17年、医療職に従事してきて
仕事(理学療法士)で若い子たちに接していて、なんとなく思うことがある。
めちゃくちゃ勉強してるなって。
知らないこといっぱい知ってるなぁって。
時々、専門用語についていけなくなる。
だけど、答えは目の前の患者さんや利用者さんにあるのであって、文献にはないよ。
自分が調べたり考えたりしてやってみたアプローチが、目の前の人にちゃんと効果として出ているのか、かえってマイナスになっていないか、そこをちゃんと見られるかが大事なんだよ。
試行錯誤しても難しいときは、視点を変える、視野を広げる、この切り替えも大事。
そんなときはうまく先輩を使ってほしいな。
あとは、目の前の方の自分の体の衰えに落ち込んでいる姿があるときに、機能低下のダメ出しは逆効果なことが多いよ。
自分の老いを上手に受け止めて、生活できている方もいるけれど、老いによる衰えを受容できずに責めてしまう方もいて。
そういう心情も理解した上で、その方の「やりたい、楽しみたい」を応援してあげて欲しいな。
なんて思うのは、私の考えであり、やり方でもあるのよね。
経験年数とともに、ここら辺の線引きが難しいと日々思う。
だから基本的には自分の考えを伝えるよりも前に、目の前の後輩たちの考え方に耳を傾けよう、と思ってる。
いろいろ感じることはあるけれど、まずは私が私でいること、理学療法士としてどうありたいか、を淡々と実行できる人間でいること。
それから、人として、相手を尊重する、信頼関係を大切にできる、丁寧に関わる、こういうことが基本で、大切に考えている姿勢を崩さないこと。
その背中を見せた時に、後輩たちがどう感じて、どんな行動をするのか、ということをジンワリと眺めつつ、適度な距離感で関わっていくこと。
前の職場で初めて10歳も歳が離れた同僚たちと一緒に過ごして、一番大きく影響を与えたのは、私の治療の姿勢だったように思うのね。
何も聞かれないし、こちらも特別に教えないけど、後輩たちの治療姿勢がどんどん変わっていって。
見るって大事だなぁと思った。
言葉よりも感じることがあるし、伝わるんだよね。
私は目の前の方をちゃんと治療したかったし、効果も出したかったから、17年、ずっとプレイヤーでいたの。
もちろん、子育てとの兼ね合いがあって、フルで仕事できなかったし、組織の中で必要な役割につかなかった状況があったのもあるけれど、それをいいことに、思いっきりプレイヤーを楽しんできたの。
前職はサイコーだったなぁ!
めちゃくちゃエンジン全開だった。
効果も出せたし、自分のスタンスがまた確立されたように思ったもの。
だけど、今度の職場はほとんどが歳下で、経験年数でいうと後輩にあたる。
自分に課されたことはしっかりとこなしつつ、周りをよく見て、目の前の患者さん同様、後輩たちの「やりたい、楽しみたい」を応援できたらいいんだろうなぁ、と思う。