、冷凍ケースから出して、走って外に出た。
『─ねえ、君!』
『何っ!?』
怒りながら、俺を振り返った。後ろからは、白い髪の女の子が追ってきている。
『アイス。食べよう』
『え、いいの?』
泣き腫らしたのか、目が赤い。
『いいよ。─ほら、女の子にもあげる!』
俺は後ろから来た女の子にアイスをあげた。
『、、、ありがとう!』
二人は笑顔で食べ始めた。
さっきの泣き顔も、不安そうな顔も、どこかにいった。
ちょっとして、わたわたがやってきた。
『あげる』
わたわたは俺にアイスをくれた。
『やった!ありがとう!』
わたわたはほんの少し微笑んで自分の分のアイスを開けた。
4人で夜空の星を眺めながら食べ進めた。
『─名前は?』
突然、男の子が聞いてきた。
『氷。宵宮氷!』
今度は、女の子を見て、『名前は?』と言った。
『、、、涼路わた、です』
ためらいながらも、小さな声で答えた。
『じゃあ、君は?』
俺が男の子に聞くと、『黄昏わらべ!』と言った。女の子は自分から、『私は師走わさび!』と言った。
『よろしくね!』
星を見ながらアイスを食べた春の夜。
この時から俺らの物語は始まったんだ─!
─第6章 だって、会えたんだよ
涼路わた 6月5日 日曜日 午前10時43分
愛知県 夏露町 俥留駅
「兄ちゃん!またね!!」
兄ちゃんは無言で、でも笑顔で手を振り返してくれた。それから、電車に乗り込んだ。
兄ちゃんは、大学の危機管理学部にいて、消防官になるために頑張ってるらしい。休みをとって、こっちに顔を出してくれたんだ。
自分も頑張らなきゃなあ。わさびとわらべと仲良くなって、みんなで氷に会いたい。
だから、いま頑張るんだ、兄ちゃんみたいに。
明日、もし遠足で二人とすれ違えたら。
絶対に、話しかけよう。
「わたちゃん、行くよ」
母さんに言われて、
「はーい」と返事をした。
暁愛華葉 6月5日 日曜日 午前10時45分
愛知県 夏露町 俥留駅
「─え、あれ、わたじゃない?」
「ん、どれ?」
「ほら、あれだよ」
愛知に戻ってきて数秒、私は見たことのある姿を見つけた。
「え、本当じゃん」
お母さんだろうか、一緒に駅を出ていく。
「また明日、聞いてみるか」
「そうだね」
葉凰が言ったから、私は声をかけるのをやめた。
駅を出ながら、話す。
「また行きたいね」
「ああ。もう一回氷に会いに行きたい」
この2日、私たちは氷含め4人の秘密を知ってしまった。仲の良い旧友たちってことを。
だけど氷が思い描いている友情とは違って、今の3人はすれ違い、なかなか近づけず、うまくいっていない。
なんだか本当に、現実感はないけど、でも素敵だと思った。きっと4人は会える。で、会えた瞬間がクライマックスになるんだ。
「あのさ」
「ん?」
葉凰が思い切って話しかける。私は次の言葉を待っているが、なかなか来ない。そのまま、分かれ道が来てしまった。
「、、、やっぱ、なんでもない」
「え?え、ほんとにないの?」
分単位で待ったのに、なんでもないらしい。
「気にしないで」
「、、、めっちゃ待ったけどね!」
「ごめんって!」
「気にしてないよ!」
感嘆符付きの勢いのある会話に、思わず笑った。別に、全部知りたいわけじゃないし、言いたくないなら聞かない。だから、いいんだ。
「それじゃあね」
「じゃあな。まじで楽しかった。ありがとう!」
「私も。ありがとね!」
私たちはそれぞれの帰路につく。
師走わさび 6月5日 日曜日 午後9時00分
愛知県 夏露町 児童養護施設からふるとまと
今日も勉強、疲れたなあ。
だけど、私は今笑顔でいる。
昨日、あれを聴いてからちょっと元気だ。明日は学校だけど、遠足みたいなものだから。
楽しみな気持ちを抱えながら、スマホを開いて「天体観測」を聴く。
「─始めようか天体観測♪」
もし、明日会えたらわらべに歌ってあげれるかな。わたに会えたら、一緒に歌ってくれるかな。
早く歌いたい、そう思った。
黄昏わらべ 6月5日 日曜日 午後9時05分
愛知県 夏露町 黄昏家
「あー、早く会いたい!歌いたい!」
「え、何、彼女?」
「彼女じゃねーよっ!」
心の声が聞こえてしまったようだ。しかもまっちゃんがいる部屋で!
「ってか、寝てなかったの?」
「私は宿題あるからさ。わーくんは寝なくていいの?」
「いやー、それがさ、楽しみすぎて寝れないんだよ!」
そう、明日は待ちに待った遠足!
班にはちゃんと友達がいて良かったって思う。
しかも、もしあの二人に会えたら歌を歌うんだ!葉凰と特訓した成果を見せてやる!
「天体観測、好きなの?」
まっちゃんは、そう聞いてきた。
「そうだよ、マジで好き!」
俺は大きな声で答えた。
「え、ちなみにさあ」
「え?うん」
一呼吸置いて、言う。
「彼女とどっちが好き?」
「っ!だから彼女いないってば!!」
あー、返事に詰まった。
まさか、こんな質問がくるとは思っていなかったのだ。即答できればかっこよかったのに!
カーテン越しで、まっちゃんは笑っていた。
黎明わた 6月6日 月曜日 午前9時36分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
「一年生初めての行事、思いっきり楽しもう!」
「おおー!!」
自分が言うと、みんなも合わせてくれた。
内容的には、今から胡桃森を歩き回って、1時間後くらいにパーク内に隠れている一年担当教員を全員探す、「かくれんぼ」。その後、パーク内で「ハンター逃走中」。そして、「クラス対抗脱出ゲーム」。昼ごはんを食べてる時に、先生たちによる「劇:シンデレラ」。で、パーク内で好きなことをして、2時30分バスに乗って学校に戻る。
記憶力の良い愛華葉と、何度も何度も読み合わせて流れを覚えた。式の流れは葉凰が教えてくれた。
自分は1班に混ざって、みんなで歩き出した。
師走わさび 6月6日 月曜日 午前1時03分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
それから、たくさん楽しんだ。かくれんぼでは、わたのいる5組が先生をたくさん見つけたことによって、優勝した。その後のハンター逃走中では、私たち10組が捕まった数が少なく優勝し、脱出ゲームではわらべたちの4組が最速24分で脱出した。
先生たちの劇は凝っていてとても面白く、からふるとまとの先生が作ってくれたお弁当はとてもおいしかった。
休み時間がやってきて、私は友達に見つからないように早足でその場を去り、ほぼわたたちを探すような行動をした。早く会いたい。会いたいよ。でも、怖いよ。
探して、本当に歌えるのか?練習した成果を出せるのか?
「僕は元気でいるよ、、、」
小声で口ずさみながら、ひたすらパーク内を練り歩く。本当は、探す予定なんて、なかった。いつか誰かが私を探してくれるだろうって過信して、やらない予定だった。いや、もともと過信していて、やらなかった。今から私がやることは、氷がいなくなった頃にやる予定だった、埋め合わせだ。言い方は悪いけど。そう思った方が楽だった。勇気が湧いてくる気がした。
私なら、大丈夫!
