私の挑戦〜後編〜「先生!読んでください」
前編↓
先生は還暦を迎えてから毎年12月に1人朗読劇を開催している。私はタイミングを逃し一度も観たことがなかった。今年65歳を迎えた先生は更に自分を追い込むべく、「独唱会」に挑戦するというのだ。
先生が、1人で歌のライブ。
想像しただけでおもしろそう。
かつて私に「うまく歌おうとするな。そんなつまんない歌誰も聞きたくない」と喝を入れた先生だ。その先生が一体どんな歌を歌うのか。
17年前に「きみが生まれるとき」の舞台に立ってくれた、カエデとツキコも一緒だ。彼女たちとは今もものすごく仲が良い。
客席は満員御礼。
全員先生のことが大好きな人たちばかり。
それは客席に座っているだけで伝わってくる。
場内が温かい。
暗くなり、先生が伴奏者の方と入場してきた。
お久しぶりの先生だ。
全然変わってない。
むしろ
若返っている気さえした。
私が先生に出会ってから約20年が経つ。
私の年齢が、その時の先生の年齢に追いついてしまった。
ライブが始まった。
1曲目は、先生の故郷である宮崎に思いを寄せた歌だ。
先生の緊張が伝わってくる。
こんな緊張する先生を初めて観る。
先生が歌い始める。
最初のワンフレーズ聴いただけで、涙が溢れた。
豊かな自然の中過ごした子ども時代
遠い記憶
故郷を懐かしく思う気持ち
森、川、山、土
楽しそうに遊ぶ子供たちの声
先生の歌声にのせて
その景色が、声が、息づかいが私を大きく包み込んだ。
故郷を思い先生が歌う歌声の中で
幼少期の自分の記憶を重ね
息子を思う気持ちが混ざり合い
心が震えた。
決して歌い手さんみたいにうまくはない先生の歌声。
でも
届けたいというその「想い」が、私の心を動かした。
気がついたら、つけていた私のマスクは涙でびっちょびちょに。
左に座っていたカエデが笑いながら、スッとポケットティッシュを差し出してくれた。
右に座っていたツキコもまた泣いていた。
そんなカエデとツキコの気がした。
先生の話と曲とが繋がり、歌は続いていく。
どの歌もどの歌も、私は泣いていた。
人の歌でこんなに泣くの初めてかもってくらい泣いた。
なんでこんなにも魂が震えるのか。
中盤に差し掛かったくらいだろうか。
「ちょっとね、65歳のおっさんが若い人の歌を歌ったらどうなるかっていう恐ろしいことをやろうと思います」
と笑いながらもマイクを持つ手は震えていた。
なになになになにー!
若い人の歌って、、今年流行ったブリンバンバンボンとか?はたまた髭ダンとか?藤井風とか??
「それでは聴いてください」
お?くるよくるよ?
「尾崎豊でI LOVE YOU」
ズコーーーーー笑
ま、まぁね、尾崎豊さんもI LOVE YOU歌った時若かったけども。「現代の」とも言ってないし。先生は何も間違ったことは言ってないわけで。
カエデもツキコもズコーッてなっていたので、同じことを思っていたようだ。
駄菓子菓子
私たちのズコーッも一瞬にして先生の歌うI LOVE YOUに背筋が伸びた。
先生のI LOVE YOUは、あまりにも真っ直ぐでそこから1ミリも動けないくらいの深い愛の歌だった。
10分間ほどの休憩。
場内が明るくなる。
涙涙の私とツキコを見て、カラッと笑うカエデ。
この感じ昔と変わらないな。
いよいよライブも後半戦。
場内が再び暗くなる。
ミュージカルナンバー「キャバレー」にも挑戦する先生。
どこまでも攻める。
全部で10曲ほど歌ってくれた。
私は泣き続けた。
先生はこんな歌も歌った。
『時には昔の話を』
涙がもう止まらなかった。
やっぱりここに戻ってきたな私。
巡り巡って
結局ここに戻ってきた。
就職活動の最中、履いてたパンプスを脱ぎスニーカーに履き替え芝居の道へダイブしたあの日から、私はずっと表現することを追い続けている。
体も心もボロボロになって
病気になって
自分を見失った暗黒時代
部屋の窓も開けず
暗闇の中
ひたすら眠り続けたあの日々
芝居から離れ、空っぽになってしまった。
自分のことが嫌いで嫌いで仕方なかった。
電車の窓に映った自分は疲れ果て
かつて仲間たちと駆け抜けたあのときの自分の姿はもうそこにはなく
虚しかった
悲しかった
そんな自分の向こうに「ヨガ」という文字が窓から見えた。
導かれるようにヨガの世界にダイブした。
空っぽになった自分と向き合い、どうしても受け止められなかった自分に初めて「YES」が言えたあの日から、再び私は表現することを追い始めた。
でも
追いかけても
追いかけても
見つからない。
結婚して子どもが産まれ、いつの間にか追い続けていたことが私の中で小さくなっていった。
私は、何がしたいんだろう。
息子と向き合う毎日。
母親としての自分。
私は?
どこいった?
そんな中、点と点が繋がり出した。
noteを始め、また表現することの楽しさを思い出した。
実家の部屋を片付けていた時に、過去から届いた私の夢(記事「決めてしまえば、すべては動き始める」)。
その夢を胸に、何かが自分の中で動き出した。
先生は、こんなことを言った。
「僕は、実はそんなに芝居が好きなわけじゃない。ただ、表現することが好きなんだ」
私がずっとずっと追い続けていることを体現している人が、目の前にいた。
芝居とかヨガとかnoteとか、何でもいい。
私も表現することが好きなんだ。
今、私のまわりには挑戦する人がたくさんいる。
その人たちを見ていると、私の中にも「熱」があることを感じる。
それは、何かのきっかけで私の背中を押してくれる熱だ。
そのきっかけはやっぱり過去から届いた。
ライブが終わり、先生に脚本を渡す時がきた。
カエデが、「先生!」と声をかけてくれた。
私は、ドキドキしながら持っていた脚本を先生に渡した。
「先生!読んでください!」
「ん?何これ」
「脚本です!!!」
「先生!売り込みです!」と、カエデがフォローしてくれる。
「わかった、りょうかぁ〜い」
先生、かっるぅーーーーー
ここに行き着くまでどんだけかかったと思ってるねーん!笑
でも、先生らしいな。なんか。
先生からしたら、そんなん知ったこっちゃないのだ。
よく、芝居の稽古の時に言われた。
「私情を芝居に持ち込むな、そんなのどーでもいい」
プライベートで、どんなしんどいことがあってもどんなに疲れていても、目の前のお客さんには全く関係ない、と。
私の「想い」とかじゃなくて、「脚本を読んでください」という事実だけだ。
先生は、変わらないな。
だから、20年経っても先生に会うとあの時の自分に一瞬で戻れる。
点と点が繋がり、それが線となりここまできた。その先はどこに繋がっているのかわからないけれど、「きみが生まれるとき」という物語に繋がっているとしたら、おもしろい。
もしそうなったら、私はどんなかたちで関わるのかまだわからないけど、感じるまま、流れるままに身を任せようと思う。
表現することを追い続けて。