魅惑のZUMBAへようこそ
「あんた、初めて?」
と、ベンチに座っていた老年女性が話しかけてきた。
ここは女子更衣室。
キョロキョロしている私を見てすぐに初めて来た人だとわかったのであろう。
「え、あ、はい」
私は目のやり場に困った。
なぜなら、その老年女性は見事なまでに上半身が素っ裸だったからだ。
「どこ使ってもいいから」
と、言ってご丁寧にロッカーの使い方を教えてくれた。
「あ、わかりました。ありがとうございました」
と、こたえると、老年女性のばあちゃんは、じっと私を見つめ、
「・・・あんた、ZUMBA?」
と、聞いてきた。
「あ、はい」
とりあえず、ばあちゃん、着替えようか。
「あたしもね、ZUMBA!」
「あ、そうでしたか」
うん、わかったから、ばあちゃんとりあえず、着替えようか。
私は、ばあちゃんの上半身がボヤけるような位置に目線を定め、受け答えをした。
そう、私は何を隠そう、ZUMBAの体験レッスンに申し込んだのだ。
時は遡ること、去年の11月頃。
学校に行かなくなった当時小学1年の繊細息子とずっとベッタリの毎日を過ごし、自分時間ゼロの私は、そろそろメンタル崩壊の危機を迎えようとしていた。
洗濯物干しているだけ
食器を洗っているだけ
それだけで、勝手に涙が出てくる。
あ、これ、私、やばいかもな。
大好きなスタバでひとりでカフェタイムを過ごしても、結局いつも考えてしまう。
いつも、息子のことで頭がいっぱい。
物理的に離れても、思考が離れていない。
何もリセットされない。
私は、考えた。
もっと、強い何か!
もっと強制的に、私の思考から息子を吹っ飛ばしてくれる何か!
息子のことを考えなくて済む何かはないものか!
探して、探して、辿り着いたのが、
ZUMBA
動画で見ると、みんなテンションぶち上がりで楽しそうに踊りくるっていた。
これだ、これしかない。
あたし、パリピになる!
こうして私はパリピになって、思考から息子を吹っ飛ばす決意をした。
だがしかし、、先ほどから更衣室で着替えているのは、私と上半身裸体ばあちゃんだけだ。
生徒2人とか、、、ないよね?
まさかね!!!
そんなそんな!
ばあちゃんと、2人で、パリピになれと?
・・・
ないよねないない!!!!
私は脳内で、ばあちゃんと2人でZUMBAしているのを必死でかき消した。
教室の前で待っていても、開始時間10分前なのに、ばあちゃんと2人だ。
焦る私。
開始時間5分前になり、やっとゾロゾロ他の生徒さんたちが現れ始めた。
私は、心の底からホッとした。
その開始時間ギリギリに来るところから、みなさんが常連だということがわかった。
みなさん仲が良さそうだ。
ポツンとしている私に、ばあちゃんが声をかけてくれた。
「あと、2分だ!」
もうばあちゃんは上半身さらけ出していないので、しっかりとばあちゃんの目を見つめ、
「そうですね!」
と、私はこたえた。
最後に走ってくる人がいた。
すぐに先生だとわかる。
なぜなら先生は、
頭が
緑色だったから
おおっ
なかなかのパリピ感を出してらっしゃる。
なんならネイルも緑だ。
そのグリーンヘッド先生と目が合った。
私は、「体験できました。よろしくお願いします!」と挨拶をすると、「ありがとうございます!楽しんでくださいね!」と、キラッキラのその笑顔が眩しくて、私は目を細めた。
おおっ
これがパリピの頂点に立つ人の笑顔か。
私はドキドキしながらみなさんの後に続き、教室の中に入った。
新人あるあるの肩身の狭い感じで、目立たなそうな、1番後ろの隅っこの方に控えめに立った。
私は、ばあちゃんを探した。
ばあちゃんは、1番前の列でやる気満々に立って準備体操をしていた。
おおっ!ばあちゃん!すごい!
私は後ろからばあちゃんを称えた。
ばあちゃんと2人ZUMBAになったらどないしょーと懸念していたが、蓋を開けてみりゃ30人くらいの生徒さんたちで教室内は賑わっていた。
どうやらZUMBAって人気があるらしい。
前列の生徒さんたちは、「LOVE ZUMBA」というお揃いのバックプリントTシャツを着ていた。もう、やる気満々という名のパリピ感がプンプン漂っている。
特に目立っていたのは、真っ赤な口紅をしたヘソ出しツインテールと、切れ長の目が美しい女版及川光博だ。このお2人は特にZUMBA愛を強めに感じた。
そして、先生の「じゃあ始めまーす!」の一言を合図に、大音量で音楽がかかり、
いきなり、
ヒューーーーーーーーー!!!
イエーーーーーーーーー!!!
フゥーーーーーーーーー!!!