ぐっと拳を握って、前を向いた瞬間、心臓が跳ねた。
こんな奇跡、ないと思った。
相手も多分、驚いているだろう。
二人が、目の前にいる。
黄昏わらべ 6月6日 月曜日 午前1時03分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
「え、わらべどこ行くの?」
「あーっと、友達と先約があって、ちょっと用事を済ませに行くだけ」
ごめん、あっきー。忍たちとなかよく歩いていてくれ。頼む。
「そっか。待ってるからなー!」
「ああ!」
パークを駆け回る。
あー、何してんだろう、俺。
会えるのかな、でも会いたいよ。だから行くよ。会えなくても、奇跡を信じるから。
大好きなあいつらに、会いに行くから。
走って、角を勢い良く曲がる。と、昨日は数秒、強い通り雨が来たため、床に水溜まりが多々でき、それに足を滑らせそうになった。
「!?」
けど俺はバランスを保ち、なんとか耐えた。
「あぶねぇ、、、」
まじまじと水溜まりを見つめ、前を向く。
と、
「え?」と思わず声が出た。
奇跡って、あったんだ。
いる。
大好きな人たちが、いる。
涼路わた 6月6日 月曜日 午前1時03分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
なんで走ってんだろ。
自ら走り出す、というか、何かに引き付けられるような感覚に近かった。
同時に、奇跡が起こるって、心臓が言った。
自分らは会える。
同時に、昨日決めたことを思い出した。
会ったら絶対に、話しかけよう。
大丈夫。話せるよ。小学校の時みたいな、内気で、弱い自分じゃないから。
できる!
まっすぐ行くと、分かれ道だった。
右か左。目の前は、行き止まり。あーっと、、、。道の真ん中で決めよう!
そのまま少し直進する。
と、奇跡があった。
本当に、会えるんだ。
右と左を順に向く。
ほら、会えたじゃん!
師走わさび 黄昏わらべ 黎明わた
6月6日 月曜日 午前1時05分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
わらべは、少しずつ前に進む。わさびも前に進んだ。わたはその場で止まっている。
「、、、」
何を言うにも、声が出ない。
こんにちは、久しぶりだね。それすらも言えない。
急に歌うの?
俺じゃできないよ。
でもさ、せっかく会えたじゃん。
早く歌おうとする。
えーっと、歌い出しは、、、。
あれ、おかしい、俺練習したのに。
「、、、奇跡だね」
急に、わたが言った。わらべとわさびは、驚いてわたを見た。
はははっとわたは笑った。
楽しそうだった。
「、、、」
俺は、口だけは「そうだね」と薄く動いた。でも、それだけだった。
なんて返そう?
「たしかに」って言えない。笑えない。私、これじゃあ、歌えないよ。
だめだ。
あと少し。あと少しで、思い出せるのに。
ああ、誰か教えてくれ。歌い出しを、誰か。
何も返さないのかな?それとも、何か考えてるのかな。自分、ちょっと悲しかったり、するよ。
だって、会えたんだよ。
─ごめんね。
師走わさび 6月6日 月曜日 午前1時10分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
ごめん。
不甲斐ないよ、私。
こんなんじゃだめだよ。
歌えないよ。
気づいたら私は、泣いていた。
そのことには、多分だいぶ時間が経ってから気がついた。
「─大丈夫?」
わらべはそう言って、私に近づいてきた。
その瞬間、顔が赤くなっていくのを感じた。わたも歩いていてやってくる。
だめだよ。来ないで。来ないで。来ないで!
「来ないで!!」
「「!?」」
黄昏わらべ 6月6日 月曜日 午前1時15分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
驚いて、一歩下がった。
何?来ないでって、なんで?
別に、泣いてるのなんて誰も気にしてないのに。
わたも驚いたのか、さっきの笑顔はすでに消えていた。
「あのさ、私、言いたいこと、たくさんあって、でも、今思い出せなくて、だから、だから、、、」
途切れ途切れで話すわさびを俺たちはただ、見つめるしかなかった。同時に、俺もだなって思い始めた。たしかに俺も、言いたいことはたくさんあったはずで、でも一言も話せなくて、俺こそ泣きたいんだ。
「、、、」
「それはさ、自分らも─」
わたが何か話そうとする。
その時だった。
「─何してんの、、、って、師走?」
英語教師のさっかーがやってきた。
その横には高身長で面白い理科教師の野村先生(のむら)がいた。
「、、、さっかーと、のむT?」
やっと、声を出せた。かすれた声だった。
「黄昏、涼路、師走姫を泣かせたのはお前らか?」
さっきのシンデレラが若干入っているのか、それとも、ジョークなのか、俺には分からない。
、、、いや、シンデレラを混ぜたジョークか。何言ってんだ、俺。
「あの、、、それだと、自分も涼路姫になるよ?」
わたもジョークを混ぜながら言った。
「、、、!!!」
わさびは気まずそうな顔をして、その場から弾かれたように走っていった。
「ま、待って─」
追いかけようとすると、のむTに腕を掴まれた。
「はい、事情聴取」
「や、今、ふざけてる場合じゃな、、、」
とたんに、言葉が止まった。
この場には、固まったままのわたと、何かを怪しむような表情のさっかー、にこにこと不吉な笑みを浮かべるのむTだけだった。
俺、何してんだろ。
こんな人たちに囲まれて。
本当は、今頃わさびがいて、俺もいて、わたも笑ってて、みんなで昔話する予定だったじゃん。
なんで、お前らがいるの?
「っ!おい、黄昏わらべ!!」
俺は駆け出した。
悔しかった。こんなことになるなんて、思ってもなかった。失敗は、しないと思った。もう何度目だろうか。あと何回失敗したら、みんなで笑えるのだろうか。
いろんな同級生の中を縫って走って、そのまま突き抜けた。で、気づいたら俺はパークのエントランスに、ほぼ門の外にいた。
ここなら、きっと誰も来ない。
さっきのわさびみたいに、俺の目からもいくつかの雫がこぼれ落ちた。
涼路わた 6月6日 月曜日 午前2時27分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
「─え、だから、わさびは泣いてたというか、その、、、目が、、、痛くて?」
え、なんの話してんの、自分?
