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自分の病気についての捉え方の変容②

みなさんこんにちは。
こちらの記事は、自分の病気についての自身の捉え方が今までにどう変化してきたか
について、の後半記事になります。

前回の記事では、
病気の診断を受けた時の暗く孤独な気持ちから
退院後、時が流れるのを毎日待っている苦痛と私にいかに余裕がなく周りのことを考えられていなかったかという話
また、病気を受け入れられず「元の自分」にいつか戻るんだと思っていたころの話
をさせていただきました。

今回は、打って変わってどのように病気に対するネガティブな意識がポジティブなものに変化してきたかというお話をしたいと思います。

今現在ご自身の病気で辛い思いをしている方も、いつかもしかすると自分の認識が変わっていく可能性もあるかもしれない。そんな方にも何かしら希望や気づきを持ってもらえるような記事になるといいなと思いながら書かせていただきます。
ただ、一言付け加えておきたいのは、私は非常に恵まれた環境にいたということです。厳しい環境にいれば、私自身今のように考えることもなかったと思いますので、こういう人もいるんだ、と参考程度にしていただけますと幸いです。


今回の記事には、主に3つのテーマがあります。
私がこの病気になって良かったと思える点が大きくわけて3つあるということです。

1.レールから外れ、自分らしく生きるきっかけを与えてくれた

2.ゆっくり生きざるを得ない人生になることで、そうやって生きている自分にしかできないと思えることが生まれてきた

3.周囲への感謝が生まれた、また他人に迷惑をかけられることにたいして受容的になった


それでは、この3つのテーマについてここから具体的にお話していきます。

1.レールから外れ、自分らしく生きるきっかけを与えてくれた

私は大学卒業時、なんとなくみんながやっているからという理由で、東京での有名企業への就職を決めました。それ以外の選択肢というのがよくわかりませんでしたし、この選択肢と他の選択肢のメリットデメリットなんて考えたこともありませんでした。というか、もちろん、やってみないとわからないこともあるものですし、生きるためにはお金を稼ぐ必要がある。大学卒業からお尻を叩かれて皆何かしら労働を始めて、気づけばそこから環境を変えることはなかなか難しくなるものであり、望んでいるのか望んでいないのかわからないまま、働いていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

そういったレールからドロップアウトし、生きるためのお金を国、つまり皆様から恵んでいただき(障害年金をいただいています)、自分に無理をさせることなく、自分らしく生きることを許された。それは私にとっては、初めはとても悲しかったのですが今ではなんと幸運なんだろう、恵まれているのだろう、と思わざるを得ません。

他の人の親切の上になりたつ自分。だからこそ常に感謝がありますし、何か自分にできることをしたい、という気持ちが強く湧いてきます。そういう思いが湧いてくる環境にいる、自分があるということこそ、とても幸運なことのように感じます。
そういった気持ちで行っているのが、犬の散歩の際のごみ拾いや、お世話になった学習塾の掃除、障がい者雇用を行う会社の広報ボランティア、こういった病気についての発信、VRCでの憩いの場の提供・言語学習のためのワールド作成、祖母の困りごとの解消、などになるのかなと思います。

自分の状態を鑑みつつ、自分にできることを増やしていきたいと思っています。


2.ゆっくり生きざるを得ない人生になることで、そうやって生きている自分にしかできないと思えることが生まれてきた

この病気は、無理をすれば前のひどい状態に戻ってしまう可能性があります。そうすると周りの人にかえって迷惑をかけてしまうことになります。
ですから、ゆっくりと自分のペースを保ちながら生きる必要があります

本来であれば、それは全ての人に理想的なものだと思うのですが、世の中で生きていると、どうしても無理をしなければいけない時があるというのが一般的な話だと思いますし、なんなら皆さん時間に追われていたり、せわしない生活を送っている方の方が多いのではないでしょうか。

そんな中私は、心配ごとや抱えたものも少なく、自分のペースで生きていますから、ゆっくりとした時間を日々過ごすことの方が多いです。
犬の散歩にしたって、散歩しながらごみを拾う時間と心の余裕がある人はどのくらいいるのでしょうか?
学習塾にしても、きれいな整った環境で勉強に取り組むことは理想的ですが、それを実現するほどの余裕がないことが現実であったりします。
祖母の困りごとだって、何か困っていることはわかっても、それをケアするには自分自身の心の余裕や時間の余裕が必要になってきます。それをフルタイムの仕事や家のことを行いながらやるには、そうとうな器が必要ですし、つい忘れっぽい祖母に対してイラッときて、口調が強くなったり‥なんてこともあるのではないでしょうか。

私にできることは、そういった、重要であるけれどもなかなかできないこと。そんな気がしてなりません。

皆が本当はやりたいのになかなかできないこと。そんなことをさせてもらえる自分はまたもや幸運に恵まれた存在としか思えなかったりします。


3.周囲への感謝が生まれた、また他人に迷惑をかけられることにたいして肯定的になった

若い時は、自分が無敵のように思えることがあるものです。
本当はいろんなものを与えられて大きくなったのであり、自分の能力ですら、天から預かっているものに過ぎないのかもしれません。
そんなことを忘れてしまい、自分を過信して、自分ひとりで生きられるかのようなそんな気持ちになっていたことが私にはありました。

なんなら、その傲慢さこそが、この病気への道筋だったようにも感じられます。

この病気になることで、私は今まで当たり前にできたことができない、ということを経験しました。人に迷惑をかけているという自覚さえなしに迷惑をかけ続けました。それでも、周囲の人、特に私の家族は変わることがありませんでした。

この経験から、私自身が迷惑をかけられることに対する受け取り方が変化したように感じます。自分が周囲に迷惑をかける経験をすることで、他人が迷惑をかけても許せるようになりました。まだまだ他人に厳しくなってしまうことはありますが、以前よりも肯定的、受容的に他人を見ることができるようになったと思います。


繰り返しになりますが、私はこの病気になったということを感謝することができます。なぜなら、

1.レールから外れ、自分らしく生きるきっかけを与えてくれた

2.ゆっくり生きざるを得ない人生になることで、そうやって生きている自分にしかできないと思えることが生まれてきた

3.周囲への感謝が生まれた、また他人に迷惑をかけられることにたいして受容的になった

からです。

最初にもお伝えしたように、これは幸運なケースのお話ですから、ある方々には私の話は自慢のように聞こえるかもしれません。それくらい、私のケースは恵まれていたということです。

以上で、こちらの記事は終わりとさせていただきます。




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