18時、表参道。ルイヴィトンのバッグを買いに行ったら新しい私と出会ったある日のこと
小さい頃、大人になったらルイヴィトンをたくさん買ってやると思っていた。
ずっと編集者になりたくて雑誌を穴が開くほど読んでいた私にとって、ブランドものを身につけたいという感情は、ある種当たり前だったように思う。
でも今はもう欲しくない。
強がりではなく、本当にもう欲しくなくなったのは、きっと
新しい自分と出会えたからなんだと、そう思っている。
私は6年間、編集者をしていた。
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編集者の仕事内容
雑誌をつくること
モデルの一番可愛いを引き出すこと
雑誌を売ること
それにまつわる下記の全て
企画立案
予算管理
スケジュールの管理
モデルの教育
撮影取材の手配
原稿のチェック
写真の選定
レイアウト決め
印刷所とのやりとり
カメラマン、スタイリスト、ヘアメイクとのやりとり
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編集部員は、最新のグルメスポット、コスメ、ファッションについて、知らないなんてありえない。着ている服がダサいなんてありえない。
でもそれら全てを網羅できるほどのお金がなくて、精神的にも肉体的にもギリギリで、24時間×3日働いても残業代が1円も出なくて、家賃を払うのが精一杯だった。
社会人になればお金があると思っていた。
とにかく編集者になりたかったから、そのギャップが辛くて、必死に夢を叶えても結局これか、という落差に自分自身が一番ついていけていなかったように思う。
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18時、表参道。
私が大嫌いな時間と、大嫌いな場所。
撮影スタジオが近くにあり、表参道にはよくいた。
朝3時にスタジオ入りし、香盤表を見ながらカメラマンさんと打ち合わせをする。
10代向けの雑誌の撮影は、モデルたちを夜遅くまで働かせることができないため、大人たちはとにかく朝が早い。というより深夜から始まると言っても過言では無い。
深夜3時から、18時ごろまでノンストップで働く。失敗は許されない。
撮影漏れがあったら地方から呼んでいるモデルたち、高額な撮影スタジオ、人気のカメラマンさん、スタイリストさん、ヘアメイクさんをもう一度集めなくてはならなくなる。
そんなことは物理的に不可能なので、絶対に失敗は許されないのだ。ストレスとプレッシャーが全身を襲う。苦手な業務の一つだった。
18時ごろには棒のようになった関節が曲がらない足、疲れと眠気で呂律すら回らない身体を引きずり、冷たくなったお弁当と撮影で使った大荷物を両手いっぱいに抱えてロケバスに乗る。
その時にすれ違うキラキラとしたOLや同じ世代の女子を見ることが辛かった。
あ、あのひとはFRAY I.D.のコート6万円、あのひとはMAXMaraのコート40万円、あのひとはレディディオールの新作だ、もう買ったんだ、ふうん。
表参道から九段下の編集部に帰るまで、いつも車の窓に映る惨めな自分と、外の世界のキラキラした女子たちを見ては泣いていた。
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2020年、ティーン雑誌編集者をやめた。
最終出社日、「絶対に帰り道表参道のルイヴィトンに行ってなにか買ってやる」と決め、家を出る。
人事部の殺風景な会議室で、仲の良かった女性に
「じゃあ、返却物の確認はこれで最後。パソコンね、充電器とかもろもろ揃っている?」
と聞かれた。
その瞬間、急に寂しくなって、宝物を奪われる前の子供みたいに
「え、今ふと、このMac返したくないって思っちゃいました」と呟いた。
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18時、表参道。
私は宣言通り、ルイヴィトンにいた。
ドアマンに招かれて店内に入り、ぐるりと見渡す。
驚くほど、何もときめかなかった。
編集部員の特権で、ありとあらゆる”新作”をいち早く手に取っては、興奮していたのにもかかわらず、だ。
というより、ずっと返却したMacのことが頭から離れなかった。
会社から貸与されたものを返却するなんて当たり前のことなのだけれど、あのパソコンは24時間365日、企画が1本も通らなくて泣いた夜も、校了前に原稿が終わらず、体調不良の中、家で作業した日も、モデルの卒業を祝い、いろんな餞別をオーダーしながらうるっとした日も、私と一緒にいた。
すぐに店を出て、横断歩道を渡る。
向かいのApple Storeでラフなポロシャツ姿の男性に呟いた。
「MacBook Airの、なんかこう、いちばんいいやつ、ください。」
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その後、シーライクスの広告にターゲティングされ(笑)
SHEに入会することとなるのだけれど、その時もルイヴィトンとSHEを天秤にかけるようなことはなかった。
そして何より、SHEがあの呪いの表参道という土地にあることも嬉しかった。
今の私は、”着飾らなくても大丈夫だ”ということを私自身が一番知っている。
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