⑯傷つきたくないよね!
彼が仕事上の事で疲弊しているようだった。
彼は、仕事のことは一切教えてくれなかった。愚痴を言ったり相談をしてくることもなかった。
ある時彼はいつもと少し様子が違った。
私といるときに仕事仲間から電話がかかってきて、その内容で、どうも理不尽な目にあって苦しんでいるような感じがした。
詳しく聞いても私は彼の仕事のことは分からないから、何も聞かず、励まそうとして、あえて彼とたわいもない話をしている時に、彼が
「多少の苦しみはしょうがない、黙って我慢するしかない」
というようなことを言ったから、私は、
「違うよ、苦しみとか少しもいらないし、誰だって一切傷つきたくないに決まってるじゃん!」
と言った。
彼は、ものすごくびっくりしたような顔で私を見て、
「そうだよね!?少しも傷つきたくないよね!?」
と、珍しく私に同意した。強く。
私は、彼が暗い顔をしていたのが、少し元気が出たように見えて嬉しかったけど、
「そういえば私は、彼にどれだけ傷付けられることをされてきたんだろう、冷たい事を言われてきたんだろう」
と頭の隅で思った。
でも、本人は、傷つきたくないんだ、この人もやっぱり普通の感情を持った人間なんだな・・・となんだか妙に不思議な感じがして、目の前にいる彼をまじまじと見た。
彼は、何年もかけてほんの少しずつ私に心を開いてきてくれたかもしれないけど、それと同時に、私は目が覚め始めたのだと思う。
彼にされてきたこととか、言われたこととか、今までは「会えるだけで幸せ」と思っていたけど、傷ついた辛い気持ちは本物で、消えずに積もって、この時には既に無視できないくらいの量になっていたと思う。
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