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輝く場所をなくしたら

この季節がやって来た。お約束の…。
大好きなアーティストのライブに行ってきた!

その感動を述べると数日かかりそうなので割愛する。笑

月並みだけど。マジで。本当に。
カッコよかった。

今回はステージデザインが独特だった。
とっても優しくて綺麗だったなぁ。
そこにもたくさんメッセージが込められているようだった。

それにしてもテンション爆上がりだった。覇気のない普段の自分から乖離した一面に我ながら驚く。どこに力が残っていたのと毎回感心している。会社の人が近くにいたら二度見どころか気づかれないだろう。笑

ともあれ素敵な時間を過ごした。

MCでの「まだこれから10年はやっていく」という言葉が嬉しかった。

彼らは私にとって光だ。これから先も変わらない。いつか活動を終えるときが来たとしても。

この出会いがなければどうしていただろう。

色々諦めて淡々と暮らしているころに出会った。
そうは言っても生きていかなければならないし、とりあえず進むしかなくて、無理やり方向を決めてとぼとぼ歩いていたら「ちょっと」と後ろから腕を掴まれたみたいな感覚だった。

ここ数年のこの時期は、年に一度の本格的な心の洗濯の機会となっている。
また、立ち止まって何かを考えるきっかけをもらっている。

naobimによるPixabayからの画像

さて、ここからの10年。自分はどうしているだろう。10年後に生きているかどうかもわからない。若いころはどこか余裕があったというか、根拠なく自分にも何かまだあるのではないかというような希望がどこかにあったと思う。

それがなくなったこれからの10年という歳月。それだけ考えるとやっぱり不安は拭えない。

そこそこ頑張って生きてきた(つもり)なので、ある程度のことは多分クリアできると思うけど。

ただ厄介なことに、自分には心にこびりついて離れない大きな後悔というものが一つある。

悔やんでも、悩んでも結果は変わらないしどうしようもないことはわかっていることだ。なのに何度考え収めようとしても一向に離れてくれない。かれこれ10年は費やした。

人間は忘れる生き物だと言うけど本当だろうか。少し薄れることはあるかもしれないけど、なくなることはないのではないかと今の時点では思っている。

長い時間をかけて一生背負っていく覚悟を培かおうとしてきた。
しかし問題は、ことは自分だけで完結しないというところだ。人は一人では生きて行けない。というより「生きていない」というのが正しいのだろう。

かなり乱暴な推論だけど。
例えば、誰かのために死ねるか?または、自分のためならばと思ってくれている人がいるのか?ということを考える。どちらもすごく幸せな人のことのようである反面、何か重要な問題を抱えたときには一転大きな苦悩に変わるのではないかとも思う。
贅沢な話かもしれない。

大切な家族や友人を亡くしたときも、震災のときも、今も続く戦争を思うときも、何度も「生きているだけで」と本気で考えなおすのだが、愚かなものでまた元の思考に戻ってしまう。

自分には大切な人たちのために、どうやっても役に立てないことがある。物理的に叶わないのだ。いくら「それでも構わない」と言われたとしても、単なるエゴではないかと思ってみても頑なに納得できない。そこをどう乗り越えていくのか。そしてその先に続く大切な人たちとの死別にどう向き合うのか。そんなことを考えたときに、やっぱり向き合う自信がまだ足りない。

大切な人たちに幸せに生きてもらうために、自分はどうあるべきなのか。またこれからの歳月をかけて考えていかければならない。
一生かけて考えても答えは出なさそうだけど。

ライブでは新曲が披露された。
レコーディングもまだだというまったく初見の曲だった。終始感情を揺さぶられ続けていたところのアンコールで披露されたため、ダメ押しでキャパオーバーを起こしていたのか、良い曲だなぁと思ったけど細かいことは正直よく覚えていない。

ただ

「振り返るな」

の言葉が心にすっと入ってきた。
涙を堪えた。

後日、公演に至るまでの心情やコンディション調整が難しかったこと、長きに渡る活動での苦労などアーティスト側の話を知った。
自分にとってこれほど眩しい人たちにも、色んな苦悩があることを改めて考えた。
彼らの曲とともに過ごしてきた私たちファンは、彼らがこれまでどれだけ命を削って活動してきたのかを知っている。(つもり)
そうでなければ、あんな曲は創れないし誰かの心に何かを伝え続けることはできないと思うからだ。

アーティストに限らず、誰かのすべてを知ることなど不可能だ。いくらファンでもアーティストとしての側面しか見ていないと言われても然りだ。でも彼らと私たちとの間には曲が存在する。その人の創った曲にはやはり本質が宿るというか、何を考えどう生きてきて、生きようとしているのかが垣間見える。だからアーティストとしてはもちろん、人としても信頼しリスペクトするのだ。

自分たちの想像を超える苦悩があるとしても、それでも私たちの前では輝いてみせる。それらは幻想ではなくどちらも現実だ。

曲に込められた真意は、聴き手側に必ずしも届くとは限らないだろう。今回のようにたまたま自分に必要だったことばが耳に留まった。ただそれだけのことかもしれない。
それでも、その偶然の繋がりにいつも勇気をもらう。
音楽を、彼らを好きでよかった。

ninikvaratskhelia_よるPixabayからの画像

ありがとう。


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