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宝塚の男役で挑んだオーディション
何の迷いもなかった。
私は自分の宣材写真と履歴書、そして熱い想いを綴った手紙をA4サイズの封筒に入れた。
あとはこれを渡すだけだ。
舞台を観た時、ここだ!と思った。
私はどこかに「劇団員募集」の文字がないかフライヤーやパンフレットを舐めるように探したが、その文字はどこにもなかった。
もうこうなれば、飛び込むしかない。
私は就職活動の途中、自分のやりたいことは「演劇」だったことに気がつき、帰宅してから母に「就職やめて演劇やるわ」と言って母の目を点にさせ、
演劇の世界にダイブした
私が23歳の時だ。
何も怖くなかった。
そこから自分で劇団を探し、いくつか見学した中から宝塚のミュージカルを自分たちで創っているアマチュア劇団に入った。
私の幼い頃の夢はタカラジェンヌの男役になることだった。
ジェンヌ名だって考えていた。
せせらぎみかげ
「キャー!みかげさまぁぁ」と呼ばれるのを夢見ていた。
せせらぎみかげとして宝塚のラジオ番組に出る練習をコッソリやっていたり、宝塚の歌や台詞をテープに録音したりして、男役の自分に自分で酔っていた。
だから、アマチュア劇団とはいえ舞台で男役を演じられたことは私の夢が叶ったような気がして嬉しかった。
でも、もっと基礎からちゃんとミュージカルを学びたいと思い、ミュージカル学院に入ることにした。
私の芝居の恩師とはそこで出会った。
そのミュージカル学院は、半年間づつ基礎科、公演科、専門科と進んでいく。
最後の専門科では、実際に劇場の舞台に立つ卒業公演があった。
私はその卒業公演でフランクというギャングを演じた。
私は宝塚の男役が染み付いているのでスッと自然に役に入ることができた。
とにかく嬉しかった。
先生は3枚目路線をイメージしていたようだったが、同期が絶対カッコいいフランクの方がいい!!!と言ってくれた。私もできることならかカッコいい男役を演じてみたかったので、勝手に自分たちでフランクのイメージを2枚目路線に変えていった。
そのカッコいい男役には欠かせないのが・・・ソフト帽だ。
これ↓
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私はこのソフト帽を被り、フランクを精一杯演じた。
ミュージカル学院を卒業してから、いくつかオーディションも受けた。
東宝やディズニーも受けたっけ。
ストレートの芝居もいくつか受けたけど、どこも受からなかった。
芸能事務所も受けたことがあり、入所してレッスンに励んでいたのだが、何だかずっとモヤモヤしていた。
何か違う。
やっぱり舞台がいい。
割とすぐにその芸能事務所を辞め、私は再び劇団を探し出す。
とにかくいろんな劇団の舞台を観た。
舞台を観に行くと必ずいろんなフライヤーが配布される。
その中に「劇団員募集」という文字がないか、いつも探していた。
そこで、ついにここだ!という劇団に出会ったのである。
この世界観、好きだ。
私もこの劇団の舞台に立ちたい。
私は全てを詰め込んだA4サイズの封書を胸に抱き、再び劇場に足を運んだ。
誰に渡せばいいのかわからず、とりあえず物販の方に声をかけてみた。
「あの、すみません。座長の○○さんにこれを渡していただきたいのですが」
物販の人はハテ?といった表情で「何でしょうか?」と聞いてきた。
「私、こちらの劇団に入団したくて。これ、私の履歴書です。○○さんに渡してください!」
私のギラギラしたその勢いに推され、物販の方はとりあえず受け取ってくれた。
あとは返事を待つのみ。
それからというもの、私は毎日ポストを確認した。
何か届いていないか毎日毎日確認した。
確認しても確認しても、うんともすんとも返事が来ない。
ああ、ダメか・・・ともう半分諦めていた頃、1通の封書が届いた。
オーディションのご案内
私が履歴書を渡してから1ヶ月が経とうとしていた。
座長が新しい舞台の稽古に入り多忙につき返事が遅くなったことのお詫びが始めに書かれていた。
そして、オーデイションを開催してくれるとのこと。
日時場所の案内、そして課題の台詞が一緒に同封されていた。
過去に上演された作品からのもので、とても長く、そして美しい台詞だった。
私はその台詞を頭に叩き込んだ。
あとは、エチュード、筆記、自己アピールがあるとのこと。
エチュードとは、台本なしで即興で演技をすること。
今から考えてもしかたない。
筆記って何よ。
作文的な?
