星空のサイダー
私が10歳の頃、おじいちゃんに不思議な飲み物をもらった。
おじいちゃんは、それを「飲むと星空が見える林檎サイダー」と言っていた。10歳といえども、私はそれを信じていなかった。
でも、一口飲んだ瞬間、私の疑念が鮮やかに覆された。手の平を濡らす瓶の汗、シュワシュワと舌の上を踊る泡、口内に広がるリンゴのフレーバー。
そして、目を閉じると広がっている、キレイな星空。
これはつまらない比喩なんかじゃない。本当に星空が広がっていたのだ。目を開くと見えなくなる、私だけの星空が、確かにそこにあった。
あっという間に飲み干してしまった私は、当然もう1本飲みたいとおじいちゃんにお願いした。すると、おじいちゃんはそれも4本もくれた。そして私に
「これは世界に5本しか無い特別な飲み物だから、大事に飲むんだよ。」
と言った。さっき私が1本飲んだから、この4本が無くなるともうプラネタリウムが楽しめない。私はおじいちゃんの言うことを守って、大切に、大切に飲んだ。
1本は、初めてマラソン大会で10位以内に入ったときに、お祝いで飲んだ。
もう1本は、小学校を卒業したときに飲んだ。
あと2本はあえて飲まないようにした。私の中で、「彼氏ができたら一緒に飲む」と決めていたのだ。
中学2年の6月、生まれて初めて彼氏ができた。バスケ部だけど運動神経はイマイチ。だけど、私のことを真剣に想ってくれているところに、私も段々と惹かれていった。
1学期の終わり、私は彼と夏祭りに行く約束をした。
どんなジンベエを着ようか、お母さんに化粧をお願いしようか、直前まで何も決まらなかったけれど、「あのサイダーを彼と飲む」ことは最初から決めていた。
当日、私は花柄のジンベエを着て夏祭りに向かった。
林檎サイダーを入れた袋を左手に持っていたが、彼には「ナイショ」と伝えておいた。花火を見ながら2人で飲みたかったのだ。
夜もふけ、もうすぐ花火が上がる時間帯。私は冷やしておいた林檎サイダーを彼に渡した。
「これはね、飲むと星空が見えるんだよ。」
「なにそれ。」
クスッと笑った彼の表情が見れただけでも十分幸せだった。
早くプラネタリウムを体験してほしい。そう思い、サイダーをプシュッと開けた瞬間、
パリンッ
彼の持っていたサイダーが地面に落ちてしまった。
……この世に5本しか無いサイダー。おじいちゃんがくれた、大事なサイダー。彼は謝っていたが、言葉が耳を通らなかった。
涙が出るのをグッと堪えていると、濡れた地面から、ホタルのような光がホワホワと上がっていった。
見上げてみると、そこには満天の星空が広がっていた。それは、これまで見てきた星空よりも、ずっとずっとキレイだった。
自分の持っていたサイダーを確認すると、賞味期限がとっくに切れていた。そこで、私は彼にこう話した。
「私ね、いっつも1人でプラネタリウムを楽しんでたの。でも、このサイダーが残り2本になった時にね、初めての彼氏と飲むって決めてたの。」
「……ごめん。」
「ううん、違うの。私気づいたの。1本ずつ飲んで、目を閉じて楽しむより、こうやって2人で星空を見た方が幸せなんだって。」
「……うん。」
「あなたがサイダーを落とした時は悲しかったけど、こんなキレイな星空を見たときに、私すっごく幸せだなって感じたの。」
「うん。」
「だからね、私のサイダーも地面に落としたら、もっともっとキレイな星空になるのかなって。」
そう言うと、私は自分の持っているサイダーを地面に落とし、彼に抱きついた。
「これからもよろしくね。大好き。」
その瞬間、空いっぱいに、大きな花火が打ち上がった。
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