小説/黄昏時の金平糖。【タイムレコード0:07】#32 希望と奇跡
黎明わた 6月5日 日曜日 午前10時43分
愛知県 夏露町 俥留駅
「兄ちゃん!またね!!」
兄ちゃんは無言で、でも笑顔で手を振り返してくれた。それから、電車に乗り込んだ。
兄ちゃんは、大学の危機管理学部にいて、消防官になるために頑張ってるらしい。休みをとって、こっちに顔を出してくれたんだ。
自分も頑張らなきゃなあ。わさびとわらべと仲良くなって、みんなで氷に会いたい。
だから、いま頑張るんだ、兄ちゃんみたいに。
明日、もし遠足で二人とすれ違えたら。
絶対に、話しかけよう。
「わたちゃん、行くよ」
母さんに言われて、
「はーい」と返事をした。
暁愛華葉 6月5日 日曜日 午前10時45分
愛知県 夏露町 俥留駅
「─え、あれ、わたじゃない?」
「ん、どれ?」
「ほら、あれだよ」
愛知に戻ってきて数秒、私は見たことのある姿を見つけた。
「え、本当じゃん」
お母さんだろうか、一緒に駅を出ていく。
「また明日、聞いてみるか」
「そうだね」
葉凰が言ったから、私は声をかけるのをやめた。
駅を出ながら、話す。
「また行きたいね」
「ああ。もう一回氷に会いに行きたい」
この2日、私たちは氷含め4人の秘密を知ってしまった。仲の良い旧友たちってことを。
だけど氷が思い描いている友情とは違って、今の3人はすれ違い、なかなか近づけず、うまくいっていない。
なんだか本当に、現実感はないけど、でも素敵だと思った。きっと4人は会える。で、会えた瞬間がクライマックスになるんだ。
「あのさ」
「ん?」
葉凰が思い切って話しかける。私は次の言葉を待っているが、なかなか来ない。そのまま、分かれ道が来てしまった。
「、、、やっぱ、なんでもない」
「え?え、ほんとにないの?」
分単位で待ったのに、なんでもないらしい。
「気にしないで」
「、、、めっちゃ待ったけどね!」
「ごめんって!」
「気にしてないよ!」
感嘆符付きの勢いのある会話に、思わず笑った。別に、全部知りたいわけじゃないし、言いたくないなら聞かない。だから、いいんだ。
「それじゃあね」
「じゃあな。まじで楽しかった。ありがとう!」
「私も。ありがとね!」
私たちはそれぞれの帰路につく。
師走わさび 6月5日 日曜日 午後9時00分
愛知県 夏露町 児童養護施設からふるとまと
今日も勉強、疲れたなあ。
だけど、私は今笑顔でいる。
昨日、あれを聴いてからちょっと元気だ。明日は学校だけど、遠足みたいなものだから。
楽しみな気持ちを抱えながら、スマホを開いて「天体観測」を聴く。
「─始めようか天体観測♪」
もし、明日会えたらわらべに歌ってあげれるかな。わたに会えたら、一緒に歌ってくれるかな。
早く歌いたい、そう思った。
黄昏わらべ 6月5日 日曜日 午後9時05分
愛知県 夏露町 黄昏家
「あー、早く会いたい!歌いたい!」
「え、何、彼女?」
「彼女じゃねーよっ!」
心の声が聞こえてしまったようだ。しかもまっちゃんがいる部屋で!
「ってか、寝てなかったの?」
「私は宿題あるからさ。わーくんは寝なくていいの?」
「いやー、それがさ、楽しみすぎて寝れないんだよ!」
そう、明日は待ちに待った遠足!
班にはちゃんと友達がいて良かったって思う。
しかも、もしあの二人に会えたら歌を歌うんだ!葉凰と特訓した成果を見せてやる!
「天体観測、好きなの?」
まっちゃんは、そう聞いてきた。
「そうだよ、マジで好き!」
俺は大きな声で答えた。
「え、ちなみにさあ」
「え?うん」
一呼吸置いて、言う。
「彼女とどっちが好き?」
「っ!だから彼女いないってば!!」
あー、返事に詰まった。
まさか、こんな質問がくるとは思っていなかったのだ。即答できればかっこよかったのに!
