アール・ブリュットと電波ビラと中川家3/3
障害のある人のつくったものを、「生のアート作品」をとたたえることは、頭と目を文化芸術の額縁のなかに突っ込んだみたいな思考停止だと思う。
それをつくった障害のある人を、誰がどう支えているのかという背景が、額縁の外に断ち切ってはいないか。
デュビュッフェのビジョンと、のちの研究者がそれをどう展開したのかという「アール・ブリュット」の歴史には、つくる人に関わっている補助員さんたちや家族の名前や声が、あんまり記録されない。
美術館やギャラリーで我々が見ているのは、障がい者の日々の作業を補助員さんたちや家族が、どのように支えたのかという成果でもある。
障害のある人の作品を専門に展示するart space co-jin 「表現と周辺」は、そのことに注目した。
プラスマイナス岩橋の、まるで「補助員」な、中川家・剛
「アートと全然話が違う」と言われそうだが、中川家とプラスマイナスのコント「旅館」は、補助員さん(ご家族、相方)の理解とサポートが、障害のある人から爆発的にすごい表現(この場合はお笑い)を引き出す、というびっくりするくらいいいサンプルだとおもう。これ、本当に傑作。
※お笑いに詳しくないので、記述に間違いがあったらすいません。
漫才コンビ「プラスマイナス」岩橋は、小さい頃から緊張すると自分の意思に反して発作的な言動を起こしてしまう“障害”に悩んでいたが、その発作的なふるまいを生かした「クセ芸」を看板にする芸人になった。方や芸人としては先輩格の兄弟漫才コンビ「中川家」。兄の剛には、パニック障害を患っていた過去がある。ステージ上で硬直する兄の背中を、漫才を演じている間、弟の礼二がさすっていたというのはよく知られた逸話だ。
コントでは、この剛が旅館の女将で、岩橋は新入りの中居。岩橋は客の前で緊張のあまり「クセ」を連発する。固形燃料に火をつけるや、なぜか発作的に吹き消したり、「(緊張が)溜まってきたので、抜かせてください」と、奇声をあげて倒れたり。
「シュールなお笑い」なのか病的な発作なのか、そのスレスレなところへ迫ってゆくような“クセ芸”には、「この人のこと笑っていいのかな?」というちょっとした「クロい」感覚がともなう。
多くの観客が「こういう子、クラスに一人はいたよね」と感じるのではないだろうか。多数の子供とは明らかに違う“クセ”のある子が、クラスでいじめられたり、スルーされたり、面白がられたりしていた。社会に出ると、そんな「あの子」たちに出会うことが少ない。会社や地域社会が、“クセ”持ちの人たちに不適合の烙印を押してしまうから。
この“クセ”を笑いに昇華したのが岩橋だが、それは、師匠から伝授された技(正規のお笑い教育)でなく、自分の中から制御不能に噴き出してしまう発作をあえて晒すような生の表現=お笑いのアール・ブリュットだ。
ここで、アール・ブリュットを表現たらしめるのは補助員さんたちや家族の支えであることをがあることをほのめかすのが、剛の女将である。
旅館の客(礼二)は岩橋に「変わった人やねえ」と、不信感をあらわすが、それに対して女将の剛は「この子は私の若い頃と同じ目をしている。『それは治るんだよ』ということをこんこんと言い聞かせました」と、岩橋の抱える“事情”への理解を求める。
そして、リードしたり、なだめたり、時には岩橋のクセに調子を合わせて一緒にお笑いのネタをつくり、フォローしつづける。絶妙の補助員さんぶりだ。
しかし、そこまでしてもらっても(コントでは)岩橋の中居は、失敗続き。ちゃんとしようとしてもできずに、ことごとく客の神経を逆撫でしてしまう。しまいに「生きづらい、、、」と、うめく。
これ、ネタの一つではあるが、岩橋がこれまでの、そして現在も抱えるしんどさを“当事者”として告白する一言として痛切だ。
でも、このコントでは、岩橋のそばには親身な理解者である補助員さんがいてくれている。観客は、剛が演じる「支える側」の目線にも立つことで、笑いながらも「支えるー支えられる」関係に感情移入できる。
剛と一緒に岩橋に寄せる「大丈夫だ、頑張れ」の気持ちは、自分も癒す。
もうこれは、コントでなくセラピーだ。
ネット上には岩橋の「クセ」について、「トゥレット症候群では?」と勝手に診断をつけている書き込みもある。
トゥレット症候群は、ビリー・アイリッシュも患っていることをカミングアウトしたことで知られる病気だが、たぐい稀な才能に恵まれた彼女にも、そばで補助する人たちがきっといた。今もいるかもしれない。
突出していたり偏っていたりするひとの「クセ」が、家族や支える人の関係とで表現になってゆく。その時笑っている観客も、支える側にいる。
「アートと全然話が違う」と言われそうだが、私には、これは既存のアール・ブリュットの枠にはまらない、「生な」アール・ブリュットに見える。
アール・ブリュットと電波ビラと中川家1/3
アール・ブリュットと電波ビラと中川家2/3