写真はインドのジャイプールで、インド人と意気投合してしまった俺。
コロナ終わらないかなあ。
3ヶ月も日本にいたのは10年以上記憶にないなあ。
逆に海外に行くモチベーションが下がってきてる今日この頃だ。
ところで今日はなかなかいい話をするので、耳をかっぽじって聞きたまえ。
俺の文章の中に、お前が迷いから抜け出せるヒントがあるかもしれない。
iPhoneのことを考えてみて欲しい。
昔のiPhoneは発売されるたびに楽しみだったろ?
新しいiPhoneってどんなのだろうってドキドキしただろ?
次回もすごいのが出るはずだから、今回のは我慢しょうとか思ったことが何回もあるだろ?
でも、最近そのドキドキがなくなったと思わないか?
俺はiPhone8を使っている。
買い換える予定は最近まではなかった。
なぜだと思う?
飽きたからか?
俺はオーバースペックになったからだと考えている。
必要な機能をすでに手に入れている状態だと思うのだ。
iPhone8で全く困らない。
例えば、俺が小さい頃、祖母は洗濯板で洗濯物を洗っていた。
洗濯機を買った時は革命的だったと思うのだ。
洗濯機ってその時代から、たいして進歩していないと思うのだ。
世の中に対して。
つまり、オーバースペックしている。
もしも、洗濯板から洗濯機くらいのイノベーションを求めるなら、光にかざしただけで洗濯物がきれいになるレベルじゃないとね。
洗濯機に洗濯物を入れたら、ま、大体30分くらいで洗い終わる。
それを干す。
もしくはそれから30分くらい待って、さらに乾燥まで終わらせる。
これ以上は世の中は求めていないと思うのだ。
これを20分にしたり、15分にしたりするのは進歩だと思うが、そこまでのニーズがない。
で、俺は世の中の全てがほぼオーバースペックしていることに気がついた。
キャンピングカーとか、グランピングとか流行ってるだろ?
キャンピングカーのYouTube見てると、「このベッド広ーい。」とか言ってるよね。
馬鹿か?
お前の家のベッドの方が広いだろうが?
そんなクソ狭いベッドが広い気がするのは、それが車の中にあるからだ。
わざわざ不便になれる場所に行って、すでにある快適に近づけている。
家で寝れば、もっと快適なはずなのに。
バックパッカーだってそう。
スラムの人は好きでバックパック旅行なんかしない。
わざわざ持ち物を減らして、わざわざ時間のかかるギューギューな乗り物に乗って面白かったとは言わないはずだ。
少しでもきれいで快適な場所で寝たいと思うだろうし、そもそも食事に選択の余裕があまりないはずなのだ。
オーバースペック時代を迎えた今。
人は不便に飢えるようになったと思う。
農業で自給自足が流行ったり、無人島生活が流行ったり、マタギやリノベーションなど、それが贅沢になってしまった。
これは一種の生活が保証された世界、お金を超越した世界なのではないだろうか?
もしも、お金が関係ない時代になったら何がしたいか?
ここが幸せのポイントだと思っている。
そうなってくるとアクセス数やフォローワーの数さえ無意味だ。
「ミックもあと○○人フォローワーがついたら、収益化されますね?」
ある人に言われたが、そんなものはもはや必要ない。
俺はすでに生活費<収入になっているのだから、そういうことではないのだ。
オーバースペック時代は結局はそんな感じだ。
何を発信したいか?
お客さんのことを考えずに自分が発信したいものを発信するのが幸せだと思う。
フォローワー数さえ無意味な時代が来ていると思う。
というわけで、次世代の幸せとはなんなのか?
やりたいことをやれってことだ。
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