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すべきことより…
十代の頃より長年仕事をしてきた中で、自分なりに覚えたというか身に付いていた自論が一つありました。
「やりたいことをやる為には、そうではないことをその何倍もやらなければならない」
あまりにザックリとした言い方しか出来なくて、語弊があってもいけないのですが要するに、「やりたいことだけをやって生きて行くことは出来ないね〜」ということです。
様々なことに於いて当てはまると思っていましたし、例を一つ挙げてみると、今日も私は「カラダのために」とか何とか言って、ストレッチやら体幹トレーニングをヒィヒィ言いながらやりましたが、正直言ってこんなシンドイことやらずに済むならやりたくない!!(笑)
「トレーニングが好きなんですね!」と言われることも多くありますが、冗談じゃない。大嫌いなんだよー。でも、マットやマシーンを持ち歩いてまで毎日続けているのは、「歌い続けたい」という〈本当にやりたいこと〉があるからです。歌を歌わなくなる日が来たら一番最初にやめるのがこのトレーニングだと、いつも言って笑っています。
じつは、四十代に入ってすぐに私は、自分の会社を立ち上げました。歌手として自分の理想に近い形で歌って行きたいと願ったからに他ならないのですが、会社を立ち上げたことで先の自論は私にとって、より大事なものとなって行きました。歌手としてこのように〈自由〉に歌って来れたのは、もっと多くの〈不自由〉を重く背負い、歌っているだけでは済まない沢山の責任を果たしてきたからだと、小さく自己満足したりしています。それで良かったと思っていますし、そうやってしか私はこの世界で生きて来れなかった人間だとも思います。
しかし今、そんな私の中で〈人生の価値観〉のようなものが明らかに変わり始めていることを感じています。
本当は笑ってなどいられないことなのでしょうが、この頃の私はステージの上でちょくちょく音のミスをしたり、とんでもない不恰好を晒したりしてしまっています。
長年そばで見続けているマネージャーの小倉君は、「今まではこんなことなかった。どんなひどいミスをしていても、私は間違ってなんかないわよ、と舞台の上で平気でうそぶいていた(笑)今はボロボロだもん」と心配してるのか、呆れているのか…
「老化かも、ね!」と答えながら、満更そうとは思っていない私です。自分の中に、やっと自分を許せる緩みのようなものが生まれてきたことをうっすらと感じ、今はそれにホッとしたりするのです。
完ペキを目指さない。それで良い。逃げと言うのともまた違う、何とも言えぬ〈割り切り〉を見つけたのかも知れません。
やらなければいけないことを山に積んで生きてきたけれど、自分の残りの人生を俯瞰してみたら、そろそろ〈すべきこと〉より〈したいこと〉をやって生きた方が明らかに楽しいと気づいたのです。
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今年は、手術と入院、リハビリを繰り返すじつに辛い半年を過ごしましたが、そのたった半年の時間が私のこれからの生きる道を教えてくれたのだと思うようになりました。
身体の健康と引き換えに心の健康をもらえたこと、満更悪いことでもなかったようです。
感謝。
2022年 MFC204号より