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水戸藩邸跡 小石川後楽園でフォトウォーク

東京ドームのすぐ横にある小石川後楽園。駅に近接していて交通の便もいいですがコロナで休園していたり、なかなか行けなかったけどそれもなくなり、天気もよくなってきたのでフォトウォークに行ってきました。

でも、そもそも「後楽園」てどういう意味??

徳川光圀が作庭に際し、明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れ、中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から「後楽園」と名づけられました。

東京都公園協会HPより

では、出発。


道すがら

庭園の入り口からではなく、外側の塀から小石川後楽園は始まっています。
(東京メトロ丸の内線の後楽園駅から向かっています)

ずーっと続いている外塀。かっこいい。


江戸城外堀の石垣を使用して修復している場所があるので是非見てほしい。

丸印に山がたくさん。風雨にさらされているのに現代でもはっきり見える
下の段が再利用した石垣

石垣をよく見るとノミで削った跡がついていたりするので、本当に手作業で削りだしたんだなぁ、なんて思いを馳せるのが楽しいです。


入口(西門)

水戸徳川の屋敷だったところなので葵の御紋
こーんなに広い。東京ドームももとは敷地内だったところ
冬の間、松を守っていた縄がいただけました。私も1つ持ち帰らせてもらいました。


入場

通天橋。朱塗りの端が緑に映える

中に入ると最初に目に入るのが大きな中央の池。大泉水といいます。かつては神田上水から引き込んだ水を使っていたようです。
回遊式の庭園はいろいろな趣向が凝らされており、森・山・滝・川と変化に富んでいます。しかも、かなり端っこの方も入れるように整備されていて立ち入り禁止エリアが少ないのも特徴に感じました。


得仁堂(とくじんどう)


光圀が建てたお堂


白糸の滝

沢渡りができるよう石が配置。水音がするように子石が工夫して置かれていました。


円月橋(えんげつきょう)

朱舜水による設計といわれています。
当時の姿を留めている


藤棚、菖蒲棚、田圃

まだ少し菖蒲の時期には早かった。木の水門が素敵だった
田んぼ

光圀の跡取り綱條(つなえだ)の奥さんに農民の苦労を教えようと作ったもの。すごくまっとうで、民の心に寄り添った人だったのがうかがえます。
今は地元の小学生が田植えと稲刈りを引き継いでいるそうです。


大泉水(だいせんすい)

琵琶湖を見立てて作られた中央の大きな池。水鳥が多いようで野鳥撮りの方が島の方を狙ってカメラを構えていました。

舟付場から宝来島を覗く
お殿様もここ(舟付場)に立ったに違いない
背景は何とも都会らしい

内庭

東京ドームのグラウンドは約5メートル地下に掘られているそうですが、小石川後楽園に影を作らないためにそうなっているそうです。確かに東京ドームの影はなかった!

ハスの花もぽつぽつと

元は水戸藩書院のあった場所で、昔は唐門で大泉水側と仕切られていたそうです。
今は唐門は置いてあるだけ。

唐門


木曽山

ここだけ樹種が熱帯風

もともとシュロが多く生えていたそうで別名棕櫚山。近くの沢は木曽川に見立てられています。

シダも多い


まとめ

変化に富んでいて本当に楽しく回れました。結構しっかり見て2時間くらいです。本文には書きませんでしたが藤田東湖の記念碑や神田川上水跡など歴史を感じる場所がぽつぽつとあるのも特徴です。

歴史上の人って、名前はよく聞くけれど実在したかどうか肌で感じられることはあまりないですよね。こういう場所に行くと富の象徴のようなものも感じますが、どういう思いでこの庭を作ったかや、当時の信念みたいなものに触れられて、時代を飛び越えて同じものを見て(見せてもらって)いるんだなー、と感じます。(これがきっとロマンてやつですね!)

東京にはまだ歴史ある庭園がたくさん残っているので次はどこに行こうか楽しみです!


●こぼれ話
ミラーレス一眼を持って行ったのになんと電池切れ…仕方なくiPhoneで撮影しましたが山の中から明暗のはっきりした場所を取るにはiPhoneが正解でした。ミラーレスは白飛びしてしまって日差しのある場所は何があるか写せなかった:(


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