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かき氷

日曜の昼、私は常軌を逸した。

あの日のことを一生忘れないだろう。

長い時間、病気で家に閉じこもっていた私。人と出会い話し、やっと自分が生身の人間であることに気付かされた日だった。

相手はネットで知り合った10個上の男性だった。ネットで出会った人と実際に会うなんていう狂気的なことが私に出来るのだろうか、不安だった。でも、試してみたかった。親の思うような自分でい続けるのはすごく苦しくて悲しかった。

昼過ぎに表参道駅のホームで待ち合わせた。ここら辺に美味しいかき氷屋があるらしかった。

表参道に向かう道中電車に乗り間違えて、焦ってしまいせっかく可愛くキメたメイクも少し崩れてしまった。シュンとしてホームに降り立った私は右を向いた。

すぐ分かった、写真の彼だと。

彼はすらりと背の高い、少し痩せた、長袖の君だった。彼がこちらを向いた時、恥ずかしくてホームの柱に隠れた。

吸って吐いて、深呼吸してから、柱の裏から出た。

挨拶をした。8月の終わり、こんなにも暑いのになんでこの人は長袖のシャツなんだって心の中でツッコミを入れながら彼の後をつづいた。

彼は、脚の長さに反してゆったり歩く、声も小さくよく聞こえない。ちゃんと聞いてないと聞こえないくらい。

かき氷屋の前で並んでる途中、夏の日差しに参ってる中。彼の声がやっと聞こえた。すごく柔らかくて上品な、心地よい声音だった。心惹かれた。

それからかき氷を食べ、洋服を見て回り、ピザを食べに行った。

10個上の彼が見る洋服は私の想像もつかないような世界で、彼のする話は全て私の見たことのない景色そのものだった。

けれどすごく楽しかった。 中目黒でピザを食べた帰り、8時位。

駅までの少しの距離、歩けば数分で着くのに、わざと、わざとゆっくり歩いてみた。

中目黒駅につけば彼とはもう会わない。ネットのやりとりは1回きりだから。そんなことを誓っていた自分を呪いたくなる。

ゆっくり、なるべくゆっくり、もう少し君と居たいと心から願った。

病気になってから、日々を名残惜しいだとか大切だとか思ったことなかった。でもこの夜、時間が止まればいいのにって、本気で思った。

この瞬間、今を生きていた。死から1番離れた場所にいる気がした。

帰りの電車、ひたすら彼との時間に想いを馳せ、と同時に彼にとって私は何でもない人であると唱えながら、恋愛ソングを聞いて帰った。

あの日から何年か経つけれどあの夜、中目黒までひたすらゆっくり足を進めたのはいい思い出。


そしてそんな彼は今では恋人。その話はまた今度。


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