そんなわけないでしょ、絶対。
あの後、わらべが走っていった後、自分だけが捕まった。で、事情聴取。笑えるよね。
もう少し、2人みたいにしゃべれたら、良いことを言えたら、本当はみんなで笑えていたのかもしれない。
話すことは、苦手だったから。小学校の頃から、ずっと内気だったから。2人みたいな話し上手になりたいって思った。
「目が痛くてあんなに泣くのか?」
「泣かないですよね」
「ふざけてないで、ちゃんと言え」
軽く、怒られてしまった。でも、ここで黙ったらきっと負けちゃうから。何か言わなきゃ。
と、「わたー!」という声が聞こえた。
「あ、愛華葉、葉凰!」
「え何してんの?」
「いや、今捕まってさあ、、、」
「暁、木暮じゃまするな」
さっかーは鋭い目付きで言った。
「先生、今から閉会式なんで、わたもらってきます」
葉凰がそう言うと、愛華葉が自分の手を引っ張った。本当にありがとう、二人とも。
でも。
「ちょっと待って」
2人に小声で言った。
「先生!」
驚いたようにこちらを向いた。
「やっぱり、言えないです」
それだけ言って、3人でまた駆け出した。
ごめん、先生。
関係ない人には言いたくないんだ。
走りながら、愛華葉たちが、不思議な目で自分を見てる、そんな視線を感じた。
─第7章 夏休み、約束の日
黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午前5時55分
愛知県 夏露町 黄昏家
とうとう、約束の日が来てしまった。
今日は8月7日。氷がやってくる日なのだ。俺は布団に深く潜った。
氷が来てくれるのは嬉しいけど、ただ。
いまだに、あれから話をできていない。
わさびと、わたとは会えていないし、一度も話していない。氷はあの2人にも会いたいと言うはずなんだ。でも、氷は知らない。
─俺らの友情は完全にあの時に切れてしまったのだ。
あの後の1学期後半、ひどい虚無感と孤独感、疲労感に襲われ、特に何も覚えていない。
どのように過ごしていたかも分からないが、多分いつものように、笑って過ごしてたんだと思う。笑うたびに、罪悪感も俺を攻撃してきたけど。
音楽の授業では先生に歌わなかったことを怒られ、いい加減部活に入れと体育教師には叱られ、テストでは、ほぼ0点に近い点数を取ってしまった。ちなみに、夏休みの宿題はまだ終わっていない。
葉凰だけが、俺に優しくしてくれたのを覚えている。俺の話を黙って聞いてくれて、その日の学校が終わった後、俺に夕飯を奢ってくれたのをうっすらと。
あと、7時間くらいで、氷は到着する。俺は、小さくため息をつき、二度寝に入った。
氷に、言える勇気が出たら良いなって思いながら。
師走わさび 8月7日 日曜日 午前6時00分
愛知県 夏露町 からふるとまと
スマホのアラームが鳴った。
私はそれを精一杯手を伸ばして、アラームを切るの表示を押して、音を止めた。
まだ、寝ていたい。
夏休みに入って、数週間経つ。
宿題はそこそこ終わった。わらべとわたは終わったかな、と気になった。
─なーんて、もう仲良くできるわけでもないのに。
それでも、私はスマホを操作して、「天体観測」の音楽を流していた。
始めようか、天体観測。2分後に、君が来なくとも。
その歌詞は、私の心を少しでも温めた。
あの時、私は逃げてしまった。
わらべとわたを置いて、走り去った。特に、私は泣いていたから、誰にも見られたくなくて。
その後、なぜかわただけが1人怒られていて、私はひどく胸を痛めたのを覚えている。
─わた、たくさん成長してたな。
小学校の頃はあんなに内気で、しゃべるのを避けていたのに、あの時、自分から話し出した。しかも、先生たちにあんなに責められていても、顔色を何一つ変えずに、言葉を発し続けていた。
何より、あんなに笑ってくれるんだって、嬉しくなった。
わらべも、あの時と変わらない優しさで、私のところまで来てくれた。それに安心して、もっと泣いてしまったのだ。
けど、そこからは私が悪い。
私が突き放したから、悪いのだ。だから、夢は実現しなかったのだ。
本当に悔しい。本当に申し訳ないって、常々思ってる。
だからね、もう一度、2人に会おうと思ってるんだ。あの2人には、たくさんの勇気をもらった。今度は私が勇気を分け与えるんだ。
2人に会えたら、今度は氷に、会いに行くんだ。
私は、歌い続けるよ。
どんなに否定されても、泣いても、逃げないから。
自分自身に、そう言い聞かせた。私は、負けてない。ベッドから勢いよく起き上がって、部屋のドアを開けた。
涼路わた 8月7日 日曜日 午前6時05分
愛知県 夏露町 涼路家
「─母さん、おはよう!!」
「おはよーう!」
今日も良いあいさつ!
自分は、自分の机の前にある椅子に座った。さあ、今日は何しようかな。
夏休みの宿題を全て終わらせた自分は、とても絶好調である。
ふと、あの時の光景がよみがえった。
2人と会えた日のこと。
たしかに仲良くなれなくて悔しいけど、でもそれは0じゃない。一歩、いや、何歩も踏み出せたのだ。
一番最初に話し始めて、わさびにも応答できて、先生にも自分の意見を言えて。自分にとっては最高な日だった。自分自身を成長させてくれる、いい機会だった。
どれも、あの二人のおかげだな。
あの二人を、いや、氷入れて三人を、自分はずっと追いかけてきたのだ。
まっすぐで、ポジティブで、話し上手な彼らが大好きだから、ここまで来れたのだ。
ただ、ここはゴールじゃない。
ゴールはまだ先、4人で笑い合うことなのだ。
「どうしたら仲良くなれるかな、、、?」
こうやって考えるのも、また一つの楽しみだ。
─第8章 相棒
黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午前8時45分
愛知県 夏露町 黄昏家
『─氷が、転校したんだってさ』
『ははっ。なんの冗談?』
俺はその日、笑いながら、友達と廊下を歩いていた。みんなでドッジボールをするために。
『いや、本当だって。5年4組の人もみんな驚いてるよ』
『え、本当なの?』
俺はその場で足を止めた。そしたら、友達も足を止めてくれた。
『うん。ただ不思議なのがさあ、、、氷の弟の日向くん(ひなた)?あの子だけは学校に来てるんだ』
『、、、!!?』
俺は友達に黙ってボールを押し付けて、その場から走っていった。
『あ、わらべ!、、、もー、グラウンドで待ってるからな!』
『─わたわた!!』
わたははっとしたようにこっちを見た。何、と小さな声で呟きながら歩いてこっちに来た。
『氷が転校したんだって、友達が!』
『え、そんなわけないじゃん』
『見に行こう!!』
俺はわたの手を引いた。
となりの5年2組に入ろうとしていた、わさびも止めて、『氷が、転校したんだって』と言った。
『え、嘘!!』
この世の終わりを示すような声色で、わさびは叫んだ。
5年4組を覗くと、本当に、氷の席はなくなっていた。健康観察板にも、氷の分のところには斜線が引いてあった。
転校したんだって、分かった。
『なんで、転校したんだろう、、、』
今にも泣きそうな声で、わさびは言った。
『でも、日向くんはいるんでしょ?』
『なんか不思議だよな』
3人で、6年4組の担任に聞きに行った。けど、先生は教えてくれなかった。
『─早く教えろって言ってんじゃん!!』
『わ、わらべ、やめた方が』
俺は、5年4組の担任に掴みかかった。
『やめなさい、わらべ!!』
先生は叫んだ。わさびも俺を引きはなそうとする。わたは一歩下がって怖々と俺らを見ていた。
『わさびとわたわただって!氷と仲良くしてたじゃん!』
『でも掴みかかるのはだめだよ!』
『、、、』
俺は泣き出した。誰も、俺の味方をしてくれなかった。わさびにはわたわたがいる。でも、俺には相棒がいない。それが悲しくて悔しくて仕方がないのだ。
『─わらべ、待ちなさい!』
先生が叫ぶのに応じず、俺はその場から走って離れた。
それ以降、俺らは一回も会っていない。
場面が変わり、今度は俺の部屋と、5年生の自分、今の自分が映った。
『氷に会いたい』
ぽつりと言った。独り言だった。大好きだった習い事のバスケもやめて、本当にやることがなくなった。バスケのチームの奴らには何も言わず、黙ってやめた。
─それはまるで、氷と似ていた。
それって、人のことを言えないよな。
お前のバスケのチームメンバーは、今頃泣いているかもしれない。悲しませていいのか?
