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部屋のベルが鳴る。

一気に心拍数が上がる。

彼とこんなふうに会うまでは、ホテルの部屋に付いてるベルなんて何に使うんだろうくらいに思っていたけど、こういうときのためにあるんだと知った。

ゆっくり丁寧にボタンを押して離すベルの鳴らし方。

ドアスコープからは確認しない。

こんなに緊張するベルを鳴らせるのは彼だけだから。

会った瞬間に「おかえりなさい、祐介さん」と言って笑顔で抱きついて可愛くキスをする―――何度も何度も思い描いているのに、この再会の瞬間を理想通りにできたことは一度もない。

ロックを外して重たいドアを開ける。

ドアの陰に体を隠して、顔だけ出るように首を傾ける。目を合わせる。彼が笑ってくれる。会えた嬉しさと安堵でうまく言葉が出ない。気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだけど、それを必死で律する。感嘆のため息と同時に笑い合って、彼を部屋に引き入れる。

祐介さんは、初めて会った日と同じ、紺色に薄くチェックの入った光沢のあるスーツに、黒いナイロンのシンプルなステンカラーコートを合わせていた。

一泊出張のビジネスバッグをその場で投げ下ろし、コートを着たままの彼に抱き寄せられた。

「会いたかった」

「うん」

今までの数ヶ月間で何度も会っているのに、いつもこの瞬間は返事をするだけで精一杯だった。

会えなかった二週間分の話したいことは山ほどある。聞いてほしいこと。聞きたいこと。でも、彼をいざ目の前にすると、頭の中が真っ白になって何も言えなくなる。もうとっくに大人になっているはずなのに、ここだけはまるで学生時代の恋みたいだな、といつも思う。

ドアの前で抱き合ったまま少し経って、私が力を抜いて体を緩めると、彼も同じように力を緩めてくれる。

厚みのない部屋のスリッパの私と、背が高く革靴を履いたままの彼とでは30センチ近く身長差がある。

「おかえりなさい、祐介さん」

「ただいま、美央」

理想通りではないけど、やっと言えたこの言葉が、

彼をじっと見つめて上目遣いをする私が、

ゆっくり背伸びをして目を細めるこの瞬間が。


どうか、彼の目に可愛く映りますように。



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