はじめまして、mikanと言います。 ツイッターでいつもふざけた言葉を つらつらと書いております。 助産師1年目をもう少しで終わろうとしている助産師1年目です。初心者マークに「お願いだから、ここにいて、どこにも行かないで」と涙目でしがみついてる助産師1年目です。「私は本当に助産師になってよかった人間なんだろうか」と毎日首を傾げている助産師1年目です。 多分、だめだったんだな。 そんな予感と納得が止まらない。 最近、文章が長くなるんです。 この前「今ならできる気がする、
私はインシデントを大量発生させてきた新人です。 「歩くインシデント」 「走るインシデント」 「シャトルラン・インシデント」 「反復横跳びインシデント」 こんなあだ名が幾らでも 思い浮かぶくらいには 自他ともに認めるインシデント助産師です。 でもこのインシデント大量発生が なんと、役立つ日が来ました。 一年目の方の登場です。 未だにペーペーな私であるにも関わらず 私が指導する立場になる機会がとても多い。 これは如何なものかと思う時もあるけれど 相手に教えるということは
助産実習をご存じだろうか。 看護実習を経験したことのある人は多いでしょう。 なんてったって看護師は日本に170万人もいるらしい。 かたや、助産師はどうだろうか。 なんと約4万人。 少なすぎる。 いや、分からん。 少子高齢化の進んだ日本には、適当な人数なのかもしれぬ。まあ、なんだっていい。要するに、助産実習を経験したことがある人はとても少ない。 そんな気がしている。 「助産実習って結局、何をするんですか」 「いろいろです」 「助産学生って結局、どんな感じなんです
月曜日の朝、起きたら体が動かなかった。 「おっと、なんだこれは」と思った。 意識はある、手足も動かせる。 でも倦怠感がのんすとっぷ止まらない。 幸い、休日だったので午前中はまるまるベッドの上で過ごした。 目を閉じて重たさが空中へと消えてくれることを待つ。 ひたすら待つ。 12時を過ぎるころ、身体がふっと軽くなった。 今なら動ける気がする。 そう思ってゆっくり上半身を起こす。 いつもの自分の部屋だった。いつもの私だった。 というわけで、友達に電話をした。 「なんかね、体が動
助産師をしていると、落ち込むことが多い。 この仕事は疲れる日が何度も訪れる。 責任の重たい仕事であると同時に、 優秀から程遠い私です。 毎日なにかしらやらかしてる。 夜勤明けは大抵ため息をついて車に乗り込むし 運転中にやり忘れていた仕事を思い出して 「うおー」と一人小さく叫んで頭をかかえたりする。 仕事帰りの私は大体精神にヒビが入ってる。 他人の視線、自分の不甲斐なさ、生きづらさ、 そんなものが束になって襲いかかってくる。 勘弁してくれと思うけど、仕方ない。 仕方な
2023年が嫌いだった。 それはもう、骨の髄から。 radwimpsの「tamaki」の「あなたが嫌いだった」は色んな深い意味が込められた「あなたが嫌いだった」だけれど、私の「mikan」の「あなたが嫌いだった」は正真正銘の不快の意味が込められた「あなたが嫌いだった」です。 助産師2年目という生き物は実に憐れな存在でありまして「人間にもなれず、山犬にもなりきれぬ」というモロの言葉が身と心に染みる。 「熟練にもなれず、新人にも戻れない」 つまるところ、私はサンだった。
いま、すっっっっっっっごく 助産師を辞めたい。 一年目の頃の私ですら、ここまで強く 助産師を辞めたいとは思っていなかった。 少なくとも助産師1年目の頃の私には もう少し熱意があった。たぶん。 だがしかし、今はそれがすっからかん。 探しても探しても見当たらない。 捜索願はだいぶ前から 出しているんだけれども ずっと所在不明です。失踪中です。 助産師になりたいと思っていた 小学生時代の自分を脳内へ登場させる。 君と話がしたい。 「ちょっくら今しんどいんだわ」 「あなたが望
新人助産師をご存じだろうか。 去年の4月の私のことです。 私だけでなく、全国に新人という お守りなのか、免罪符なのか、 はたまた重罪なのか、 よく分からない名詞を背負った 助産師および看護師が あちこちらにたくさんいる。 「新人助産師」というのは、実に憐れな生き物であって、挨拶を返さぬ珍獣との出会いを果たし、味方と思いきや圧倒的黒ボスの存在、知らない分からないことが盛りだくさんの中、信じられぬ責任の重たさに精神が悲鳴を上げ「これ2回目だよね?」という先輩の言葉の刃に心が