氷に会いたいなら、会いに行けばいい。
2人に謝りたいなら謝りに行けばいい。
─お前がやらなくて、誰がやるんだよ。
今の自分がそうやって言った。
お前がやらなくて、誰がやるんだよ。
お前が、俺がやらなくて、誰がやるんだ?
それは、もちろん誰もいるわけないじゃないか。
目を覚ませ!
「─!!」
跳ね起きた。時刻は9時前。そうだ。あの時早く謝っていれば、みんな苦しむことはなかった。みんな、ごめん。
ずっと、ぐずぐずしてられない。
行こう!!
俺は決めた。
氷に言うって。
宵宮氷 8月7日 日曜日 午前11時58分
愛知県 夏露町 黄昏家
「─わあー!!!着いた、夏露だあー!!!!」
俺は力の限り叫んだ。本当に来れた!ここは、夏露で、わらべの家だ!
俺の心臓は破壊されそうだった。いや、もう破壊されている感覚がある。
「じっちゃん、ありがとう!」
「ああ。、、、早く行ってこい」
じっちゃんは軽トラの窓から顔を出した。
「8月21日に迎えにくるでな」
「うん!分かった!」
「ほじゃな」
じっちゃんは静岡に帰っていった。
ここを押したら、また新しい物語が始まりそうだ。インターホンの前で、そう思った。今度はもっと長編で、もう二度と終わらない、そんな幸せの詰まった物語が。
一度深呼吸をし、行こうと決めた。
俺はインターホンを押した。
黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後12時00分
愛知県 夏露町 黄昏家
俺はドアを開けた。
そこには、2年前から変わらない、俺の相棒がいた。俺らならできたな。やっと、出会えたな。
氷は目を見開いて、ただ俺を見つめていた。
「─おかえり」
俺は一言、そう言った。
「ただいま!!!」
氷は俺に抱きついた。俺も氷に回した手に力を込める。
「やっと会えたね、わらべ!!」
「ああ!俺本っ当に嬉しいよ!!」
俺、お前に会えて良かったよ。
俺はお前が大好きだって気持ちはいつだって変わんない。信頼してる気持ちはいつだって同じだから。だから、言うんだ。
「─あのさ、氷。俺、いろいろ思い出とかも話したいんだけどさ」
「うん」
静かに俺の話を聞いてくれる。俺の目から何かを感じ取ったみたいだった。
「その前に伝えたいことと、やりたいことがあるんだ!」
「もちろん!なんだってやろう!」
良かった、言えた。
俺は本当に安心した。はああああ、と長いため息をつきながら壁に氷に抱きついてもたれかかった。
「わあああ、どしたの笑?」
「いや、ほんとに嬉しくて、現実味ないかも笑」
「たしかにね笑!」
俺は氷をはなして、家に上がった。
「氷、上がっていいよ!俺の部屋まで行こう!」
「やった!お邪魔しまーす!」
氷はキャリーバッグを引きながら笑顔で、俺の家に足を踏み入れた。
宵宮氷 8月7日 日曜日 午後13時42分
愛知県 夏露町 黄昏家
わらべのお母さんは、手作りカツとレタスのサンドイッチを作ってくれた。俺はそれを何個も食べた。本当においしかったし、懐かしい味がした。わらべの家に遊びに来たときの昼食は、いつもこれだったのだ。
その後、俺らは二階に上がった。
まつりちゃんが、「私の部屋あげるよー」と言って、仕切っていたカーテンを取り外し、机の上の物や、引き出しの中の物を全部ダンボールに詰め込んで、空にした。となりの部屋からダブルベッドを運んで、二人で部屋にいれるようになったのだ。
「私のことは気にしないで!二人とも楽しむんだよー!」
「ありがとう!まつりちゃん!」「ありがとう!まっちゃん!」
まつりちゃんはどこまでも優しかった。
大きなクッションソファを2つ並べて、座った。
「さあ、わらべ、何したい?」
「んー、まずその前に、、、」
ああ、俺に何か話したいことがあったんだっけ。
「なんでも話していいよ!」
「ほんとに優しいな、氷!」
わらべはこっちを向いて、笑って言った。それから、顔の向きを戻して、遠くを見つめるように、話し出した。
「俺ら、わたとわさびと俺はさ、氷がいなくなったぐらいの時に─」
黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後14時00分
愛知県 夏露町 黄昏家
全部言えた。氷が転校した時から、最近3人であった日までのことを。氷は、「そっか」と言いながら、優しい表情をしていた。いや、優しいというか、少し寂しそうな顔だった。
「あぁ、ごめん。期待外れだったかも知れないけど」
「いや、全然何話しても大丈夫だよ」
それよりも、と氷はこっちを見た。
「俺はそれはまあ、悲しいっちゃ悲しいけど、、、でも、それよりも悲しいのは、わたわたの呼び方かも」
「え、わた、、、?」
俺は少し驚いた。
「だってさ。いっつも俺らは、わたのことをわたわたって呼んでたでしょ?」
「あ」
俺は今日の夢の内容を思い出した。
そういえばあの中の俺、たしかにわたわたって呼んでた。
「遠くなったからって、0になるわけじゃないと思うんだよね。ただただ遠くなっただけなら、近づけると思うんだ!わたわたは、今でも記憶の中とか心の中には忘れずにいるんでしょ?それを見ないフリしちゃだめだよ」
優しく怒られている、感じがした。そうだよ。わたは、わたわたは、俺の大好きな仲間だよ。いつもいるのに見ないフリをするのは、俺、最低だよ。
「そっか、わたわた、か」
「そう!わたわただよ!で、俺らの仲間はもう一人」
せーのと言わなくても分かる。
「「わさび!!」」
ハモった俺らは笑った。
「俺らの大切な仲間、だもんね。分かった!俺、良いこと思い付いたよ!」
「え?早くね?」
俺が驚いていると、キャリーバッグから、ノートを取り出した。
「今日ってさ─」
宵宮氷 8月7日 日曜日 午後14時05分
愛知県 夏露町 黄昏家
「花火大会があるんだよね!」
「あれ、そうだっけ?」
え!わらべ知らないの?
俺は新聞を見たり、学園の友達からスマホを借りたりして、いろんなところから情報を集めたんだ。
「今日あるんだよー、5時30分から花火が上がる!」
「そうなんだ!」
そこでー、と言わんばかりに、俺は人差し指を立てた。
「だから、俺ら4人と、愛華葉と葉凰を集めて花火を見ようよ!んで、その時に歌も歌うんだ!」
「、、、おおー!!」
わらべの表情は期待に変わった。
「でも、花火の音とか、人の声で歌聴こえなくない?夏露に穴場なんてないし、、、」
「あー、たしかに、、、」
どこか、静かに歌が聴けて、ついでに花火も見えるところって、どこだろう。
と、わらべが「そうだ!」と言った。
「ん?どこかある?」
わらべはにこにこしながら言う。
「夏露中のベランダから見よう!」
えーと、、、え、夏露中って、学校のこと?
