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第七話 山根草
※小春と才四郎の後日談第三弾です。小春の家族を死に追いやったのは才四郎だった? 衝撃の過去発覚の回です。
ーーあたしのせいだ! 口の軽いあたしのせいで、あのお優しいご領主様、奥方様、御坊ちゃま……あんなに可愛かった姫様まで!ーー
私はある夜、聞いているこちらが苦しくなるような悲痛な叫び声に、目を覚ましました。そしてすぐに昼間来た旅人が、ご主人様にお話ししたあの話のせいだと思い至ったのです。
昼間、茶屋で一服した旅人が、話好きなご主人様とお話をしていました。どうやらこの辺りを治めていた領主様が謀反で討たれ、ご家族も亡くなられたようだ、というような内容の話でした。
私がこのお店で厄介になる前でしたが、ここに立ち寄られたことがあると、いつも嬉しそうに、そして誇らしげに。ご主人様がいつもお話される、あのご家族であると私は横で聞いていてすぐに理解したのです。
一緒にそれを聞いていたご主人様は、段々と顔色が悪くなられ、様子がおかしくなって……。毎日欠かさず決まった時刻に開け、夕方日が暮れるとしめる。毎日毎日変わらず立たれていた筈のお店を、この日に限り早々にしめてしまわれました。そして、床に入ってしまったのです。
そんなこと、このおうちに来てから初めてのことで、私はとても驚いてしまいました。
心配になって、部屋の外から声をかけても、ご主人様は返事をしてくださいません。
それでも私は声をかけ続けました。すると弱々しい声で、夕飯は縁側に置いてあるから……という言葉だけが帰ってきました。ご飯のことなどどうでもいい。ご主人様が心配なのに。しかしその言葉を最後に、どうやら眠ってしまわれたようなのです。
私は仕方なく、飯を食べ、そしてご主人様の部屋のすぐ側の縁側で眠ることにしたのですけど……。夜が更けてから、突然慟哭されるご主人様に驚き、再度声をかけました。
ーーどうされたのですか? 開けてください。
だけど、ご主人様は、部屋の中で泣き暮れるばかり。
ーー娘の言う通り。あたしはおしゃべり好きな所を治すべきだった。あいつはきっと、隣国のそういう手の者に違いなかったんだ。それなのに……あたしが余計なことを喋っちまったから。
その翌朝からです。起きてこられたご主人様は、魂が抜かれたようでした。今までの歳を感じさせない、かくしゃくとした、あの様子は鳴りを潜め、痴呆の老人のようになってしまわれたのです。
あれから、五年経ちました。
あの日以来、終日縁側に腰掛け背を丸め、俯きながら見えない誰かに許しを請い続ける……。そんな様子のご主人に、私は隣に寄り添い、お慰めすることしか出来ません。
また一緒にお店に立ちたい。一緒に山をお散歩したい。ご主人の山に悪さする者達から守ってあげるのに。私は楽しそうに蕨を採り、水饅頭を作るご主人様の姿を見るのが一番好きなのです、そう伝えることもできない。そんな自分が歯がゆくて、悲しくて、辛くて。
今宵も、人知れず月を見上げて鳴いてしまうのです。
ーーーーーーー
「この辺りだったと、思うのだが」
私は才四郎に案内され、街道からそれ、細い山道を登った先にある、小さい茶屋を目指して歩いていた。
すでに風は冷たく山の紅葉は進み、道をゆく我々の上に、赤や黄色に染まった木の葉が舞い降りてくる。踏みしめる落ち葉の、子気味の良い音が耳に心地いい。
叔父上の寺を目指す私たちは、とうとう父上の領地であった彼の地へ到着間近となっていた。旅の途中、思い返せば、両親達がそっと助けてくれたかのような不思議な出来事が数々あり、そのことへの感謝。私には勿体無い程の殿方、才四郎と出会い。来月には夫婦になると言うことの報告も含めて、一度館を見下ろせる場所ーー夢に出てきていた、私が最後に燃える館を見下ろしたあの崖ーーへ行きたかったのだが。そこには、すでに新しい領主の館が建っており、近づくのは非常に危険きまわりないと、彼に反対されてしまった。
少し残念であったが、そのような危ない真似をして、面倒事を起こすわけにはいかない。旅路を行きながら何気なく父上、母上の事を、才四郎に話していると、父上がわらび餅好きであった、と、いう話題に行き当たった。
すると、そう言えばこの近くに、珍しい蕨餅を食わせる茶屋がある、と彼がとみに思い出し、話題に上げたのだ。その蕨餅は普通と違い、透き通った皮にあんを包み、まるで水で作ったように見た目も美しく、瑞々しくて非常に美味しいのだと言う。甘味が好物の私は是非とも食べてみたい心持ちとなる。それじゃあ、崖には行けないが、その茶屋で、それを食いながら、お父上を偲ぶか、との彼の提案で、その茶屋へ向かう運びとなったのである。
細い獣道のような山道をひたすら登る。少し先を行く彼が、額に手をかざし、おおっと小さく声をあげて、私を振り返った。
「ああ、あれだ。小春もう少しだ。頑張れ」
なかなかに急な上り坂。さらに落ち葉で足元も滑りやすくなっている。転ばぬように留意しながら登っていたため、肩で息をしてしまったが。差し出された彼の手につかまり、私は頷いた。
「はい。頑張って登ったかいがありそうで、楽しみです」
坂を上りきると、少し開けた場所に、もみじの大きな木が植えられており、その下に寄り添うように建てられた茅葺き屋根の古民家が姿を現した。軒先が茶屋として開放されており、長椅子が数脚並べられている。
あれは……私は、ふと立ち止まる。
なぜだろう。この大きなもみじの木。そして、趣のあるどっしりとした構えの民家。この風景を私はなぜか知っているような気がして、食い入るように眺めながら思案を巡らせた。
いつとははっきり言えないが、心の中にある、霞がかった古い幸せの記憶の一つに、これと良く似た風景があるような気がするのだ。その時はあの木は確か、紅く染まっていなかったはずである。白く眩しい陽の光。その日差しを受けて輝く若緑色の葉。耳にうるさい蝉の鳴き声。物静かな兄上に何度も、「兄上、なんと申されたのですか?」と聞き、木の根元で駆け回りながら、待ち遠しく、何かを待っていた、この記憶。
もしかすると、私も幼いときに、ここへ来たことが……?
