小説/黄昏時の金平糖。【タイムレコード0:07】#27 海の旅で

暁愛華葉 6月4日 土曜日  午前11時10分 
      静岡県 紅無町 シーカヤック体験場

「─改めてよくここまで来たね!静岡、古狭湾(ふるさ)にようこそ!綺麗な海と素晴らしいカヤックの旅へ行ってらっしゃい!」
 、、、テンプレ?台本?
 言い忘れていたかのように、テーマパークのスタッフのようなセリフが来た。

 先程、約20分の説明を終え、やり方を少しだけ身に付けたところで、シーカヤック体験がスタートした。
 2人乗りの舟で、前に私、後ろに葉凰が乗るスタイルだ。
 スタッフであるおじさんたちは、皆半ば笑いながら、笑顔で見送ってくれた。

 一人一つパドルを持って、ゆっくりと漕ぐ。
「1、、、2、1、、、2」
 地味に遅いペースでひたすら進む。
「海広いなぁー」
「ね。、、、あ!」
「んあ?どした?」
 適当に返事したその時、私は見つけた。

「珊瑚礁!」
「え?、、、おお、本当だ!」
 前しか見ていなかったが、ふと下を見てみると珊瑚礁が広がっていたのだ。葉凰も下を見て驚いている。
「初めて見た!社会の教科書でしか見たことなかったんだよー」
「珊瑚ってほんとにあんだな。、、、お、魚もいるじゃんっ」
 鮮やかなオレンジのクマノミとコバルトブルーのナンヨウハギが透明な海を泳いでいた。

 海風が気持ちいい。
 進めば進むほどさらに透明度を増す海に、二人で感動し、時々舟の周りに群がる魚たちを二人で可愛がり、さんさんと光る太陽とそれを受けてキラキラと瞬く水面に二人で見とれた。

 本当に、久しぶりに、楽しいと思った。心から笑えていると思った。世界で一番私たちが輝いている、そう思えた。

木暮葉凰 6月4日 土曜日 正午12時 
      静岡県 紅無町 シーカヤック体験場

「─ありがとうございました!」
「はーい、また来てねー!」
 海の散策はあっという間に終わってしまった。
 しかし、本当に素晴らしい旅だった。
 愛華葉と馬鹿みたいにはしゃいだせいか、とっても空腹だ。

「愛華葉、まじで楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、私も楽しかった」
 来て良かった。そう思った。
「次はどこ行く?」
「“しおや”ってところに行く」
「おっ、飯だ」

 愛華葉は桜えびとみかんを食べたいって言ってたし、俺もがっつりと食べれそうだから、ちょうど良い。
 シーカヤック体験場から歩いて10分、小さな木組みの、和風な建物に着いた。

木暮葉凰 6月4日 土曜日 午後12時10分 
       静岡県 紅無町 静岡食堂・しおや

「いらっしゃい!」
 のれんをくぐり、引き戸をスライドすると、威勢の良い声が聞こえた。
 端のテーブル席を取り、メニューをながめる。

「んー、どれにしよっかな」
「私はもう決めたよ」
「え、どれ?」
 早いな。それも決めてたのか。
「“桜えびのかき揚げうどん”と、“みかんかき氷”」
「おー。、、、それじゃあ俺は、、、」
 これは、友達の金で食う飯だ。さすがに高いものは頼めない。その中でも、俺の食べたいものを選ぶ。
「“しらす丼”と“みかんかき氷”」
「よし、決まり」
 
 ベルを鳴らそうと、机の端を二人で探ったが、見つからない。
 え、そんなことあんの?
 二人で困惑していると、店員がそれに気付き、声をかけてくれた。

暁愛華葉 6月4日 土曜日 午後12時15分 
       静岡県 紅無町 静岡食堂・しおや

「ベル、無いんだね」
「な。まじで焦った」
 私は笑った。
 二人で探したが、なかなか見つからなかったのは、もともとベルが無いためか。

「─席池、楽しみ?」
 私は、その響きではっとした。なんだか、現実に戻されたような気分だ。
 私は気落ちした顔を見せないように、笑顔で「楽しみ」とだけ答えた。

 葉凰はそれに気づいたのか「あ、ごめん」と謝った。
「謝んないでよ」
「だってさ。ほら、学校のこと忘れたいんかなって」
 あぁ。葉凰をあざむくことはやはり不可能だ。
「よく分かるね。とくに嫌なことは無かったんだけど、なんとなくやる気なくてさー」
 どうしようもない、という顔で言うと、
「そういうこともあるって」
 って返ってきた。

「愛華葉って完璧そうに見えるからさ。けど意外に人間っぽくて逆に良かった。たまには休んで、楽しんで、また頑張ればいいし」
「そだな」

 私は山形の小学校で2年間過ごし、3年生の秋から愛知の夏露小学校に転校してきた。
 その時から、なかなかクラスに馴染めなくて、いつも避けられた。友達なんて誰もいなかった。
 たまに、急に遊びに誘われることがあったが、何かたくらまれている気がして、行けなかった。
 家族といる方があたたかくて、幸せで、ずっとそれで良いって思って。
 守られてる感じがして、安全、安心が保証されている気がして、友達を作ることはしなかった。

 中学校に上がって、さすがにコミュ力付けなきゃな、とみんなに話しかけたり、仲良くするようにしてるけど。
 もしかしたら、人と居ることに疲れてるのかな。
 人付き合いなんて慣れないもんな。

 多分、そうだ。
 慣れないことをしたから、充電切れなんだ。
 にしても。

 葉凰といて楽しいのはなぜだろうか?
 それは葉凰も思っているのか?
 気になっても訊けない疑問を、私は心の奥にしまった。

「─お待たせしました!しらす丼の方ー」
「はい、俺です」
 葉凰が食べずに待っていたから、「先に食べな?」と言うと、「愛華葉と食べたい」って返ってきた。
 それって、申し訳ないって意味だよね?
 お金私が払うから謙遜してる、そうだよね?
 この旅で、こんなに人と仲良くなれるとは。嬉しくて、顔が爆破しそうだ。

 笑顔で待っていると、葉凰がふっと笑った。
「な、何?」
 私が聞くと、
「いや、別に?」
 と返ってきた。
 が、葉凰の笑い声はどんどん大きくなる。
「何?なんか付いてる?」
「なんもないって」
 なんか怖いわ。
 けど、大声で笑う葉凰、意外と初めてかも?

 なんとなく外を見ると、さっきまで青かった空は、暗いグレーに包まれていた。


最後まで読んでいただいてありがとうございました!
次回もお楽しみに!

それじゃあ
またね!

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