「中学校からみるの!?」
「ああ」
わらべは続ける。
「門は飛び越えればいいだろ?んで、日曜日は先生一人もいないからな!そのまま4階の音楽室のベランダならきれいに花火も見えるし、歌も歌える!」
この強引さは嫌いじゃない。むしろ、わらべらしくて好きだ。たまには悪いことしたって誰も見てないさ。
「そだね!行こう、それで!」
「あとは、、、どうやって4人を呼ぼうかな」
「え、電話とか、メールとか知らないの?」
最近はconnect なんていう、メッセージアプリがあるんだって、学園の子が言ってたし。
「俺、スマホ持ってないからさ」
「そっか、、、じゃあ、本人の家まで、行く?」
「んー、でもなんかなあ、、、」
わらべは考える。
「あ、そっか、あんまりよくないか」
「でも、葉凰の家なら知ってる」
「おお!」
それならできる!
「じゃあ、葉凰の家まで行こ!で、葉凰に愛華葉とわさびに連絡してもらって、わたわたは俺が迎えに行く!」
わらべは2秒くらい考える仕草をした。その後指パッチンして、俺を見た。
「そうしよう!」
「よし!決まりだね!」
俺は笑顔で拳を突き出す。わらべも拳を出して、コツン、と鳴った。
「そういやなんで葉凰と愛華葉知ってるの?てか、愛華葉って、なんで、、、」
「あれ、言ってなかったっけ?」
しまった、言ってなかったんだ!
「それじゃあ、俺も語るよ。大切な仲間の、葉凰と愛華葉のことをね」
俺は全てを思い出しながら、記憶をたどっていく。
─第9章 駆け出そう
木暮葉凰 8月7日 日曜日 午後16時45分
愛知県 夏露町 木暮家
「─葉凰、お友達が来たよ」
「分かった」
俺は玄関のドアを開けた。おかあさんが知ってる友達ってことはわらべかな?
なんだろう、と顔を出すと、俺はびっくりした。
「え、え」
「やっほ、葉凰!」
「久しぶりだねー!」
わらべと、となりに氷がいたのだ。
「え、氷?ほんとに久しぶりだね」
「葉凰、前はありがとうね!」
「いやいや、俺こそほんとにありがとう」
氷がいるのもびっくりだし、夏露になんでいるのって感じだし、というか、わらべと氷がとなりにいるってことは、、、。
「わらべ、氷と会えたんだ」
「ああ!ほんとに嬉しい!」
「よかったな」
良かった。わらべも氷も、満足そうだ。
「で、どしたの?」
わらべは真剣な目になった。
「俺、わさびとわたわたと、また会いたい。愛華葉っていう人とも話してみたい。だからさ、お願いがあって」
「うん」
「17時20分ぐらいに、夏露中の第二音楽室に来てほしい」
ん?夏露中?
「夏露中って、中学校?開いてんの?」
「いや?開いてなくても行くんだよ!」
「はあ」
え、俺、何?不良になるの?先生に見つかったら大惨事だろ、、、。
でも、今日は日曜日だということを思い出した。
そっか。バレないか。それに、わらべたちの物語を最後まで見届けるって、愛華葉と話したしな。
「いいよ」
俺は笑顔で言った。
「やったね!」
「ああ。あとさ、愛華葉に同じこと連絡できる?」
「もちろん」
「その後、愛華葉にはわさびに送ってもらえるように言ってくれるとうれしい」
「分かった。任せとけ」
少し、わくわくしてきた。
「ただ、わたはどうすんの?」
そしたら、氷が答えてくれた。
「俺がわたわたの家まで行って、そのまま学校に行く!」
「よし、分かった!じゃあまた後でな」
「本当にありがとう!またあとで!」
「じゃあね!」
俺は二人に手を振り返した。
ドアを閉じると、おかあさんに話しかけられた。
「何話してたの?」
俺はうんざりしながら答えた。
「友達と、話してた。今日の夜、遊びに行ってくる」
「どこに行くの?」
「中学の近くで、花火見るから」
まあ、見るかは知らないけど、取りあえずこうやって言っておこう。
おかあさんは、「行ってらっしゃい」と言ってくれた。
と、ついでに「葉凰」とまた呼び止めた。
「今日はお父さん早く帰ってくるって。何言われても気にしないでね」
「ああ、、、分かった」
俺はスマホを操作しつつ、自室に戻る。
暁愛華葉 8月7日 日曜日 午後16時51分
愛知県 夏露町 暁家
「─ん、どした?」
葉凰から、電話が来た。
「あのさ、17時20分に夏露中の音楽室来れる?」
「え、どゆこと?」
急だった。
「もうすぐで、クライマックスが来るんだ」
「???」
わけが分からない。
「さっき、わらべと氷が俺の家に来たんだ。で、2人がわたとわさびに会いたいって。だから、夏露中の音楽室に集まって歌うんだって」
そういうことか。っていうか、、、。
「氷って、、、静岡の?」
「ああ」
「そっか。会えたんだ」
本当に嬉しかった。良かったね、わらべ。
「分かった。行くよ。で、わさびに私が連絡するってことね」
「すげえな。分かるんだ」
「もちろん」
私はあの旅を通して、100%回復したんだ。私の勘は冴えに冴えきっている。
「それじゃあ、またあとでね」
「ありがとう、またな!」
私は電話を切った。
師走わさび 8月7日 日曜日 午後16時55分
愛知県 夏露町 からふるとまと
「はい、、、あ、愛華葉!」
電話なんて、珍しいな、と思った。
「ごめん。わさび、あのさ」
愛華葉は思い切ったように言う。
「夏露中に来れる?」
「え、今から?」
「うん、今から」
外出は、この児童養護施設はあまり良く見ていないようで、場所と時間帯が大丈夫であれば良いらしい。今からだと、ちょっとギリギリかもしれないけど。
「なんで?」
「あんたの夢を叶えるために」
「え?」
ちょっと意味が分からない。
「とにかく、夏露中の音楽室で待ってるから」
「え、あ、分かった、音楽室ね!」
電話が切れた。
私の、夢?
私の夢は、あの2人と仲直りして、氷含めて4人でみんなで笑い合うこと。その事は、愛華葉だけには話していた。
もしかして、愛華葉、私の夢を、、、?
嘘でもいいけど、この事実を逃したくないと思った。私は勢いよく、ドアを開けて、食堂に走る。
そこにいたのは、あいにく、見谷さんだった。
どうしよう、見谷さんには、多分だめだよ。
「どうしたの?」
話しかけられている。どうしよう、どうしよう。
だけど、私は負けないって決めたんだ。もう二度と、泣かない、逃げないって。だから。
「見谷さん」
大きく息を吸い込んだ。
「夏露中学校に行きたいです!」
まっすぐ、見谷さんの目を見た。
「今から?」
「今から、です」
「何をしに行くの?」
「夢を叶えに行きます!!」
私は笑顔で、堂々と言った。
黎明わた 8月7日 日曜日 午後17時05分
愛知県 夏露町 黎明家
「わたちゃん、氷くん来たよ!」
「え!?」
氷ってまさかの?