そんな私の思案を気取った訳ではないと思うのだが。才四郎も横で同様に立ち止まり首を傾げている。何故だろう、彼を見上げると、顎を撫でつつ呟く。
「おかしいな。汁粉屋と書かれている」
彼の視線の先を、私も見遣る。店の軒先に、肌寒い秋風に吹かれ、翻る暖簾には確かに。鴬色に白抜きで、汁粉屋との文字がある。さらに言うと、その饅頭は珍しさも合間って、この辺りでは人気で行列が出来るほどの客入りと聞いていたのだが、私たち以外、客が並んでいるような様子はない。
「前は水まんじゅうと書かれていたはずなんだが。人も居ないところを見ると、潰れたか?」
刹那だった。彼のその言葉を、何処かで聞いていたかのように、突如店の中から、白い小さな何かが姿を現した。私たちの前に立ち塞がると……低く唸りを上げて吠えかかる。
「飼い犬か。こらこら、俺たちは客だぞ。客に吠えかかってどうする」
才四郎が、私を庇うように立ち、犬を見下ろしてそういった。犬好きな私は彼の影からそっと、その犬を見下ろした。真っ白な体毛。細く長い手足に、ぴんと張った長い尾。耳もきれいな三角の形をしており、目と鼻が真っ黒で大きく、とても利口な犬に見える。しかし、歯を剥き、今にも飛びかからんばかりの様子……私と言うより、彼、才四郎に向かって非常に怒っているように見えるのだが。
「おかしいな。俺は犬と子供には滅多に嫌われることはないんだがなあ」
彼の弱りきった声に、私も首を傾げた。私もだが彼も犬好きで、道中よく飼い犬に気に入られ、すり寄られたり、首を撫でて一緒に暫し遊びに付き合う彼の姿を幾度となく見ていた。このようにあからさまに、犬に吠えたてられるのをみるのは始めである。
「才四郎。前にここに来た際に、この子となにかあったのではないですか?」
私が聞くと、彼はいやいや、と首を降る。
「いや。前に来たときは、軒先に繋がれててな。店主のばあさんと、世間話をしながら、静かに頭を撫でさせてたんだがなあ」
そんな、彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、暖簾から、お婆様と呼ぶには若すぎる、髪を一つに結った女性が顔を出した。
「こら、白! お客に、吠えるんじゃないよ。全く気難しくなっちまって、困った犬だねえ」
その女性は、こちらへ急ぎ足で寄って来られる。が、しかし足がお悪いのか、引き摺っているようだ。彼が私を少し振り返り、笠を目深く被るよう促した。私の目の色は珍しい故、この辺りは、私のことを知る人も多い。いつも以上に、容姿を隠すよう彼にきつく言われている。顔に包帯を巻いているが念のため、さらに編み笠を深く被る。気配で先程の店主が私たちのすぐ傍に来られたのが分かった。編み傘の隙間から、白と呼ばれた犬の首に手を回し、ぐしぐしと撫で、やめなさい、と諌めながら、私たちを見上げる女性の様子が見える。
「いらっしゃい。お客さんかね。先代が体を壊しちまってね。娘の私が店を継いでるんだ。水饅頭は先代の専売だし、今は蕨もとれなくなっちまってねえ。ただの汁粉位しか出せないのだけれど、食べていくかかい?」
「小春、折角だ。汁粉だけでも食っていくか」
彼の声に私は、はい、と、答える。ふと店主が私の方を訝しげに身やるのが気配でわかる。
「すみません。顔に怪我を負い、目もあまり見えないもので」
私が予め考えていた口実を述べる。ああ、そうなんだね。すまないね、不躾に見つめちまって、と謝罪を頂いてしまう。どうやら口調はきついが、優しいかたでおられるらしい。むしろ私の方が申し訳ない気持ちになってしまい、いえ、こちらこそ。お気遣いさせてしまい、と、謝ってしまう。
まあ、立ち話は何だしと促され、まだ何か言いたげな白と呼ばれた犬と、店主の後を歩き、私たちは軒先の長椅子に腰を下ろした。
汁粉を作っていただいている間、自然と視線は白い犬へと行く。才四郎には随分と攻撃的な態度であったが、気難しい犬なのであろうか。そっと数歩先にお座りしている犬を見下ろす。
私と傘越しにふと目が合うと、白と呼ばれた犬は尾をふり、ゆっくりと近づいてきた。そっと手を差し出してみる。どの犬もよくそうするように、匂いをしばらく嗅いでいたが、舌を出し、ぺろりと一度だけこちらの指を舐める。なぜか私を再度見上げにこりと挨拶をしたように見せた。しかし再度、横の才四郎を見上げて……なぜなのだろう。彼に対しては、ふんっと鼻息を詰まらなさそうに吐き出して、そのまま私の横で伏せて丸くなる。
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