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味が変わるコーヒー

寒い朝、赤くなった鼻をマフラーで隠す。

まだ暗い道、白い息を吐いて仕事に向かう。

会社へ向かう道中、お気に入りのカフェがあった。毎朝そこでコーヒーをテイクアウトしていたのだが、先日そのカフェが閉店してしまった。


残念に思っていると、その1ヶ月後にはそこに新しい喫茶店ができていた。

そこも運良く朝から営業していたため、オープン初日の朝、テイクアウトのコーヒーを注文した。

私はブラックコーヒーが飲めないため、カウンターに置いてあったスティックシュガーを入れようとすると、

「あ、砂糖は入れなくても大丈夫ですよ。」

と店員に止められた。

不思議に思い、その場で一口飲んでみると確かに甘かった。

私はなんだか恥ずかしくなって、小さな声でお礼をして足早に店を出た。



寒い夜、震える手をコートのポケットに入れる。

街灯を頼りに、帰路につく。

会社からの帰り道、時刻は23時を回っていた。その日は大きなプロジェクトのプレゼンで成功したため、疲れよりも嬉しさがまさっていた。


ふと明かりがついている方を見てみると、そこは朝に寄った喫茶店だった。

まだ営業していることに驚きつつも、上機嫌な私は本日2度目の来店をし、テイクアウトのコーヒーを頼んだ。

コーヒーを受け取ってすぐに帰ろうとすると、

「あ、砂糖入れた方がいいですよ。」

と店員に止められた。

その場で一口飲んでみると、朝のコーヒーが嘘かのように苦かった。


不思議に思っていると、

「このコーヒーは、飲む人の気分によって味が変わるコーヒーだ」

と店員に説明を受けた。

店員によると、このコーヒーはネガティブな時ほど甘く感じるという、変わった豆を使用しているそう。

説明を受けた上でもう一度飲んでみるとやはり苦い。私はこのコーヒーを面白いと感じた。



ある日、仕事のプロジェクトで大きなミスをしてしまった。

私はそのミスを引きずってしまい、帰り道は毎日のように、その喫茶店で話を聞いてもらいながら甘いコーヒーを飲むようになった。

帰りに飲むコーヒーは笑ってしまうほど甘かった。砂糖不使用なのに、逆に喉が渇いてしまうほどだった。

毎日愚痴を聞いてもらっているはずなのに、なぜだか、日に日にコーヒーが甘くなっていくのを感じた。


そんな生活が1週間ほど続いたある日、店員が申し訳なさそうな顔を浮かべ、こう言った。

「お客さま、こんなことを私が言うのはどうかと思うのですが、」

「ん?なに?」

「仕事、辞められた方が良いかと思います。」

「え、どうして?」



「……3日前から、これ、普通のブラックコーヒーに変わってます。」



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