と、のっけからものっすごいテンションで踊り出した。
ばあちゃんも、ノリノリである。
ちょっと、すごいんですけど。
ビビる私。
とりあえず見よう見真似で動いてみる。
私は、バレエとジャズダンスをちょろりとやっていたので、その癖が抜けず崩して踊れない。
我ながら、動きが硬過ぎて笑ってしまう。
ロボットが頑張ってムーンウォークしようとしてるくらいガッチガチ。
っていうか、その前に、パリピのテンションについていけない。
ずっとみなさん、ヒューヒュー言ってる。
めっちゃ笑顔で。
あそこの域までいっちゃえばなぁ、きっと楽しいだろうなぁ。
でもよぉ、そんな、初っ端から脱げねぇよ・・・
羞恥心という名の鎧をよぉ
準備運動がてらの踊りが終わり、一旦お茶休憩。
みなさん既に汗だく。
実にいい顔をしている。
これが、鎧を脱ぎ捨て、自分の殻を破ったパリピZUMBAの姿なのか!
そして、いよいよ本編スタート的な雰囲気が漂い、音楽がかかると、ヘソ出しツインテールと、女版ミッチーを中心に、
ヒューーーーーー!
と、これまた大盛り上がり。
ヘソ出しツインテールと女版ミッチーがお互い顔を見合わせ「あれ、やっちゃう?」「あれ、やっちゃう??」「あんた、やりなよ!」「私がやっちゃう?」「やっちゃえやっちゃえ!」みたいな掛け合いを踊りながらしている。
な、な、何が始まるんだ。
と、その時。
大谷翔平選手のお面を被ったグリーンヘッド先生登場
なにーーーー
大爆笑で盛り上がる生徒たち。
置いてかれる私。
大谷グリーンヘッド先生は、音楽にのせてノリノリでボールを投げるような振りをする。
「私がやっちゃう?」ツインテールが、そのボールをこれまたノリノリで打ち返す。
何このアドリブ
つ、ついていけない。
体験レッスンに来た私を気にかけて下さったのか、大谷グリーンヘッド先生は、私の前方に移動してきた。
すかさず目を逸らす私。
お察しください
その強めの念が通じたのか、グリーンヘッド先生は他の生徒さんに狙いを定め、ボールを投げた。
安堵する私。
大谷選手のネタが終わり、また別の曲がかかる。
すると、女版ミッチーが、くるっと振り向き、「ヒュ〜〜〜〜〜!」と言いながら私の方に近づいてきた。
え・・・ムリです。
容赦なく絡んでくるミッチー。
私は、会釈した。
すると、「ヒュ〜〜〜〜〜!」と言いながら、去って行った。
す、す、すみません。私にヒュ〜返しする勇気はございませんでした。
ミッチーの背中が少し寂しげだった。
その後も、ヒューイェーフゥーが続き、ZUMBA90分のパリピレッスンが終わった。
私は、結局自分の殻を破くことができず、パリピになるどろか、みなさんのパワーに圧倒されて終わった。
それでも、なんだかんだ楽しかったな、と思いながら更衣室に戻った。
更衣室のベンチに、ばあちゃんが座っていた。首にタオルをかけ、汗だくのばあちゃんは、すでに上半身裸だった。
着替えが終わり、ばあちゃんに頭を下げると、ばあちゃんは軽く手を挙げてくれた。
帰ろうとしたら、「LOVE ZUMBA」の方々が私に向かって駆け寄ってきた。
私は、囲まれた。
「初めてなんですかー?」
「来週も来ますかー?」
「なんか、こんな感じですみませーん!」
「びっくりしたでしょー!」
「何か、やられてたんですかー?」
質問攻めである。
そして、
「なんか、私、絡みにいっちゃってすみませーん!」
と、謝ってきたのは、あの切れ長の目が美しいミッチーだった。
「いえいえ、こちらこそ!なんか、返せなくてすみません!」
と、私はあの時の会釈返しを詫びた。
「私もね、いけるかな?どうしよう。いけそう?どうかな?って思ったんですけど、結果いっちゃいましたぁ!」
と、ミッチーの中で、あの時葛藤があったことを打ち明けてくれた。
ヒュ〜〜〜〜〜!の中に、そんな葛藤があったとは。
ミッチーはめちゃくちゃいい人だった。
みなさんに見送られ、私は更衣室をあとにした。
帰り道、自転車を漕ぐ私は笑顔だった。
エネルギーに溢れ、ZUMBAを心から楽しんでいるパリピのみなさんは、ものすごく素敵だった。
自分の殻を破けずにモジモジしていた私だけれど、みなさんから元気をもらえた。
そういえば、息子のこと、1ミリも考えなかったな。
っていうか、いつ絡まれやしないかビクついていたのでそれどころじゃなかった。
でも、あれだな。
ヒューは、今の自分には、まだ、あれだな。
疲れちゃうな。
楽しかったけど、ヒューは今じゃないな、うん。
あれからもう約9ヶ月が経つ。
ばあちゃんは、今も上半身裸でウロウロしているだろうか。
グリーンヘッド先生は、今も頭がグリーンなんだろうか。
ヘソ出しツインテールは、今もヘソを出しているだろうか。
女版ミッチーは、今もヒューヒュー絡みにいっているだろうか。
自分の殻を破るって、どんなだろう。
いつか、破ってみたい。
そしたら、目の前にどんな世界が広がっているんだろう。
私も、あんな風にパリピになれるだろうか。
魅惑のZUMBA
いつか、また、挑戦してみたい。
その時は、『あたし、パリピになりました』って、noteで綴るとするか。