23. ここでいいですよ
私はずっと車がなくても生活には困らない所に住んでいた。
でも、彼が車好きで変わった車に乗っていたこともあって、急に興味が出てきて、免許を取って自分の車を買った。
それから少し彼との力関係が変わった気がする。あとから考えたら。
彼は私が車を買うということに興奮していた。
初めは車の運転も下手だったけど、慣れてきてからは、彼を家まで送っていくようになった。
彼と私の住まいは、車で1時間か2時間くらいの距離だった。
私から、運転の練習がてら家まで送っていくよと言ったら、ではお願いしますと彼は言った。
でも、彼は決して私を家の前までは案内しなかった。
わけのわからない狭い路地に入って、「ここでいいです」と言ってさっさと降りて行った。
もちろん、ガソリン代は一切払わない。
てっきり、家の前まで送っていけると思っていた私は、しばらく頭が真っ白だった。
真っ白なまま、片道1時間半の距離をひとりで運転して帰った。
「こんな所じゃなくて、わざわざここまで来たのだから、家の前までお送りします」
と言ったら、
「道が狭くてあなたの運転技術では無理ですよ。だからここでいいです」
と言われた。