カーテン越しで、まっちゃんは笑っていた。
黎明わた 6月6日 月曜日 午前9時36分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
「一年生初めての行事、思いっきり楽しもう!」
「おおー!!」
自分が言うと、みんなも合わせてくれた。
内容的には、今から胡桃森を歩き回って、1時間後くらいにパーク内に隠れている一年担当教員を全員探す、「かくれんぼ」。その後、パーク内で「ハンター逃走中」。そして、「クラス対抗脱出ゲーム」。昼ごはんを食べてる時に、先生たちによる「劇:シンデレラ」。で、パーク内で好きなことをして、2時30分バスに乗って学校に戻る。
記憶力の良い愛華葉と、何度も何度も読み合わせて流れを覚えた。式の流れは葉凰が教えてくれた。
自分は1班に混ざって、みんなで歩き出した。
師走わさび 6月6日 月曜日 午前1時03分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
それから、たくさん楽しんだ。かくれんぼでは、わたのいる5組が先生をたくさん見つけたことによって、優勝した。その後のハンター逃走中では、私たち10組が捕まった数が少なく優勝し、脱出ゲームではわらべたちの7組が最速24分で脱出した。
先生たちの劇は凝っていてとても面白く、からふるとまとの先生が作ってくれたお弁当はとてもおいしかった。
休み時間がやってきて、私は友達に見つからないように早足でその場を去り、ほぼわたたちを探すような行動をした。早く会いたい。会いたいよ。でも、怖いよ。
探して、本当に歌えるのか?練習した成果を出せるのか?
「僕は元気でいるよ、、、」
小声で口ずさみながら、ひたすらパーク内を練り歩く。本当は、探す予定なんて、なかった。いつか誰かが私を探してくれるだろうって過信して、やらない予定だった。いや、もともと過信していて、やらなかった。今から私がやることは、氷がいなくなった頃にやる予定だった、埋め合わせだ。言い方は悪いけど。そう思った方が楽だった。勇気が湧いてくる気がした。
私なら、大丈夫。
ぐっと拳を握って、前を向いた瞬間、心臓が跳ねた。
こんな奇跡、ないと思った。
相手も多分、驚いているだろう。
二人が、目の前にいる。
黄昏わらべ 6月6日 月曜日 午前1時03分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
「え、わらべどこ行くの?」
「あーっと、友達と先約があって、ちょっと用事を済ませに行くだけ」
ごめん、あっきー。忍たちとなかよく歩いていてくれ。頼む。
「そっか。待ってるからなー!」
「ああ!」
パークを駆け回る。
あー、何してんだろう、俺。
会えるのかな、でも会いたいよ。だから行くよ。会えなくても、奇跡を信じるから。
大好きなあいつらに、会いに行くから。
走って、角を勢い良く曲がる。と、昨日は数秒、強い通り雨が来たため、床に水溜まりが多々でき、それに足を滑らせそうになった。
「!?」
けど俺はバランスを保ち、なんとか耐えた。
「あぶねぇ、、、」
まじまじと水溜まりを見つめ、前を向く。
と、
「え?」と思わず声が出た。
奇跡って、あったんだ。
いる。
大好きな人たちが、いる。
黎明わた 6月6日 月曜日 午前1時03分
愛知県 春霧市 歴史的テーマパーク 胡桃森
なんで走ってんだろ。
自ら走り出す、というか、何かに引き付けられるような感覚に近かった。
同時に、奇跡が起こるって、心臓が言った。
自分らは会える。
同時に、昨日決めたことを思い出した。
会ったら絶対に、話しかけよう。
大丈夫。話せるよ。小学校の時みたいな、内気で、弱い自分じゃないから。
できる!
まっすぐ行くと、分かれ道だった。
右か左。目の前は、行き止まり。あーっと、、、。道の真ん中で決めよう!
そのまま少し直進する。
と、奇跡があった。
本当に、会えるんだ。
右と左を順に向く。
ほら、会えたじゃん!
続
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
次回もお楽しみに!
それじゃあ
またね!