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霊感が強いかおりちゃんの秘密


私は小学生の頃、かおりちゃんと仲が良かった。


小学生の女の子といえば、多くは三つ編みやポニーテールなどの髪型を好み、可愛い髪飾りなんかをつけたりしていたが、かおりちゃんはそのお年頃には珍しいベリーショートだった。
体つきも服装も他の子よりも大人びていて、どこか近寄りがたい雰囲気があった。

少女漫画を好み、よく漫画を描いていて私にも見せてくれたが、すごく上手だった。
内容も小学生らしからぬ色っぽい内容だったりして、私は内心ドキドキしていた。


そして


かおりちゃんは霊感が強かった。


私と一緒にいる時、突然真顔になって一点をじーっと見つめたり

一緒に公園に行くと、「ここ、・・・・ダメ」と言って震え出したり


めっちゃ怖かった。
だけど、私はかおりちゃんが好きでいつも一緒に遊んでいた。


ある時、かおりちゃんの家に泊まりに行くことになった。
めちゃくちゃ怖がりの私が、よく泊まりに行ったよなぁと今となっては思う。


かおりちゃんの両親は再婚をしていて、新しいママさんはとても若くて女優さんのように綺麗な方だった。かおりちゃんと並ぶとママというよりお姉さんみたいだった。
パパさんは口髭がとても似合うダンディなパパさんだった。
可愛い赤ちゃんの妹もいた。


私たちは、1階のリビングの隣の部屋で寝ることになった。

かおりちゃんはあっという間に寝てしまったが、私はなんだか怖くてなかなか眠れずにいた。

部屋のドア窓から階段が見えた。

2階からパパさんが降りてきて、リビングに入って行った。

時刻は確か、もう夜中だったと記憶している。


こんな時間に何しに降りてきたんだろう。
リビングから全く音がしない。
え、パパさんいるよね?


と不思議に思いながらしばらく眠れずに起きていたが、そのうちいつの間にか寝ていたようで、朝、かおりちゃんに肩を叩かれ起こされた。

「おはよう。ねぇ、パパさん夜中降りてきたみたいやで。すごい静かだったけど何してたんやろ」


と言うと、


「え、そうなん。・・・・あとで聞いてみる」


と言って、私たちは布団を一緒に畳んだ。


「おはようございます」


リビングで新聞を読んでいたパパさんに挨拶をすると、かおりちゃんがパパさんに先ほどの話をした。

「え、降りてないけど?」



確かに私は見た。
口髭がダンディなパパさんが2階から降りてくるのを。


「ああ、また、アレちゃう」と、パパさん。

「やんね。そんな気したわ」と、かおりちゃん。


パパさんはまた新聞を読み出し、かおりちゃんは朝ごはんの準備の手伝いをし始めた。


ちょいちょいちょい
アレって何


取り残される私。

そんな私に向かって、ママさんが明るく

「mikaちゃん、トーストでいい?」

と笑顔で聞いてきた。

「あ、はい」


とこたえたが、


それどこじゃないんですけども
アレって何よ

気になって仕方ない私は、思い切って朝食の時に聞いてみた。


「あの、さっきの、アレって・・・何ですか?」と、ビビる私。

「ああ、やっぱ気になっちゃった?なんかさ、もう1人パパがいるみたいなんよね」と、かおりちゃん。

「そう、もう1人の俺がね、たまになんか出てくるねんなぁ」と、パパさん。

「子供とかよく走り回ってるしね〜うるさいよね〜うち。あ、mikaちゃんバター塗る?」と、ママさん。



めっちゃ怖い


もう、朝食どころではない。
それからもうなんかいちいち背後が気になる。

怖がりの私は、かおりちゃん家には決してもう泊まるまいと、その時心に誓った。


そして、数日後、ある奇妙な出来事が起きた。


かおりちゃんが青ざめた表情で、私のところにきたのだ。


「どうしたん?」

「あのさ・・・朝起きたらさ・・腕に文字が浮かびあがってて・・・」

と言いながら、長袖のTシャツを捲り上げた。


かおりちゃんの腕に、うっすら赤い色の文字のようなものが書かれていた。


「えっ、何これ」

「わからへん。朝起きたら、腕に・・・」


怖い怖い怖い怖い
かおりちゃんめっちゃ青ざめてる。
怖い怖い怖い怖い


ビビる私。


昼休みを挟んで、またかおりちゃんが私のところにきた。


「ねぇ、さっきより増えてる・・・」


見ると、さっき1文字だったのに、何文字か増えていたのだ。


そして、日に日にその文字は増えていった。



耳なし芳一ですか?


