可愛いだけじゃない。現実からデザインをつくらなかったデザイナー、上野リチ。
東洋人のような風貌のリチのポートレイトと、生前愛用していたケープが展示されている。いま京都の街にひょっこり歩いていても驚かないとおもう。1926年に京都に移り住んでから、こうやって京都に馴染んでいたことが想像できる。
デザイナーの上野リチ。日本人建築家・上野伊三郎と出会い、一年足らずでスピード結婚。当時としては破格の行動力である。しかも、日本に来てからもウィーンと京都を行き来しながら仕事をしていた。しかも、飛行機のない時代に、京都とウィーンを往復してというからスゴすぎる。
結婚前のリチの名はフェリーツェ・リックスで、「リチ」は愛称。リチは名前を「フェリーツェ・ウエノ・リックス」、「リチ・ウエノ・リックス」とも記している。つまり、結婚後も夫と自分の苗字を名乗りながら、自立したデザイナーとして仕事をした。
リチのデザインの大きな特徴は、花も鳥も、ただ写してデフォルメするのではなく、イマジネーションを加えたオリジナルであること。現実をファンタジーに変換する力をデザインと考えていたのではないか。
いかにも「かわいい」リチのデザインだが、描線をじっくりみると、むしろ荒々しかったりする。単身日本にやってきて、パッとしない夫を尻目にテキスタイルから空間装飾、そして後進の育成まで精力的に仕事をしたリチ。そんなバイオグラフィと、膨大なデザイン画の展示からは、アクティブで強い女性、リチの“やんちゃ”な魅力が伝わってくる。
担当学芸員によると、戦前の女性デザイナーの回顧展は、世界的にみても例がないとのこと。京都に生きて目覚ましい仕事をしたデザイナーの人生と、大切に守られたその膨大なコレクションとが可能にした展覧会。これも京都の宝だ。