私は走って玄関まで行って、勢いよくドアを開けた。
「氷!!」
「わたわたあああ!!!」
氷は自分に抱きついた。
「めっちゃ久しぶりじゃん!元気してた?」
「うん!めっちゃ元気だよ!!」
本当に嬉しかった。
本当に久しぶりだった。ちゃんと、会えるんだ。
「ねえ、わたわた。よく聞いてほしいんだ」
「どした?」
自分は黙って聞く。
「今から、夏露中学校に行こう」
「え、なんで?」
「わたわた、わらべとわさびに、会いに行こう、俺と!」
「!!!」
来た来た、これだよこれ!
このチャンスを、ずっと掴みたかったんだ。
「行こう、今すぐ行こう!会いに行こう、わさびとわらべに!!」
自分はドアを開けて、リビングに向かって、母さんに「母さん、学校行ってくる!」と言った。
「え、今から?どうして?」
私は笑顔で言った。
「わらべとわさびに、会いに行くんだ!!」
黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後17時15分
愛知県 夏露町
俺さ、ずっと分かってたんだ。
夏露中へ走りながら、思った。
本当は、分かってた。誰かがやらなきゃ誰も変われなくて、だから俺が動けばもっと早くみんなに出会えてたってこと。
昔の俺は、だいぶ自分勝手なところがあった。幼馴染みには見せないようにしてたんだ。もしあそこで、俺の反抗期が終わっていれば、自分勝手じゃなかったら、みんな苦しまなくて済んだ。
校門をそのままジャンプして突破する。そして、渡り廊下から学校内に忍び込んだ。
驚いたことに、校内には先生らの笑い声が聞こえてきた。
音を立てず、早足で階段を上る。
ごめん。本当にごめんな。どこまでも自分勝手で。でも俺、変わろうと思ったんだ。今日。純粋無垢な氷、常識範囲内で自由に動き回るわさび、とても優しいわたわた。
葉凰もだ。親身になって話を聞いてくれる、丁寧な人だ。愛華葉はどんな人か分からないけど、だからこそ楽しみだ。これから、好きになるからさ。
俺、みんなが大好きだからこそ言うよ。
みんなと会えて本当に良かったってね。
俺は音楽室の上窓から飛び降りて、着地した。
一番最初に、音楽室に着いた。
師走わさび 8月7日 日曜日 午後17時20分
愛知県 夏露町 夏露中学校
やばい、先生に見つかる!
私はとっさにロッカーの陰に隠れた。先生たちは笑いながら、通りすぎていった。危ない。
見谷さん、本当にありがとう。
私がからふるとまとに来たときから本当にお世話になったね。たしかに、厳しくて、見つかったり怒られたりすると、うんざりしちゃう。
でもさ、それって、心配で、かわいくて、ほっとけないんだよね。分かってるよ。だから、私、見谷さんが大好きだよ。
私は3歳の時に、ここへ来た。
お母さんとお父さんは、どこに行ったのか分からない。けど、気づいたらここにいたのだ。
私には今社会人になったばかりの親戚のお姉さんがいる。そのお姉さんを育てていたお母さんとお父さんが引き取ってくれると言ってくれたんだ。
私のお父さんとお母さんにはお世話になっていると言っていたし、お姉さんがいなくなって寂しいから、と。
嬉しいけど、ちょっと複雑だった。
本当に、快く受け入れてくれるのか。もし、変なところだったらどうしよう。そんな私を察したのか、見谷さんは「もし、嫌だったら帰っておいで。私たちに頼るんだよ」と言ってくれた。
私、みんなに言えないんだ。私の家の場所が。けど、唯一あの3人だけは知っているんだ。私が大好きな人たちは。
あの日、氷が転校した日、わらべには申し訳ないって思った。私も、あの時だけは、先生に掴みかかってれば、氷ともう少し早く会えたかも知れないし、わらべとわたとも仲良くなれた。
今過去を悔やんでも仕方ないから。
だから、私は走ってるよ。愛華葉の言葉を信じて。夢を叶えるために。
音楽室に着いて、勢いよくドアを開けた。
そこには、わらべがいた。
黄昏わらべ 8月7日 日曜日 午後17時21分
愛知県 夏露町 夏露中学校
「わさび!!」
この瞬間を、待ってたよ、ずーっと。
「わらべ!!」
「あの時はほんとにごめん!俺もっと話したいことがあるんだ!」
「私も!もう逃げないから。逃げないって、決めたから!」
わさびは笑顔だった。俺も覚悟を決める。
「わさび、聴いててほしいんだ」
「何を?」
まっすぐに、水色の瞳を見つめた。
「─俺の、歌を」
─第10章 始めようか、天体観測
師走わさび 8月7日 日曜日 午後17時22分
愛知県 夏露町 夏露中学校
─午前2時 フミキリに 望遠鏡を担いでった
ベルトに結んだラジオ 雨は降らないらしい
これは、「天体観測」だ。
私は驚いた。同時に、嬉しくなった。
ああ、私たち同じものを聴いてたんだね。本当に嬉しいよ。私だって、歌いたい!
わらべに届けるために練習した、この歌を。
─2分後に君が来た 大袈裟な荷物しょって来た
わらべは驚いたようにこっちを向いた。
私たちは笑顔で歌い出す。
─始めようか天体観測 ほうき星を探して
木暮葉凰 8月7日 日曜日 午後17時20分
愛知県 夏露町
俺にはおかあさんとお父さんに、兄ちゃんと弟がいて、宮崎県に住んでいたのだ。
だけど、ある日突然おかあさんとお父さんは離婚して、おかあさんは俺を、お父さんは兄ちゃんと弟を持って、俺らだけあの家から出ていった。
で、俺が小4になった夏、夏露小学校に転校してきた。
新しいおとうさんは、俺と仲が悪くて、いつもいつも、おかあさんを責めていた。どうしてこんなやつを連れてきたのか、と。
おとうさんはただただ、俺を睨み、暴言を吐く、それだけで、遊びに連れてくなんてことは一度もなかった。
なんでおかあさんはこんな人と結婚しようとしたのか。それは、俺を学校に行かせるためのお金をこの人にも稼いでもらうためだった。
こう言うと悪く聞こえてしまうが、そうでもない。おかあさんはもちろん自分でも働いている。家事もこなしている。ただ俺を、幸せにしたい、それだけなんだ。
けど俺、自分より、おかあさんにも幸せになってほしい。もう一回、お父さんと話してみようって怖いから、まだ言えていない。
いつか言うんだ、絶対に。
わらべは本当にすごい。
自分のやりたいことを自分でやろうとしてる。どんなにそれが気まずくても嫌でも、泣きながらでも、真剣に向き合っている。
愛華葉も、学校の疲れを癒すためって、自ら考えて行動してた。俺のことも、真っ先に、心配してくれてて、まっすぐで優しい人なのだ。
わたは、相変わらずからかってきてムカつくけど、あいつの小学校からの変わりようを見ると本当に感心する。
氷は根っから優しくて、どこまでもまっすぐで、無邪気な、勇気ある少年だ。みんなが尊敬するのも、よく分かる。
だから、いつかじゃない。
もう、言おう。
俺は音楽室まで全速力で駆けていく。と、俺の耳は二度と無いだろう奇跡を捉えた。
─深い闇に飲み込まれないように 精一杯だった
暁愛華葉 8月7日 日曜日 午後17時20分
愛知県 夏露町 夏露中学校
友達を作ることが怖くて、極力自分から離れていた。だから、今人付き合いに精一杯なんだけど。
わたも、わさびも、葉凰も、氷も。いろんな人に対して親切なのだ。わさびは、コミュ力おばけで、一番最初に私に話しかけてくれた人。そこから、少しずつ仲良くなれて、今のバチバチライバルなスクールライフがあるのだ。
わたは最近出会ったばかりだけど、仲良くなりやすくて、面白い人だった。勘が鋭いのか、はたまた天然な性格由来からなのか分からないけど、たまに私で遊んでくるところは少しムカつくけど楽しいのだ。
葉凰は、人のことをちゃんと考えてくれる。少し心配性気味ながらの優しさ、親切さ、あたたかさ、丁寧さがあの人にはあるんだ。
氷は、どこまでも優しくて、なにか誰にも曲げられないような芯があって、一度会っただけで大好きになってしまうような人だった。
もう、怖いことは恐れない。得体も知れないものを怖がりはしない。
私も、みんなみたいになりたい!
