実写版とは…?
ここ数年の技術の進歩で、アニメーションなどが元となった「実写映画」なるもののクオリティが高くなっていて、わくわくで観ているのだけど(昔に製作されたアイディア満載で、この方法見つけた時めっちゃテンション上がっただろうな、と想像できる味のある実写映画もとても好きだが)、数年前、なぜだかとても違和感を感じた映画があった。
ディズニーの実写映画版「ライオンキング」なのだが、もちろん素晴らしい映画ではあったのだが、じ、実写??、と、考え過ぎなわたしの脳がオーバーヒートを起こしたのだ。
もちろん実写化とはアニメーションなどで起こる現実ではあり得ない出来事がさも実際に起こっているように再現できることなのだと思うが、「動物」という絶妙な距離感がわたしを悩ませたのか、ライオンが喋ったところをわたしは見たことが無い…!と、なぜかわたしの脳がそう訴え始めた。
実写とはアニメーションなどの人物が生身の人間となって出てきて、アレやこれやと展開し、人間として見たことのない動きや新たな機能が追加されている、というイメージではないから、リアルなライオンが話していることに強烈な違和感を覚えてしまったのだ。
でもそんなこと言ったら魔法モノとか、もちろんわたしは魔法が放たれている場面を実際に見たことは無いわけで、魔法の国も魔法使いも見たことは無いのだ。それでも映画に対する違和感は出てこず、すんなり受け入れて鑑賞している。例えば、「ドラえもん」をコミックでもアニメーションでも見る時に、いちいちドラえもんの存在に疑問は抱かない。
でもなぜリアルなライオンが話すということだけ、違和感を感じるのか?
「ライオンキング」という映画自体は好きなのに、なぜこんな気持ちになっているのか…
と、考えあぐねていたところ、映画「名探偵ピカチュウ」を思い出した。
この映画でピカチュウは、あの可愛いピカチュウのまま、モフモフ感がアップされ生身の人間と対峙している状態だ。。ぬいぐるみ感…コレだ!コレなのだ!わたしはもしかしたら、リアルな「ライオン」ではなく、ディズニーで観たあのシンバがなんとか実写としてあのままの姿で登場してくれることを無意識に願っていたのかもしれない。なるほど…
そう思うと、魔法モノなどには違和感を感じず、リアルなライオンが話すことだけに違和感を覚えたわたしの理不尽な考え方に納得がいく…
たぶんそうだ…スッキリした…
ともあれ、実写映画「ライオンキング」を責めているわけではない、脳が混乱してしまうほどすごい技術ということだ。
そしてこの思考の流れも、答えが出るまではモヤモヤしたが、出てしまえばアハ体験もでき、なんだか良い時間だった。