からあげ
忘れられない人がいました。
高校卒業後、はじめて付き合った彼。
高校を卒業し、社会人になり、少しずつ交友関係が広がっていく中で出会った 私の友達を好きな人の親友 だったあなた。
グループ交際から告白され、お付き合い。ごくごくありふれた展開、出会い方。
とある夏の夜。
夕ご飯の後、テレビを付けたままうたた寝をするあなた。
家事を済ませデザートのアイスを頬張りあなたの近くに腰かけた私。
「…おかあさーん。今日のご飯なにー?」
突然寝ぼけたあなた。私に芽生えたいたずら心。
『からあげ』
「からあげかぁ~…」
自分が食べていたアイスを彼の口元に寄せてみた。
…パクッ!もぐもぐ…
!食べた…っ…!!驚嘆。
優越感のような達成感のような感覚に包まれる私にあなたがくれた言葉は。
「なにこれ!からあげじゃないじゃん!」
からあげが食べれなかったあなたと声を殺して笑い泣いた私。
とある夏の夜の思い出。
あぁ~懐かしい。
懐かしいなぁ。
付き合い始めてすぐ私の家に転がり込んできたね。
すぐに無職になってパチンコばっか行ってたね。
消費者金融での借金の仕方を教えてくれたね。
車を運転すればすぐ煽り、口癖は「俺は悪くない」だったね。
道のど真ん中で運転席から降りて怒鳴りながら前の車を走って追いかけた姿、本能的で衝撃的だったよ。かつての後続車の方々、その節はほんとうにごめんなさい。
一番の衝撃は離婚してしばらく後に私と知り合ったはずなのに結婚したままだったことだなぁ。
結婚していたのにあなたの親に私を紹介したり私の親に挨拶したり…カオスだったね。
事実を知って離れた私に「俺、病気でもうすぐ死ぬんだ」と教えてくれたね。泣きながら。その事実を伝えてくれた8年後にキャバクラにいらっしゃったそうで。ご無事で何より。
あなたのおかげで簡単に信じてはいけない人も一定数いることを学んだよ。
あなたのおかげで私はギャンブルに消費者金融を経験できたよ。
あなたのおかげで「人生の勉強代」というカテゴリーの借金があることを知りました。
あなたと過ごした日々は抹消していたのに…
だめなの。どうしても。この話は。この話だけは忘れてなかった…いや忘れられなかった…
だってこんなにも奇跡かつアホな寝言に出会うことなんてこれからあると思う?いやないでしょ。…そう思ってた。夫に会うまでは。
ギャンブルしない借金もない誠実な夫。
ある日は夢の中でゲームをしていたようで寝室に突如響き渡る「風神雷神!風神雷神!」
別の日は外国のお客さまがきたようで「ディス…ディス…あーはん。イィエス!」
アイスなんて食べさせなくてもこのクオリティ。
一撃大爆笑ではないけれど、日々ささやかなひと笑いを確実にくれる夫。
嗚呼、良き。
私、もう大丈夫。あなたのこと忘れられる。
あなたは私が出会った中でぶっちぎりの最低くそ〇×▲□ピーーーー(自重)だけど、あの時あの瞬間、たしかに私は楽しかったよ。ありがとう。どうかあなたはあなたの世界でお幸せに。長生きしてください。たくさんからあげ食べてね。
わたしは今宵も夫と寝言といびきのハーモニーを奏でます。楽しみだなぁ。
ぐーぐーむにゃむにゃ。