知識系?
考えてもわからないので、考えないことにした。
自己アピール
これだ。ここに命をかけよう。
私はアレしかないと思った。
私はその日からオーディション当日までイメトレを繰り返した。
***当日。
筆記は笑っちゃうくらい訳がわからなかった。
本当に、全然、1ミリもわからなかった。
確か、漢字とか出た。
めっちゃ、苦手。
あとは文学的な問題も出た。
めっちゃ、苦手。
もう開き直って、最後に「申し訳ありません」と、テヘペロ的な感じで書いて謝ってみた。
課題の台詞は・・・あまり記憶に残っていない。ただ、何か、青いリボンの小道具を自分で用意して言ったような気がする。
私の他にもオーディションを受けた人が3人いた。私のように飛び込みで履歴書を渡したのだろうか。
私を含め4人でエチュードだ。
座長が突然叫んだ。
「お題は『お葬式』よーいハイッ」
いきなり始まった。
はじめましての4人。
即興で芝居を作っていく。
座長が鋭い目で見ている。
何か、何かやらねば。
全員が焦る。
1人の女性がいきなり声高らかに歌い出した。
1人の男性は泣き出した。
もう1人の男性はなんかよくわかんない設定で芝居をやり出し暴れている。
私は・・・・とりあえずお焼香を・・・食べてみた。
もうぐっちゃぐちゃ。
みんなで力を合わせてオチまで辿り着かなくてはならないのに、全くまとまらない。
座長の反応を恐ろしくて見ることができなかったが、冷たーい目で見られていることと、劇団員の失笑だけは伝わってきた。
どうやってエチュードを終わらせたのか、全く記憶に残っていない。
考えただけで、恐ろしい。
最後は、自己アピールだ。
ついにこの時がきた。
もう、ここで勝負するしかない。
私はカバンからソフト帽を取り出し、座長の前に立った。
「よろしくお願いします」
深々とお辞儀をする。
ソフト帽を深くかぶり、ふぅ、と息を吐く。
「ジョニー!!!!ジョニー!!!どこ行った!!!出てこい!ジョニー!!!
ったくあいつどこ行きやがった!」
チラッと座長に目線を移し
「俺の名前はフランク。よろしく!」
めちゃくちゃカッコつけた。
座長がフッと笑った。
「俺のダンスをジョニーに見せてやろうと思ったのにまたどっか行きやがった。ダンス!ダンス!ダンス!!!俺はダンスが好きなんだ!」
というよくわからない台詞を叫び、私はソフト帽を右手で抑えながら脚を高く上げ、くるっくるっと2回回って見せた。
めちゃくちゃカッコつけた。
座長がどんなに恐ろしいか知っている今の私は、振り返ってこう思う。
何も知らないって最強だ。
恐ろしい。
ぶるぶるぶる・・・
オーディションから数週間が過ぎ、1枚のハガキが届いた。
合格
私は、晴れて劇団に入団することになった。
ハガキには、劇団員と顔合わせの日時と場所が書かれてあった。
私は、夢と希望に胸を膨らませながら指折りその日を待ちわびていた。
この時はまだ、それが人生において私の暗黒時代へ突入することになるなんて知る由もなかった。
また、その時代のことについては気が向いたら書こうと思う。
今回は、夢の話だ。
幼い頃に夢見たタカラジェンヌの男役。
その男役で舞台に立てたこと、そしてその男役で夢を掴んだこと。
そのことを思い出として書いておきたかった。
この記事を読んでくれたあなた様の心の中で、宝塚の歴史には名前が刻めなかったこのジェンヌ名が、少しでも響いてくれたのならこんなに嬉しいことはございません。