音楽室の前には葉凰がいた。
葉凰も私に気付き、小さく指差した。
そこには、「天体観測」を歌う、わさびと多分わらべがいた。
あれが、みんなの言うわらべか。
「天体観測」は、わさびに夏休み前にすすめられて、聴いていた。アカペラバージョンが良いって言ってたから、そっちを。そしたら、あり得ないくらいの衝撃を受けた。私も、あんな風に歌いたいって、思ったんだ。
今なら、ちょうど良い。
物語を傍観するのはやめよう。私たちも、物語に入ろう!
─君の震える手を握ろうとしたあの日は
「行こう、葉凰!」
「え!?」
私たちも、物語に溶け込んで行く。
わさびたちは、驚いて、でも嬉しそうにこちらを見た。
─見えないモノを見ようとして
望遠鏡を覗き込んだ
涼路わた 8月7日 日曜日 午後17時15分
愛知県 夏露町 夏露中学校
小学校の頃の自分は、何もかもを諦めていた。
ドッジボールでは豪速球の球を恐れて泣いていたし、クラスでどうしても作文を勇気が出ず発表できなくて先生に叱られたり、人ともろくに話せなくて、もう全てどうでも良かった。
けど、そんなときに私を唯一認めてくれたのは、氷とわさびとわらべだった。あの3人のまっすぐさと、優しさ、明るさは、自分にはないものだった。
このままだと置いてかれる。自分はこの中にいられなくなる。でも、そんな自分を受け入れて、肯定してくれたのだ。
それから自分は氷が転校して一年後、中学校から変わろうと思っていた。初日、恥ずかしさを全て捨てて、笑顔で大きな声であいさつしたのが始まりだ。
今では心に余裕があって、なんでも前向きに見える。どこかで人見知りが発動することは多々あるけどね。でも、自分のことはもう嫌いじゃない。
全部、みんなのおかげなんだ。
「おい!!廊下を走ってる2人!!」
「まずい!」
「二手に分かれよう!」
自分らは分かれていく。
氷、ここまで連れてきてくれて本当にありがとう。
今度は自分が、手を引っ張るからね。
自分はスピードをあげる。
そのまま、氷が来るであろう方向に走り、渡り廊下から見ることのできる教室の一つに上窓から忍び込んだ。
宵宮氷 8月7日 日曜日 午後17時18分
愛知県 夏露町 夏露中学校
あー、捕まる!
だけど俺はこの状況を楽しんでるように思えてきた。こんなに悪いことをするのは、静岡ではやらなかったから、久々で、なんならちょっと嬉しいのだ。
俺は綺麗に先生をまきながら、渡り廊下を走る。と、「氷!」と声が聞こえた。
それは、窓の先にある教室のベランダにいたわたわたの声だった。
「わたわた!」
俺は迷うまでもなく、渡り廊下の窓から大きくジャンプし、そのままわたわたのいるベランダに着地した。
「ナイス!」
わたわたは鋭く言い、「上から入ろう!」と上窓から教室の中に入っていった。
背後では「どこ行った!?」なんて焦っている先生の声が聞こえてきた。
俺は、ばあちゃん家に住んでいて、銭湯の手伝いをしたり、習い事のサッカーをしながら弟とばあちゃんの3人で過ごしていた。
けどある日、いままで俺らの前に姿を現さなかったお母さんとお父さんが突然やってきて、俺は連れてかれた。そこが、静岡だったのだ。
ただ、その先でお母さんとお父さんは喧嘩の末離婚し、俺をじいちゃん家に置いて2人はどこかへ去っていった。
それから、1、2年間、あっちで暮らしていた。
俺、もしみんなと仲良くなれたら。
ずっと愛知にいようって思ってる。
みんなと一緒にいたいからさ。またあのばあちゃん家で暮らしたい。俺、愛知が、みんなが大好きだから!!
ようやく音楽室に着いたとき、綺麗なメロディーが聴こえてきた。
─静寂を切り裂いて いくつもの声が生まれたよ
涼路わた 8月7日 日曜日 午後17時22分
愛知県 夏露町 夏露中学校
─明日が僕らを呼んだって
返事もろくにしなかった
これって、「天体観測」だ!
あの時のテレビを見たときのように、身体が震えてきた。
よし、ここまで来れた。
行こう、氷!
自分は、目を合わせた。
氷も、笑顔でうなずく。
みんなで、歌おう!!
─「イマ」というほうき星
君と二人追いかけていた
宵宮氷 涼路わた 師走わさび 黄昏わらべ
木暮葉凰 暁愛華葉 8月7日 日曜日
午後17時23分 愛知県 夏露町 夏露中学校
やっと、会えた!
やっと、会えたよ!
この時をずっと待ってたんだ!
ずっと歌いたかったんだよ!
俺らが信用もしてこなかった奇跡って
本当にここにあったんだね。
─気が付けばいつだって
ひたすら何か探している
幸せの定義とか 哀しみの置き場とか
やっと見つけたよ。
自分らの、幸せ。
─生まれたら死ぬまで ずっと探してる
さあ 始めようか天体観測 ほうき星を探して
今まで見付けたモノは全部覚えている
君の震える手を握れなかった痛みも
あの時、素直になれなくてごめんな。
私も、前に進めれば良かった。
─知らないモノを知ろうとして
望遠鏡を覗き込んだ
暗闇を照らす様な 微かな光探したよ
過去を見ても仕方ないから。
私たちはただ、前を向いていたい。
─そうして知った痛みを
未だに僕は覚えている
俺らなら、
自分らなら、
俺らなら、
私たちなら、
俺らなら、
私たちなら、
なんだって乗り越えられる!!!
