小説/黄昏時の金平糖。【Ves*lis】#6 ヒーロー
黄昏わらべ 6月2日 木曜日 午前7時10分
愛知県 夏露中学校登校道
「─」
呆然と立ち尽くしていた。
取り敢えずノリで話しかければなんとかなるって思ってた。でも、違った。
そうだ。俺たちはもう幼くない。ノリだけじゃ仲は修復されない。もうすぐ大人なんだ。このまま居れるわけでもない。
歩き続けなければならない。なんとか方法を探しだして、話し合わないと。
さっき腕を押された薄い痛みを覚えながら、ゆっくりと歩き出した。
黎明わた 6月2日 木曜日 午前12時56分
愛知県 夏露中学校 体育館
道に迷わず来れた。
満足しながら、誰もいない体育館の舞台に座る。寝転ぶと、目の端にピアノが映った。
─ピアノねぇ。
習っているし、今でも弾いている。だけど、自信は無い。オーディションに何回も落ちていたらこんなもんだろう。中学校の合唱コンクールはオーディションがあるらしいが、どうしようかと迷っていた。
それに、強敵である夜さんだって同クラだ。
絶対に受からない。だけど、やる気だけはアピールするつもりだ。成績も上がるかもだし。
─気分が下がることを思うのはやめよう。面倒になってきたし。
よいしょ、と上体だけで起き上がる。
そのまま舞台から飛び降りようと、助走を付けた。が、走っているときに足が舞台を越し、バランスを崩して、床に落下した。
「いったぁぁ、、、?ん?」
誰かがいる気配がして顔を上げた。葉凰と愛華葉が、入り口で立ち止まって、こちらを見ていた。
「、、、お前、何してんの?」
「え?は、や、何もしてないけど?」
「いや、さっき舞台から─」
「見てたのか、お前ら!」
「や、ごめんって」
見られてないかと思ったが、まさか見られていたとは。
二人は笑っている。笑っているのは良かったが、見られたのは最悪だ。
ちょっと不満になりながら立ち上がった。
暁愛華葉 6月2日 木曜日 午後1時15分
愛知県 夏露中学校 体育館
「おお、3人ともよく2日で覚えてきたなぁ」
「ありがとうございます!」
そりゃ言われたらやるわ。
何より、暗記なんて朝飯前だ。
「暗記得意?」とわたが言った。
さっき思っていたことを読まれて少しムカつく。
「アイカを馬鹿にしてんの?」と葉凰が言った。
っていうお前こそ馬鹿にしてんだろ、とツッコミたくなった。
ちなみにアイカとは私の別名だ。
あの、かの有名な炎竜愛楽(えんりゅう あいら)と雷竜花(いかずち りゅうか)を混ぜたような見た目をしていることから付けられた。
わさびのあだ名よりは、気に入っている。
「お前らうるさい」
「照れてる?」
「静かにしろ!」
わたがからかってくる。こいつの考えていることはよく分からない。だから、クラス一(学年一)馬鹿って言われるんだよ。
先生も笑っている。
と、チャイムが鳴った。良いタイミングだ。
「それじゃあ明日は準備に回ってもらおうかな。また集まってね」
「え?あ、終わりじゃなくて?」
これで終わりだと思っていた葉凰は、さすがにこの反応だ。
「まぁ、明日も頑張ろうや。な?」
「あぁ。3人増えれば効率も良くなるでしょ」
「はぁ、、、」
わたがこちらに共感を求めてきたため、助けておいた。乗らないのもありだったが、放っておくのが可哀想だった。馬鹿で意地悪なのに、構ってあげたくなる。やっぱりよく分からない。
5時間目に体育館を使うクラスがやってきたため、私たちは教室に戻ることにした。
木暮葉凰 6月2日 木曜日 午後13時20分
愛知県 夏露中学校 音楽室
「─今日の授業は、届けたい人に歌を届ける練習をしよう!」
しよう、に独特なアクセントが付いている。この人は関西出身なのかな、と思わせた。
というか、歌を届けよう、か。
俺には歌を届けたい人なんていない。だって、そんなことしなくても想いなんて伝えればいいものだ。別に歌なんて忘れられんだろ。それそうに歌が上手くなかったら─。
ここまで考えて、顔を上げた。
そんなこと言ったら歌手に、歌手を目指してるやつらに失礼か。でも、少なくとも俺は歌なんて歌う仕事しないし。
プリントが配られ、ざっと目を通した。
─届けたい人、理由、届けたい歌、気持ちの込め方、歌い方。
そして裏面には聴いてもらった人の感想欄。
結構本格的だな、と思った。
俺は横を向いて、隣の席のわらべに話し掛けた。
「なぁ、わらべ。お前は誰に─、、、おい?」
いつもなら元気に対応してくれるが、今日は暗い。話を聞いていないみたいだ。
「おい、わらべ?」
もう一回訊いてみると、
「ん?あ、ごめん、どうした?」
と返事が来た。
「お前、大丈夫か?全然反応薄いじゃん」
「え、そうか?普通だと思うけど、、、」
「いいや、普通じゃない、何?お前考え事?」
「え、あぁ、まぁ、そんなところかな」
俺はこういう何かを隠し通そうとする奴は嫌いだ。何より、わらべに関しては、いつも元気なのに今日は違う。そんな態度がムカつく。意見ぐらい、友達に言えばいいのに─
俺は手を挙げた。
「先生ー。ちょっと外で考えてきてもいいですかー?」
「え、なんでや?」
周りの生徒が笑う。
「気分転換です、行こうわらべ!」
「え?あ、あぁ、行くか!」
俺たちはプリントと筆箱を持って、音楽室を出た。
続
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