かおりちゃんはなんだかフラフラしているようにも見えた。
ちょっと、マジで怖い。
私は恐怖で怯えていた。


ある日の休み時間。

かおりちゃんがロッカーから何かを取り出し、コソコソ教室から出ていくのが見えた。

なんか、嫌な予感がした。


なぜなら、かおりちゃんの手から見えたものは・・・・



私は後をつけた。


かおりちゃんはトイレに入って行った。


私は、こっそり中を覗いた。


そこで目撃したのは・・・



自分の腕に、筆で何かを書いている彼女の姿だった。


そう、かおりちゃんがロッカーから持ち出したものは、筆だった。


私は、胸がドキドキした。
見てはいけないものを見てしまった。


私を騙していた怒りなんてその時はこれっぽっちも感じなかった。
それよりも、かおりちゃんの秘密を知ってしまったという戸惑いの方が大きかった。


その後どうしたのか記憶がない。


あまりにもショックで、私はその後の記憶を消してしまったんだろうか。


小学生の私は、実はかおりちゃんが自分で文字を腕に書いていたという衝撃の事実を知って、どうしたんだろう。



何も見なかったことにして、教室に引き返し、かおりちゃんがいつも通り「浮き出た」と言う文字を見ながら怖がるフリをしたんだろうか。


それとも、「見てしまった」ことを彼女に伝えた?



何となく、それはしなかったように思う。

なぜなら、そのあとも恐怖に震え上がる奇妙な出来事が2度ほどあったことを覚えている。

私の写真付きの手帳がある日なくなり、かおりちゃんが、「何か感じる」と言ってついて行くと、そこは学校のプールサイドの裏だった。そこに、赤いインクで汚された私の手帳が見つかったことがあった。

もうひとつは、かおりちゃんが私の家に遊びに来た時、変な手紙を見せられた。そこには何か暗号が書かれていて、かおりちゃんがそれを読み解くと、私の家のポストに謎の古びた鍵が入っていたこともあった。


めちゃくちゃ怖かった。
怖かったけど、それがかおりちゃんの作り上げた世界であることを私はあの日から知っていた。
それでも私は、怖がり続けた。

その記憶があるから、かおりちゃんの秘密を知った後も、かおりちゃんを責めたりはしなかったんだと思う。



一体どこまでが真実で、どこまでが作り上げたものだったんだろう。
霊感が強いのも、かおりちゃんの演技だったのだろうか。
じゃあ、パパさんやママさんはどうなる?


全て家族全員で作り上げた虚偽の世界だったのだろうか。


真実は、もうわからない。



あんなに怖い思いをさせられたのに、こうして今思い出しても、やっぱり「怒り」の感情が私の中にない。


それは、彼女の生み出す世界が、あまりに怖くて、なんというか・・・見事だったからなのかもしれない。

彼女はいつだって真剣だった。

そこに、陰湿さみたいなものが1ミリも感じなかった。昔も今も。

彼女には、ガラスのようにすぐに壊れてしまいそうな繊細さと危うさがあり、どこかいつも寂しそうだった。

そんな彼女を私は放っておけなかったし、何よりも彼女は魅力的だった。


中学生になり、かおりちゃんとはクラスが別れてしまった。
同じクラスに友達ができたこともあって、何となくかおりちゃんとは疎遠になっていった。


そして、かおりちゃんは引っ越して行った。


風の噂で聞いたところ、両親が離婚したらしい。

高校生になり、一度だけかおりちゃんに遭遇したことがある。


電車に乗っていたら、隣の車両からこちらに移って来て私の目の前にズカッと座った子がいた。


セーラー服を着て、鮮やかなピンク色したボブヘアのその子は


かおりちゃんだった。


かおりちゃんは派手なお化粧をしていたが、すぐにかおりちゃんだとわかった。


私は、胸がドキッとした。


一瞬目が合った。


かおりちゃんの目が少し大きくなったが、かおりちゃんはすぐに目を逸らした。


そして、次の駅で降りてしまい、もうそれっきり会うことはなかった。


久しぶりに見た彼女は、やっぱりどこか寂しげだった。



私がそっと覗いた時に見た、あの彼女の後ろ姿。
自分の腕に文字を書いていたあの背中。


今でも鮮明に覚えている。

小さな女の子が作り上げた、恐怖世界。


私は、幼いながらも、その世界に魅了されていたんだ。


かおりちゃん、どこで何をしているだろう。


今願うことは、


彼女が持っていたあの想像力、創造力がどこかで開花していればいいなと思う。

少なくともあの時、その世界に魅了された子が近くにいたことを覚えていてくれたら嬉しい。


そして


どうか、かおりちゃんらしく、今を、生きていてほしい。

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