─「イマ」というほうき星
今も1人追いかけている
─背が伸びるにつれて
伝えたいことも増えてった
宛名の無い手紙も 崩れるほど重なった
僕は元気でいるよ
心配事も少ないよ
ただひとつ 今も思い出すよ
と、急にドラムの音が聴こえてきた。
わたわただった。
─予報外れの雨に打たれて 泣き出しそうな
君の震える手を 握れなかったあの日を
今度は、ベースの音。
これは、わらべだった。
─見えてるモノを見落として
望遠鏡をまた担いで
静寂と暗闇の帰り道を駆け抜けた
そうして知った痛みが 未だに僕を支えている
ちょっとメロディーとは駆け離れた、でも綺麗な音程のハモりが聴こえてきた。
これは、愛華葉と葉凰だった。
─「イマ」というほうき星
今も1人追いかけている
ひたすらにまっすぐ歌っているのは
氷とわさびだ。
─もう一度君に会おうとして
望遠鏡をまた担いで
前と同じ午前2時 フミキリまで駆けてくよ
始めようか天体観測 2分後に君が来なくとも
本当にできた!
みんなで歌えたよ!!
俺、 自分、 俺、 私、 俺、 私、
みんなが大好きだよ!!!
─「イマ」というほうき星
君と二人追いかけている
─最終章 黄昏時の金平糖
宵宮氷 涼路わた 師走わさび 黄昏わらべ
木暮葉凰 暁愛華葉 8月7日 日曜日
午後17時26分 愛知県 夏露町 夏露中学校
「天体観測」は終わった。
しっかりと、歌い切った。
6人は、一斉に笑いだした。
泣きそうなくらい、嬉しさがあふれるくらいに
笑った。
氷はひとしきり笑った後、「ねえ」と言った。
「みんな、会えたね」
5人は黙ってうなずいた。
それから、わらべは「あのさ」と切り出す。
「わさび、わたわた」
わさびは、嬉し涙を浮かべながら笑顔で振り返った。
わたは、わたわたと呼ばれて驚いていた。
「あの時は本っ当にごめん」
「私も、ごめんね」
「自分も。ごめん」
「俺さ。あの時は本当に不器用でぶっきらぼうで、だから言えなかったけど」
「「うん」」
「本当に、大好きだよ」
わらべは、2人を抱きしめた。
わたは、ははっと笑って、
「自分も、好きだよ」
と嬉しそうに言った。
わさびは泣きながら、
「私も、本当に大好き!」
と叫んだ。
「俺も混ぜてよー!」
と、氷が入ってきた。
4人は、大声で笑った。
愛華葉と葉凰は笑顔で、その様子を見ていた。
「葉凰と愛華葉も来いよ!」
わらべは2人もまぜた。
愛華葉も、葉凰ですら、ここの場所が心地よく思えた。
6人はみんなで、大声で笑った。
その時、ドーンッという音がした。
「もしかして!」
氷はわくわくしながら外を見た。
「花火だー!」
「外出ようよ!」
わたは、3階の渡り廊下の屋上に降り立った。
「俺も出よー!」
「私も!」
「しゃーねーなあ」
みんなで、屋上に降りた。
そこからは、本当に綺麗に花火が見えた。
まだ空のしたの方はほんのりとオレンジがかっている。
「めっちゃ綺麗じゃん!」
「たーまやー!」
いろんな形でいろんな色で、夜空に大輪の花を咲かせていった。
と、氷は「見て!」とみんなを促した。
「流れ星だ!」
次々と流れていく星を見て、感動した。
「なんてお願いしよっかなー」
「俺、もっとここにいたいってお願いしたい」
「私も、このままが続いてほしいなって思うよ」
それも綺麗だが、点々と夜空に光る、小さな星たちも、またかえってきれいだった。
「あの星も綺麗だな」
「なんだっけー、夏の大三角形?」
「なつかしいなあ」
ほのかに夕日の残る空に咲く花火と、空を泳ぐように流れる星、個々に輝く星たち。
この不思議な光景は、私たちを、俺たちを優しく包み込んでいる。
この空は、今の一瞬だけであっても、この絆と思い出はきっと永遠に生き続けるであろう。
「会いたい」なら、会いに行こう。
「笑いたい」なら、笑い合おう。
その先に、みんながいるのなら。
黄昏時の空には、金平糖のような星たちがいくつも光り輝いていた。
【終】
※「天体観測」 BUMP UP CHICKEN 様より
あとがき
「あとがき」というと、なんだか飾り気があるというか豪華な感じがしますね。
なかなか他の作家様のような立派な文章は書けませんが笑。書かせてもらいます。
自分が小学5年生だった頃、学校では「交換ノート」というものが流行っていました。
自分は、とある友達4人で始めました。今日あったことを綴る日記などを一日単位で交換していくのです。
少しあと、とくに仲の良かった親友とさらに交換ノートを始めました。
ただ、その交換ノートは少し特殊で、独自のキャラクターを作って描いて、その子たちに、自分の日記を話させたり、その子たちを愛でたりする、風変わりな「絵日記」でした。
自分は、オリジナルキャラクター「オリキャラ」を作るのが大好きでした。
当時の自分は本当に絵が上手くなくて、もちろん、親友の方が上手かったので、憧れていました。もっともっと、上手くなりたいと、必死で。
そんな自分が、一番初めに作ったキャラクターは「わた」でした。
「わた」の名前は、自分の好きなぬいぐるみの名前から取りました。見た目は、大好きだったゲーム「あつまれどうぶつの森」の自分のアカウントのキャラクターに似せるように描きました。
「わた」には、自分の「好き」が詰まっています。
その後、友達の「わさび」や「氷」、「わらべ」なども順に作っていきました。
さらに、その年「小説」というものに興味が湧いて、小説を初めて買ってもらいました。
自分は小説にはまって、「こんな物語書いてみたい!」と思うようになり、オリキャラを主人公にして書き始めます。
これが、自分の「創作小説」の始まりでした。
自分の小説にはそんな「好き」が詰まっています。
「黄昏時の金平糖。」は、自分が数年かけて考えてきたキャラクターたちの始まりの物語であり、作中に出てきたような「アカペラ」を軸にして繰り広げられる友情物語です。
自分も、去年アカペラというものを知って、初めて聴いたときの、あのなんともいえない、興奮や感動、ただただ思うすごい、という単純な感情は今でも覚えています。
そんな感動が届くように、彼らがアカペラを聴いたときのシーンは少し書き方を変えたりしましたが、どうでしたか?自分的には少し物足りないように思えます。勉強する余地がありそうですね笑。
みなさんにこの物語を読んでもらって「こんなことあったな」や「こんな友情うらやましい!」と思ってもらう、それが自分の目標でした。
自分の好きを最大限に発揮して、自分の好きをみんなに知ってほしい、それも、目標です。
自分をここまで連れてきてくれた「好き」の力はとても偉大でしたね。「物語を読んでるよ」とか「面白い」などの声を聞けたときは本当に嬉しかったです。
目標を達成させてくれたみなさん、ありがとうございました。
そして、改めてここまで読んでくださって本当にありがとうございました。みかんづめ。はこれからも大好きな創作小説とともに、noteを書いていきます。
みなさんの、もっとたくさんの「好き」が見つかることを願っています。
みかんづめ。
次の物語
次から こちらの物語が始まっていきます!
お楽しみに!
黄昏時の金平糖。全35話
こちらからも読むことができます!
あいさつ
最後まで読んでくださってありがとうございました!
ここまでで約70,000文字です笑。
大変でしたね。
それでは次回もお楽しみに!
それじゃあ
またね!